So Cute, So Happy -REN

From -MARRIED

ぼんやりとする時、というのはそうあることではないけれど、
そんな時間が訪れたら、考えるのはやっぱり彼女のことが多い。
今日はあのTV局で仕事だったな、とか、雑誌の取材だと言ってたけど 電話に出られる時間はあるかな、とか、
朝、もうちょっと長めにキスさせてもらえたら良かったな、とか、
まあそんな他愛のないこと、だ。

めでたく結婚もしたことだし、一緒に暮らしてるし、昨日今日恋に落ちたわけではないのだけど、
彼女のことに思いをはせる時間はあいかわらずのまま。
仕事柄、ゆっくり逢えることが少なかった恋人の頃の名残だろうか。
今もそんなに事情は変わっていないけれど。
だからかな。
こうして自分も彼女も仕事をしている時ほど、彼女のことをよく思い出す。
そしてたまに思いがけないところで逢えたりすると本当に嬉しい。
ただ俺が、彼女のことを好きだっただけの頃も今も変わらない想い。
そういう気持ちを持ち続けていられるのは、きっととても幸せなことなのだろうと思う。

LMEの中でも社内の人間しかいないような比較的階上のフロア。
廊下の少し広いスペースに置いてあるソファに座ってそんなことをぼーっと考えていると
その彼女がてくてくと歩いてくるのが視界に入った。

これはなんというか、実は俺の願望が幻覚を見せてるんじゃないかと思うくらいのタイミングの良さ。
……現実なんだよな。
確かめるためにとりあえず名前を呼んでみた。

「キョーコ」

何かを見ながら歩いていた彼女は、自分の名前が聞こえてきて驚いたような顔をして上を見た。

「敦賀さん!偶然ですね、今日はTV局のはしごだって言ってたのに」
「偶然じゃないよ、待ち伏せ」
「え?」
「あはは、冗談。ちょっと寄り道、かな」

驚いた顔が笑顔に変わる。
社内とは言え、こうやって何事も問題ないかのように名前を呼び合って会話ができるのも、
結婚してからこっちのことだ。…ただそれだけのことが、こんなに嬉しいのも。

「それ、何?」

手近にあった空き部屋を借りて、しばらく2人きりの時間を作らせてもらうことにした。
膝の上に座ってもらって、さっき歩きながら見ていたものの中身を問いかける。
俺に見えやすいように向きを変えてもらったそれを見てみると、
ものは写真で2枚。どちらにも彼女が写っていた。

「写真見てたんだ?難しそうな顔してたから何かと思ったよ」

彼女は横向きに座っているから、簡単に目を合わせることができる。
写真から彼女へ目線を移すと、やっぱりさっきとあまり変わらずに難しい顔。

「うん…写真は写真なんですけど」
「何か問題がある?」
「どう思います?」

問うたつもりが逆に問われて、少し考える。
どう思うか、ってどういうことなんだろう。

スタジオのセットみたいなところで撮ったらしいポラ。
雑誌のスチールか何かだろうと思うんだけど、彼女が何についての感想を求めてるのか
イマイチつかめない。
写真はといえば、デザインの違うワンピースを着て、どちらも可愛く写っているのだけど。

「可愛いよ?」
「…うん、私もそう思います、って、……あの、私じゃなくてね?」
「ん?」

君じゃなくて?
って、どういうことだろう。
彼女の他に写っているのは小道具ばかりだから、セットの中の…例えばランプとか椅子とか?

「こっちの服と、これと。敦賀さんならどう思うかなあって」

ああ、そういうことか。やっとわかった。
ここまで悩んでいるということは多分、買取をどちらにするか、ってことなんだろう。
そう言えば、と、先日の会話を思い出す。
やっぱり同じことを悩んでいたみたいで、1番を決めるのが大変だったと言ってた。
悩む必要、ないのにな。

「どっちも可愛いよ」
「うん、だから困ってるの。ずっと考えてるのに決まらないんだもん」
「どっちも買ったらいいよ。俺が出してあげ」
「ダメ。こういうのはおこづかいの範囲で買うって決めてるの」

やっぱりダメか。
この間も同じことを言ったら、同じように返されて思わず苦笑したっけ。
でも、そんなに悩むくらいなら両方買ったってバチは当たらないと思うし、
洋服なら置く場所にもそんなに困らないし。

「どうしても?」
「どうしてもっ!」
「…………あのさ」
「…はい?」
「どっちも見たいな」
「うぇ?」

前回は俺が強く出られなかったから、なんとなく今日はどうしても勝ちたくて、とはいえ
別にこんなことに勝ち負けはないんだけど、彼女が願うことはできるだけ叶えたいという
自分本位のちょっとわがままな考えが頭をもたげてきたから、ここで最終手段に出てみることにした。

「どっちもすごく可愛い」

キョーコが。

「だから、どっちも目の前で実物を見てみたいな」

俺が。

しばらくして俺の言葉に彼女が少し頬を染めた。
…やった。大成功。

「ほんとにそう思います…?」
「うん」
「じゃあ…どっちも買っちゃおうかな…?」
「そうしたらいいよ。楽しみだな」

えへへ、と嬉しそうに微笑むのを見て、思わず顔が緩む。
服はもちろん可愛いんだろうけど、
何よりそうやって自分の好きなものを身にまとって楽しそうにしている彼女が可愛くて仕方がない。
ファッションアドバイザーとしては多分失格。
でも、妻のことを愛してやまない夫としてなら、合格ラインってところじゃないかな。
なんてね。

言っただろう?
君を幸せにするためなら、俺にできることは何でもするって。
そして、そういう君を見ているのが、俺の一番の幸せでもあるんだよ。

ああ、でも、笑っていようが怒っていようが泣いていようがどんな彼女を見ているのも、
そして1人の時に彼女のことを想うのも、
俺にとってはみんな、一番の幸せなんだけど。


2010/07/22 OUT

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