きらきら輝く様子は、まるでガラス細工かなにかのようだ。
覗き込むたびに違うものを映すそれを、自分のほうに向けて欲しくて、
彼女のことを手に入れて独占できるようになってからも四苦八苦している。
初めて出会った頃は、そんなものにまで執着するなんてことは思いもしなかったのに。
黒くて綺麗だとは思っていたけれど、あの頃は多分そういう感情とは程遠いところで
彼女と一緒に過ごす時間が楽しかったんだと思う。
彼女のすべてに焦がれて、そして手に入れることができたという喜びに改めて浸りながら、
とうに失くしてしまったそんな純粋な気持ちが、なつかしい気も、して。
「いや…違うかな…」
そばにいれば触れたくなったり、キスをしたり抱きしめたり、身体を繋げたくなったり。
邪じゃないとは言えないかもしれないけれど、それも全部彼女のことが好きだという
純粋な気持ちから、くるんだと思う。
もちろん今も、一緒にいるだけで楽しくて満たされる。
そして、考えられるすべてのやり方で、彼女との距離や彼女が俺に抱いてくれている気持ちを量りたい。
無造作に置かれている小さな手をそっと握った。
まだ薄暗い明け方。
昨夜は俺のほうが帰宅が早くてしかも少し疲れていたせいか、
こうして目が覚めるまで彼女が帰宅しているのに気づかなかったらしい。
一緒に生活するようになってからもこういうことはわりとあることで、それを寂しいとはあまり思わない。
寂しいといえば、まだ恋人同士だった頃のほうがずっと寂しかった。
互いを想う気持ちだけがはっきりとしていて、その他すべてが曖昧で、淡い輪郭しか持たない。
そんな頃に比べたら、今のこの状況はどれくらい幸せだろうか。
もう少し寝かせてあげようと思いながら、昨夜のおかえりなさいのキスをしたくて、
握った手に口づけてみる。
これくらいじゃ、起きないだろう。
まだ、こんな風に一緒に朝を迎えるなんてことが夢のまた夢だった頃、
自分より身長が低い彼女の目に何が映っているのか、
彼女の目線では世界がどんな風に見えているのか不思議に思っていた。
自分だけを見て欲しいとか、多分そんなことも思っていたんだろうけれど、
それよりも何よりも、彼女との距離を縮めて、
世界を共有したいという想いから来ていたんだろうと今は思う。
恋人になる前は、同じくらいの目線になることなんてほとんどなかった。
触れることが許されるくらい親密になって初めて、そんなことができるようになって、
それがすごく嬉しかったのをよく覚えている。
ソファの上、だったっけ…
向かい合わせに座って、膝を立てて俺にまたがらせるような格好にさせて、
そうすれば、彼女の目線のほうが俺のそれよりも高くなる。
いつもは目線の下にいる彼女の顔が自分の顔のすぐ上にあるのがすごく新鮮で、
普段あまり見えないところが見えたりして、妙に感動したものだ。
そして、距離が縮まれば縮まるほど、目線を同じにする機会がたくさんやってきて、
改めて彼女の隣にいることのできる自分を幸せに思えた。
例えば、今だって、眠っているから目は閉じられたままだけど、彼女の顔がすぐそこにある。
ベッドの上で抱き合う時も、普段生活している時よりは目線が近い。
目線を合わせると、俺が彼女を見ているように、彼女も俺を見つめてくれているのがわかって
それだけでも心が震えてしまう。
「ん…」
握っていた手が震えたかと思ったら、少しして彼女が身震いした。
起きたのかな。
おはようのキス、をするために彼女の身体をぎゅっと抱き寄せた。
「おはようキョーコ…目、覚めた?」
「おはよ…ございます…」
まだおぼつかない様子の唇に、静かに自分のそれで触れる。
おかえり…おはよう、キョーコ。
*
まだ朝の支度をするのに少し余裕があったから、
身体を起こして彼女を抱きかかえるようにしてヘッドボードにもたれたまま
しばらくぼんやりとしていたら、彼女が俺の顔を覗き込むようにして目線を合わせてくる。
窓から入る光を反射して、とても綺麗で、つい見とれてしまっていた。
「さっき…いつから起きてたの?」
「…5分くらいじゃないかな、早く起きないかなって、見てたんだ」
「変なこと、言ってなかった?私」
「んー、何も聞こえなかったけど…やましいことでもあるんだ?」
おかしな質問をするもんだから、軽い気持ちでそう返したら、
彼女が言葉に詰まって顔を赤くした。
「ちっ違います!やましいことなんて何もないですっ…」
「変な夢でも見てた?」
やましいこと、ではなさそうだけど、なんとなく反応が面白くて
もう少しだけ問い詰めてみる。
俺の夢を見てたとかだったらちょっと嬉しいんだけどな。
「教えてくれないの?」
「………つ、敦賀さんの……」
「俺の?」
「夢を見てたんですっ」
顔を赤くしながらそうまくしたてる彼女に、俺もうっかり伝染してしまう。
朝から2人で顔を赤くして、なんて、どんなラブコメドラマにだって今時なさそうなのに。
「敦賀さんは…背が高いでしょう?」
「うん」
「敦賀さんの目線だと、世界はどんな風に見えてるのかな、ってずっと知りたかったの」
開かれた唇から静かに流れ出す彼女の言葉が身体にじんわりと染みこんでいって
それがとてつもない幸福感を俺にもたらしてくれる。
なんで、だろう。なんで、同じことを考えていたんだろう。
理由を探そうとしたけれど、すぐにやめた。理由より、その事実が嬉しかった。
身体でも心でもない、まったく違う別の深いところで、繋がっているんだと実感できたから。
「…俺もだよ。俺もずっと同じこと思ってた」
「…そうだったんですか…」
「俺を見ててくれないかな、って、思ってたよ…」
俺の考えていることとほとんど同じことを、期せずして彼女も考えていてくれたというのは
今までにも何度かあるのだけど、今日はそれが特別に嬉しくて、もう一度、今度は少し強引にキスを奪う。
俺だけを見てて欲しいなんて我がままは言わない。
もちろん、そういう意味では俺だけを見てて欲しい、んだけど、
この世界の中で、俺には見えない君の瞳に映るいろんなものを、
君を通して俺にも見せてくれたら、嬉しいな。
同じ世界に生きていること。
そして、それを他の誰でもない、君と共有できているんだと、いつでも確かめていたい。
「おはよう、キョーコ…」
「お…おはようござ……」
2008/03/31 OUT