ピピピ…
鳥の声…じゃなくて、目覚ましアラームの音!
やだ、何時だろう?
今日は朝からロケで、えっとマネージャーが来るって
電話、あ、携帯、携帯どこだっけ?
「きゃあ、もうこんな時間っ!」
ディスプレイに表示されてた時間はロケ開始時間の2時間前。
今日はロケ場所が都内だから、少しは余裕がある。
だけど、1時間前にはマネージャーが来るって言ってた。
えっとシャワー浴びてお化粧して用意して…どうしようギリギリだ…。
「ん…」
出かけるまでのシミュレーションを何度も繰り返し、
寝ぼけてる頭を起こそうとしていると、隣でもぞもぞと動く、かたまり。
あ!ここ敦賀さんのマンションだった。
どどどどうしよう、いつもここに泊まる日はもっと早く起きて
誰にも見つからないように自分の家に帰るのに!
「ご、ごめんなさい敦賀さんっ!私これからすぐ仕事行かなくちゃ。ご飯用意できませんけど、ちゃんと起きたら何か食べて下さいねっ」
やだもうどうしようって、自分でも何を言ってるのかわからないくらい
慌てて下着と服を着けて、半分夢の世界の彼にキスをひとつ。
「キョーコ落ち着いて…、もしかして君のマンションに帰ろうとしてる?」
「そうですよっ、ここから出て行くのがバレたら大変だもの、
もう信じられない、なんでこんな時間まで寝てたんだろう…私のバカバカバカ」
「いいから、ちょっとこっちおいで」
「…?早く帰らなきゃマネージャー来ちゃうんです、そんなゆっくりしてる暇…っ…ん…」
寝起きなのにどうしてそんなに力があるんだろう、って言うくらい
強引に横になっている敦賀さんの上に引き落とされながら、唇が触れる。
もちろん触れるだけでは済まなくて、お互いを愛撫するように絡めあう。
やがて離れてから、ぎゅっと抱きしめられて、私もつい彼に身体を預けた。
ぬくもりと、優しく伝わる鼓動と。
「もう忘れたの?」
「何を…ですか」
「俺達、結婚したんだけど?」
あ…
「…そう…でした…」
彼の言葉に、すっかり目が覚めた。
そう、私と敦賀さん、結婚…したんだった。
海外で身内だけを招待して式を挙げて…一昨日帰ってきたんだった。
新居はそのまま敦賀さんのマンションで…あー…私…。
「…やだ…私すっかり…あー、もうバレるとか、気にしなくていいんだって、昨夜思ってたのに」
「そう。もうヘンにこそこそしなくていい。俺も、君に色目を使う奴に心置きなく制裁を加えられる」
「ちょ、そんな人いませんからっ、変なことしないでくださいね!」
本当にそう思うの…?と、呟きながら起き上がると、敦賀さんは改めて私を抱きしめた。
頭をくしゃくしゃとされながら、私も敦賀さんを抱きしめる。
朝から、こうやって2人でいられる。お仕事のある日も、ない日も。
これからは、外でデートもできるんだ。
そりゃあ…人目がないわけじゃないんだけど、でも、今までとはまったく違う。
それがとても、嬉しい。
「おはよう」
「おはようございます…って!どっちにしても今日は私の方が出るのが早いんですから」
「ほんとに行っちゃうの?」
「私がお休みしたところで、敦賀さんだってお仕事じゃない」
「俺も休もうかな…って、ごめんごめん、そろそろ忙しい奥様を解放してあげなくちゃね」
ゆっくり身体を離して、目を合わせて思わずお互い吹き出してしまう。
結婚って、どうなるんだろうって思ってたけど結局何も変わらない。
綺麗なドレスを着てあなたの元に飛び込んだけれど、日常はそのまま、日常のまま。
でも、帰ってくる場所は同じ。
私たちはお互いに属しているんだって、みんなが知ってる。
それだけで、なんだか胸のあたりがくすぐったい。
「明日から、ちゃんと早起きして朝ご飯作りますね、今日はごめんなさい」
「気にしなくていいよ、君でお腹いっぱい」
「ま…ったそんなこと…。とにかく急いで用意しなきゃ、あ、ケーキ!ケーキ残ってるから
それ食べて下さいっ」
昨夜、事務所の人たちを呼んだ披露宴代わりのささやかなパーティ。
みんなが用意してくれたウェディングケーキに、私泣いちゃったっけ。
なんかもう、胸がいっぱいで、みんなが祝福してくれるのが本当に嬉しくて…。
毎日、きちんとがんばろうって、思ったの。
敦賀さんとの生活も、お仕事も、自分の人生も、何もかも、すべてを。
最初からすべて上手くいくわけないんだけど、ね。
その証拠に、初日からもうこんな感じだし。
「朝からケーキは食べられないなあ…」
「ケーキだって早く食べなきゃダメになっちゃうんだから。私もちょっと食べていきますからっ、ね?」
「ん…」
まだ眠そうなベッドの上の敦賀さんと、バタバタ駆け回る私。
これからが本当の私たち。だよね?
こうやって、いつまでも一緒にいられますように。
きちんと敦賀さんの奥さんやるからね。
「行ってらっしゃい」
出かけようとすると、敦賀さんが一緒に玄関まで来てくれた。
靴を履いて向かい合う。
また、頭に手が触れて、なでなでされてしまう。
んもう…。
そんなことより、敦賀さん、早く準備しないとあなたも遅れちゃう。
「なんでもいいから冷蔵庫にあるもの食べて下さいね?
私が食べさせなかったって、社さんに怒られちゃいますから。」
「はいはい、心配性な奥様だね…大丈夫」
「だって…」
「はい、こっち向いて」
「なあに……っん…」
「行ってらっしゃいのキス」
「もう…また顔が赤いって言われちゃいます…」
「すっごく、かわいいよ?」
「…行ってきますっ」
急にもらったキスの熱を冷ます間もなく、ドアを閉める。
敦賀さんが笑いながら手を振るのが見えた。
毎日、これなのかな…もつかな、私。
恋人だったときと同じくらい、ううん、それ以上にドキドキしちゃって
でも、お揃いの指輪2つがすごく安心もできる。
大切な人がいるって、すごく、素敵なことなんだって…思う。
行ってきます、敦賀さん。
ねえ、今日は私のほうが帰ってくるの、早いよね?
だから…おかえりなさいのキスは、私から。
2005/12/14 OUT