ILLUMINATE -KYOKO

From -MARRIED

手を合わせて指先を口元にあて、はあ…と、息をつく。
指が少しかじかんでいて、冷たくなっているのを暖めるように。
あたりはもうすっかり暗くなっていて、これから食事をしようという人たちなのか
家路を急ぐ人たちなのか、通りは絶え間なく人が流れてる。

私はといえば、時計を見て時間を確認したり、
半径数メートル以内を行ったり来たり。時折人の流れを眺めてみたり。
季節柄、キラキラ輝くネオンがとても綺麗で、
あちこち反射するその光の粒の中で、ウィンドウを鏡代わりに
目を凝らして自分の姿を確認してみたり。

髪を整えようと手を上げると、キラキラと手首に光るブレスレットをウィンドウに見つけた。
右腕にブレスレット2つ。左腕には時計。そして左手の薬指には指輪。
胸元にもチェーンに通した指輪が揺れている。
明らかに普段より多い「キラキラ」に、自分で苦笑い。

「じゃらじゃら、し過ぎかしら…?」

いつもは、結婚指輪だけのことが多い。
それも、仕事によっては外さなければいけないときが多くて、
アクセサリーをつけていられるのは、移動の時か、
それを許されている仕事の時だけ。
忙しい毎日の中で、あまりつけることができないアクセサリーを
今日はいっぱい連れてきたの。
今日だけは、バランスなんて考えなくて、思いついたものを
思いついただけ、つけてきちゃったの。

そして、胸元に収まる指輪をぎゅっと握った。
窓に映る向こう側の私も、首を飾るチェーンの先に揺れる指輪をぎゅっと握り締める。
これをもらったときのことを考えたら、今でも少し涙が出そうになる。
敦賀さんと一緒にいられることがとっても嬉しくて、
そんな「今」が一番大切で、でも、少しずつ「先」のことを考えていた頃。
私が分不相応に多くを望み始めた頃。
敦賀さんは、私を好きだと、ずっと一緒にいようと言ってくれてはいたけれど
私はそれを完全に信じてはいけないような気がしてた。
敦賀さんを好きで、あの時はきっともう「好き」っていう言葉じゃ追いつかないくらい
心の中にたくさんの「好き」が育っていって、幸せで…ほんの少しだけ苦しかった。
このまま「好き」が増えて、自分の手に負えなくなったらどうしよう、って。
その想いがいつか、あの優しい人を苦しめてしまうんじゃないかって、思ってた。
ずっと一緒にいたい、なんて、私には大きすぎる望みで、
それを敦賀さんに押し付けちゃ、ダメだってわかってて…

だけど私はそれを捨てることができなかった。
そばにいたい。敦賀さんも今はそれを許してくれてる。望んでくれてる。
だったら…敦賀さんがそう思ってくれる限りは、一緒にいてもいいんだよね、って。
離れてなんかあげないから、って、敦賀さんにも一緒にいるのが嫌だなんて言わせないって
そう思っていたけれど、心のどこかではやっぱりいつかそうじゃなくなる時がくるかもしれないとも、考えてた。
本当に敦賀さんが私のことを必要ないと思ったのなら、それはもう私にもどうしようもない…から。

もしかしたら、私は待っていたのかもしれない。
その言葉を。約束を。それが形になったものを。
敦賀さんはあの時、とても緊張して、何日も、何週間も考えたんだ、と言ってた。
だいぶ後になってから、だけど。
彼がこれをくれた時、あまりにも自然で、いつもどおりだったから
敦賀さんが実はそんなに緊張してただなんて、ちっとも思わなかった。
正式なものではなかったし、考えておいて、としか言わなかったから。
逆に、私の方がビックリして、ニコニコ笑う敦賀さんの前で涙ぐんだりして。
チェーンに通してあるとはいっても、初めてもらった指輪。
それも、とっても大きなおまけ付きで。

あの時の敦賀さんの態度も、今ならわかる。それも全部、彼の優しさだった。
私が、敦賀さんに何もかもを押し付けちゃダメだと思っていたように
あの人も、私にいつも少しだけ逃げ道を残しておいてくれてたの。
私が選べるように…そして私も、敦賀さんが選べるように。
私達、それでいろいろ考えたことも悩んだこともあったけど
そうじゃなかったら、もっと早くダメになっちゃってたよね。そんな気がする。

首にかけてくれて、それからおでこにキスをくれて、ぎゅうっと抱きしめられて。
後から考えると、抱きしめられてる時間が長かったから、もしかしたらそれが、
敦賀さんの緊張とかドキドキを抑えるための1つの手段だったのかもしれない。
あのあたたかさも、今でもずっと憶えてる。
そして、今も私は敦賀さんと一緒に、過ごしてる。きっと、これからもずっと、一緒。

「キョーコ、ごめん、遅くなって…待った?」

ウィンドウを見つめながらいつかの記憶を辿っていたら、急に後ろの方がざわざわとし始めた。
ほぼ同時にそんな声が聞こえて、私はゆっくりと振り向く。

「ううん、さっき来たところ」

そう言って笑顔を見せると、声の主もホッとしたようにふわりと微笑む。
ネオンや街灯が明るいとはいっても、やっぱり夜だからあんまり表情はわからないけど
きっといつもみたいに笑ってくれてるはず。
…暗くてよかったかも。
あの笑顔をまともに見たら、彼の腕に飛び込みたくなる衝動にかられてどうしようもなくなっちゃう。
人前だもの、我慢我慢。
そう。結婚してからは、こうして外で逢うことの制約もほとんどなくなったけれど、
それでも敦賀さんがこうして街中にいると、ざわめきがもれなく付いてくる。
本人は気にしてない風だし、私ももう慣れちゃったけど…。

「キラキラ、してるね」
「…ん、みんな連れてきたくなっちゃった。ヘンかな?」
「ううん、そんなことないよ。可愛い…嬉しいよ」

胸元のネックレス、両手首それぞれにはまっている時計とブレスレットに触れてから
敦賀さんが嬉しそうに口にする。
もう、気付いてるよね、敦賀さん。これはみーんな、あなたがくれたもの。
みんな連れてきたくなっちゃったっていうのは、
あなたがプレゼントしてくれたものに囲まれていたかったから。
それを許される数少ない日が、今日だったから。
敦賀さんの想いで飾られてる自分がとても幸せで…そのまま過ごしたいって思ったから。
それでも、選んできたのよ?
あなたにもらったものをみんなつけたとしたら、結構大変なことになっちゃうもの。

そんな私の心の中を知ってか知らずか、敦賀さんはそれから最後に左手の薬指にキスをした。
そのまま私の手を包み込んで、指先にもキスを落とす。
…つ、敦賀さんたらここが街の中だってわかっててやってるのよね?
このままここにいると、そのうち「待ち合わせに遅れてごめんねのキス」に
移行してしまいそうだと直感した私は、目的地に向かうために慌てて敦賀さんを促した。
だけど、さっきまで敦賀さんのことをいっぱい考えてたからかな…
それとも、初めて指輪をもらった時のことを思い出してたからなのかもしれない。
人前だってわかってて、敦賀さんに甘えたく、なっちゃった。
あの時あなたがこの指輪に込めた想いに、改めて触れてみたくなっちゃった。

「敦賀さん、これ、憶えてる?」

予約をしていたお店のドアの前で、敦賀さんに向かってネックレスを指さす。
もちろん、忘れるわけなんかないってわかってて。
憶えてるよ、って言って欲しくて。
だけど敦賀さんはそんな小さな企みを見透かすように微笑んでから、
私の額に唇を押し当てた。

「もちろん、憶えてるよ…後で、キョーコにもしっかり思い出させてあげるから」

耳元でそう囁く声は、まるでベッドの上で彼が紡ぐ声そのもの。
私の頬は一瞬にして染まったに違いない。
自分から仕掛けておいてたじろぐ私の背中に手を添えて、
目の前の重たいドアをぐっと開いた。

「いらっしゃいませ、お待ちいたしておりました」

真っ赤になった顔を悟られないように少しだけ下を向いた。
出迎えてくれたお店の人に会釈をして、
それから予約しておいた席へと案内されながら2人で歩く。
早く顔が戻るようにぺちぺちと叩きながら、ふと窓の外を見ると、
さっきも見つめていた人の波がそろそろと流れている。
行きかう人たちの中にもきっと、こうやって大切な誰かと過ごすために
急いでいる人がいるはず。
みんなみんな、それぞれの想いを抱えて、生きてる。
そして、私と敦賀さんも。

敦賀さんに引いてもらった椅子に腰を下ろす。
少し遅れて向かい側の椅子に座った敦賀さんが、
お店の人からメニューを手渡されている様子を見て、
私は1人でまた嬉しくなっちゃった。

お家の外で逢えること。
敦賀さんといることをみんなに認めてもらえること。
何よりもただ、敦賀さんのそばにいられるということ。
どれもみんな特別なことで…当たり前のこと。
当たり前のことになった今でも、やっぱり私の中では特別、かな。

敦賀さんと一緒にいられる幸せ。
毎日の生活の中で敦賀さんからもらうたくさんの幸せ。
敦賀さんを好きな気持ちが私に教えてくれる、誰かを想うことの幸せ。
そんなたくさんの目に見えない素敵なものに囲まれた日々を送れる幸せ。
その「幸せ」のどれもが、今日私を飾ってくれているアクセサリーよりもずっとキラキラしてる。

そして…いろんな形の幸せに彩られた私と敦賀さんが過ごす日々は、
今日の私よりもアクセサリーよりもずっとずっと、キラキラしてるはず。

「今日、何の日か知ってる?」

テーブルの向こうの敦賀さんが、唐突にそう口を開く。
ふふ。やっぱり来たわね。
知ってるもん。ちゃーんと、調べてきたもん。
今日はね…

「結婚してから、129日目、よね?」



2006/12/12 OUT

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