ベッドに横になって、隣、本当なら敦賀さんが眠っているはずのところを
ぺたぺたと手のひらで触ってみる。
…冷たい。
はあ…結局今日も1人。
わかってたことだけど、それは全然構わないんだけど
逆に私がいない日だって遅い日だってあるんだけど…やっぱり寂しい。
寂しい寂しい寂しい。
お仕事なんだから、敦賀さんのせいじゃないんだから
文句を言うつもりも、寂しいですって言うつもりもないんだけど
…やっぱり寂しい。
さっきから何回「寂しい」を繰り返してるんだろう。
普段も、朝と夜しか逢えないんだから、
夜もちゃんと敦賀さんにおやすみなさい、って言いたい。
そしたら、敦賀さんも「おやすみ」って言ってくれて、それから絶対にキスをくれる。
おでこだったりほっぺだったり…最後には唇にキスをくれて、
大きな身体にぎゅーっと包まれて、敦賀さんが紡ぐ鼓動が子守唄代わりになって
ゆっくりと、眠りの底まで落ちていけるの。
最初は、一緒に眠るのさえドキドキしてたのに、不思議。
今もドキドキは変わらないけれど、それよりも大きいのは安心感。
不確かだった自分の存在が、ぴたっと定まったような、そんな感じなの。
敦賀さんは私にいろんなものをくれるけど、それはその中でもより大切なもののひとつ。
眠る時も、目覚めた時も、変わらずそばにいてくれる笑顔が、
私の存在に、人生に意味をくれるような気が、してる。
だからかな。余計に今、寂しいって思っちゃう。
だって…もう何日逢ってないんだか、わからないくらいなんだもの。
電話ではお話してる。メールもしてる。テレビ電話だってできる。
おはよう、おやすみ。好きだよ、って敦賀さんが言ってるのも見える。
だけど、映像じゃ、温度まで伝わらない。
敦賀さんに触れたときの柔らかな感触も、伝わってはこない。
纏う空気をほんのりと彩る、彼だけの匂いもわからない。
何よりも、私をまるごと溶かしてしまいそうに熱い、彼の体温も。
今夜帰ってくるって言ってたよね?
敦賀さん…逢いたいよ。早く…帰ってきて?
帰ってきたら、いっぱいお話したいことがあるのにきっと、
抱きしめられてるうちに、言葉よりも体温のほうが
想いを早く伝えてくれるってことに気付いて
ただ黙って、そのうち眠ってしまいそう。
今日も、逢えないのかな…。
仕方がないわよね。明日の朝は逢えるはずだから、
その分いっぱい、ぎゅーってしてもらおう、っと…。
身体が覚えてる、抱きしめられたときの感触とぬくもりを
思い出しながらそっと目を閉じて、
敦賀さんの代わりにブランケットをぎゅっと握る。
そしていつの間にかうとうととしかけた頃、
ベッドルームの向こうでかたん、という物音が聞こえた。
あれ…。
もしかして、敦賀さん、帰ってきた…?
眠りかけていた自分を引きずり起こして、ベッドルームのドアの前に立つ。
耳をドアに当ててしばらく聞いていると、飛び込んでくるのは控えめな物音。
やっぱり…!敦賀さん、帰ってきたんだ。
そう思うと、もう眠ってなんかいられない。
ドアを開けて今すぐ逢いに行こうと思ったけれど、
少しだけ考えて、もう一度ベッドに戻った。
ビックリ、させちゃおうかな。
きっと、私がもう寝てると思って、そーっとこのお部屋に入ってくるはずだから
そのタイミングを狙っておかえりなさい、って言ったら
すっごくビックリするわよね。
ああ、どうしよう。そんな敦賀さんを想像しただけでワクワクしちゃう。
早く、こっちに来ないかな。
*
すぐに来てくれるかと思ってたのに、
あれからいくら待っても敦賀さんがくる気配がない。
もしかして、次の撮影に備えて台本読み、とか、やってるのかしら。
もう。それはそれで仕方がないけれど、
でも、あんまり遅かったら私、寝ちゃうんだからね?
敦賀さん、いっつも電話で逢えなくて寂しいよとか言うくせに。
自分ばっかり寂しい、とか言うくせに。
違うもん。私だって同じくらい、ううん、敦賀さんなんかよりずっと
寂しいんだから。
何もしないでただ待っているからなのか、
いつもよりも時間の経つのがすごく遅い気がして
敦賀さんが隣に来てくれるのがすごく待ち遠しくて
やっぱり自分から逢いに行って抱きしめてもらおうか、と
思い始めた瞬間、ベッドルームのドアが開く音がした。
…なんてタイミングなの。
私の心、ドア越しに読んでたわけじゃ、ないよね?
そうだとしたら、敦賀さんってすごい、策士よね…って
それも今に始まったことじゃないのを思い出した。
「おかえりなさいっ」
「わあっ、キョ、キョーコ、起きてたのか…」
隣に敦賀さんが身体をそっと滑り込ませてくるのを息をひそめて待ち、
敦賀さんの方に向き直る。
それと同時に、突然に言葉を発したら、
敦賀さんがめちゃくちゃ驚いた様子で私を見つめた。
久しぶりに見る、至近距離な敦賀さんに満足した私は思わずにんまり、
遅いですって言おうと思った文句もいつの間にか消えていた。
私が眠っているはずだと思っていただろう敦賀さんは
ビックリした顔のあと、苦笑いで私の身体を抱き寄せる。
自分からも身体を寄せて、ぴったりくっついてみると
敦賀さんの腕が私をぎゅーっと抱きしめた。
えへへ…この感じも久しぶり。
自分の身体の隅々まで、それこそ細胞レベルで喜んでる。
「起きてましたよ?遅いなーって思ってたら、帰ってきたから…待ってたの」
「ビックリした…」
「そう、ビックリさせるのが目的だったんです」
ずーっと待ってたんだもの。
それくらい、許されるかな、って思ったの。
それとも、そんな悪戯なことをしてみても、
私はここにいていいんだよね、って、試してみたかったのかしら?
自分の気持ちが上手く説明できないで少し考え込んでいると、
敦賀さんの優しい声が上から私の身体に降り注いで沁みこんでいく。
「はは…ただいま」
「おかえりなさい…」
敦賀さんの胸に顔を寄せると、そのまま唇がおでこに降ってくる。
頬やまぶたにキスされながら、指を絡めた。
ちょっとだけ、お話しませんか?と呟くと、
敦賀さんが微笑みながら身体を起こして、抱っこしてくれた。
ヘッドボードに背中を預けて、私を腕の中にぎゅっと閉じ込める。
暑くも寒くもない季節。
少しだけ肌寒い夜の空気が、敦賀さんの体温と調和して穏やかに私を包んだ。
「こうやってゆっくりできるのは4日ぶりくらいかな…寂しかった?」
「…敦賀さんは?」
「俺は…寂しくてどうにかなりそうだったよ」
「ふふ…ひとりで不機嫌になったり、してないでしょうね…?」
「多分大丈夫…それよりも、キョーコは?寂しくなかった?」
寂しかった、って素直に言ってもいいのだろうけど、
ムクムクと沸いてきた悪戯心が邪魔をする。
寂しかった、って素直に言える敦賀さんに、ちょっぴりジェラシーかな。
ここではぐらかしたって、どうせこの後、追及に負けて口に出してしまうのに。
でも…うん。寂しかったです。
あなたの言うように、すっごく寂しくて…どうにかなっちゃいそうだった。
と、言葉ではなかなか言えないから、代わりに敦賀さんのパジャマをぎゅっと掴む。
ねえ、敦賀さん、…こんな私をあなたはずるいと思う?
いつもあなたの言葉を欲しがってばかり。
同じくらい私の言葉を欲しがってるかもしれないのに
あなたに…言えないことが、たーくさん、ある。
でも、そんな風に挨拶代わりにするには慣れてないってだけでね、
私、あなたのこと、世界で一番大好きよ。
その気持ちは、あなたが私のことを想ってくれてる、それ以上だと想ってる。
一番大切で、一番愛してて、とにかく、あなたは私の一番なの。
ううん、一番だとか、言葉では表せないくらい。
あなたに対して抱いている想いが大き過ぎて、
それで、言葉にしづらいのかも、しれないな。
どうにか言葉にしようとしたら、先走った気持ちが涙を連れてきちゃう。
その度に、なんて幸せな涙なんだろう、って、また、じんわりしちゃうの。
触れただけで、自分の気持ちが痛いほどわかる。
そんな経験をさせてくれたのは、あなたが最初で最後だから。
多分、あなたはそんな私の気持ちをみーんな、わかっててくれてる。
そんな気が、する…。
近づいてくる唇を目で確認してから目を閉じた。
キスで…寂しかった時間を埋めてもらうために。
そして唇同士がそっと触れ合ったすぐ後に、その熱に乗せて敦賀さんにそっと語りかける。
敦賀さん、ビックリした、よね?
…驚かせてごめんね。
どんな顔するかな、って思ったの。
久しぶりに逢うのに、ちょっぴり悪戯心まで沸いてきたの。
何より、どうしても今夜のうちに動く敦賀さんに逢いたかったの。
2人で暮らすお部屋にあなたが帰って来てくれたってことを
いろんな方法で確かめたかったの。
あなたも、同じように思ってくれてたら、嬉しいな。
きっと…ううん、絶対、思っててくれてたよね…?
2007/06/27 OUT