甘いもの10のお題 / 5.チョコレート

From -MARRIED

また見つけた。

「…製菓用クーベルチュールチョコレート、ね」

…こんなところに食べ物を隠して。本当にもう。
ここは高いから、さすがに蟻も来ないだろうけど。

今は朝。
歯磨き粉を探して戸棚を漁っていたら思わぬものを見つけた。

ここのところ、家中のあらゆるところからおかしなものを見つけては苦笑する日が続いている。
俺が探そうとしてるわけじゃなくて、例えば着替えをしようとクローゼットを開けたら。
本棚の本を片付けていたら奥の方から。
今日のそのチョコレートは、数日前から数えてもう4つ目だ。

とりあえずそのチョコレートは見て見ぬ振りをして扉を閉める。
新しい歯磨き粉を開封して、歯磨きを再開させた。

「敦賀さん、歯磨き粉見つかった?」

バスルームに繋がる洗面所。
彼女がひょい、と顔を見せる。

「ん」

歯ブラシを口に咥えたまま彼女に頷いて見せた。
すると、俺の顔を見てホッとしたように笑い、彼女はそのまま姿を消した。
今日は弁当を作ると言ってたから、そのせいだろう。
バタバタと走り回っている。
ただでさえ忙しいのに、朝食を用意して、夕食もなるべく作って。
その上週に1・2回の弁当。
無理しないで良いっていつも言うのに…
お昼は一緒にいられないんだから、って力説されてしまった。

…気持ちは、すごく嬉しいけどね?

彼女を気づかう振りをしながら、
それでも、それがかなり楽しみな自分を鏡の奥に見つけてしまう。
朝から緩む顔に、苦笑いしか出てこない。
いや、それも昨日今日に始まったことじゃなくて、君を手に入れてからは、多分ずっと。
君といられることはもちろんこの上ない幸せだけど、
君の作ったものを日常的に食べられる。それもすごい特権だよ。
知ってた?キョーコ。
こんなに食べ物に関心を持つ日が来るなんて思わなかったな。
君が俺の為に作ってくれる、それだけでどこで誰と食べるより、美味しく思える。

ん…、作る…?

あぁ…そうか。

寝起きのシャワーが頭を働かせてくれたのか、
それとも君が弁当や朝食の用意で走り回ってるからか。
ここ最近の、うちの家における不可解な出来事が1つに繋がった。

今日はもう2月13日。
ついこの間、俺の誕生日だと言って、かなりなお祝いをしてくれたけれど。
明日は…バレンタインデーだ。
見つけたチョコレートは多分その…材料。
ケーキ型も、ラッピングキットも、メッセージカードも、全部明日の為に用意されてたもの。

そうか…。
一緒に住んでて、それでも俺に内緒で用意しようとして、あんなことを…。
俺のいない間に隠して回っただろう彼女の姿を想像してみる。
今度は本当に笑ってしまった。

女の子って…かわいいな。本当に。
そうやって、また俺は、君に夢中になる。改めて。


*

「れーんっ、明日は何の日だ?」

朝から特別に浮かれてたのかどうか、自分ではわからないけれど
この人のこの笑い方は、明らかに俺をからかおうという目的を孕んでるように見える。

「バレンタインデーでしょう?知ってますよ、それくらい」
「そうだよな~、毎年チョコいっぱい貰ってるもんな~」
「俺は別にチョコレートなんて欲しくないですけど」

毎年たくさんのチョコレートが届くのは事実だけれど、気持ちだけありがたく受け取って
送られてきたものを俺が食べることは滅多にない。
それを送ってくるほうもわかってるんだと思う。
俺に送ったという事で、ある種の満足感みたいなものが持てるんだろう。
その気持ちはありがたい。俳優の俺の活動を応援してくれているということだから。

だけど、作られた「敦賀蓮」じゃない俺を知っていて、それでもくれたのは彼女が初めてで、
そのときにはやっぱり素直に嬉しかった。
確か最初は、こんな風になる前だったから…余計に。
先輩だから、という理由なんだろうと思ったけれど、それでも嬉しい俺が居た。
それからはその日が近づくと、何かあるんじゃないかと思って無意識にも期待してしまっていたから。

「そんなこと言っちゃって、初めて誰かさんからもらったときはめちゃめちゃ嬉しそうだったくせに」
「や、だからそれも別に他意は」
「そうやってムキになるほうが、返って怪しく思われるんだよ?」

隣に立っている彼を見上げると、いつもみたいに俺で遊んで満足そうな顔。
やれやれ…。

バレンタインは、確かに日本では女の子からチョコレートを、っていう日かもしれないけど
それは日本だけで、海外では男女関係なく大切な人に贈り物をする日なんだ。
結婚してから初めてなんだし、いつも以上に俺も真剣に考えてるんだよ?
君と同じで、君には内緒にしてるんだけど。

俺達って、結構似てるのかもしれないね。
もちろん、ちゃんと知らない振りをするから安心して?
どんなお菓子を作ってくれるんだろう、君は。
そこまで考えてから、結局いつもと同じ思考にたどり着く自分がいた。

…早く帰りたい。

仕事中にそんなことを思うなんて社会人失格だ。
同じ家に住んでいて、毎日逢えるのに、逢いたくて仕方ないよ。キョーコ。
離れてる時間があるから、君にまた逢えたときの喜びも大きいのに。
それもちゃんとわかってるのに、俺は欲深いんだな。

「蓮、ほら、キョーコちゃんのことばっかり考えてないで、出番出番」

ははは────…

*

「おはようございます、敦賀さん、起きて」

上から声がしたかと思うと、頬に何かが触れる感触で目が覚めた。
彼女の顔がすぐそこにあって、彼女がキスで起こしてくれたんだと気付く。
起き上がると、そのまま身体を寄せて、脊髄反射みたいに抱きしめた。
昨夜は俺が帰ってくるのが深夜になってしまって彼女は既に眠っていて。
一緒に住んでいても、こんな状態が続く日がずいぶんある。
仕事優先なんだから仕方のないことだけど。

「お…はよう…早いね…もう仕事?」
「うん、今日ちょっと早めなの」
「そっか、気をつけて行っておいで」

そう言ってみたものの、もう少しだけ触れていたくて手を緩めずにいたら。

「離してくれないと出かけられません」
「ああ、ごめん、でももうちょっとだけ…」
「ね、今日は…何時ぐらいに帰れそう?」
「俺?昨夜よりは早いと思う…俺ががんばれば」

微笑んで見せると、嬉しそうに彼女も笑う。

「じゃあ、がんばってくださいね…今日、何の日か知ってる?敦賀さん」
「うん、知ってる。がんばって早く帰ってくるから、待ってて」

君の為に。
いや…俺の為かな。
見送りに出た玄関で手を振る彼女に、そっとキスをした。

行ってらっしゃい。
君も、今日は何の日か本当に知ってる?
驚く顔を思い浮かべると、早く夜になるようにと祈らずにはいられなかった。
子どもみたいな自分がおかしくてたまらない。
社さんに遊ばれるのも、仕方ないかな。

*

なるべく早く帰ると言っておきながら、車の時計を見ると23時。
多分、いろいろ用意してあるんだろうなと思い、
とりあえず俺の方で準備した花束を持って急いで部屋に戻ると、
玄関を開けた途端に漂ってくるチョコレートらしき甘い香り。
靴を脱ぎながら、いつもは俺が帰ってきたときに
先に家に居ればここまで来てくれるはずの彼女がいつまでたっても来ないことに気付く。

電気は点いてるし、帰ってないわけじゃない、はずだけど…。
そう思いながらリビングに入ると、テーブルにつっぷしている彼女の姿が見えた。
隣には、ラッピング済みの大きな箱。多分ケーキか何かが入ってるんだろう。

「キョーコ、起きて」
「ん…え…?あ…!お、おかえりなさいっ、やだ私寝てた?」
「こんなところで寝たら風邪引くから、ベッドに行こう」
「ん、大丈夫、おかえりなさい」

抱き起こすと、寝ぼけた顔のまま、おかえりなさいのキスをくれた。
それは嬉しかったけど、でも少し冷たくなった身体のほうが心配になる。
まったくもう…無理して…。

「もう遅いから寝よう?夕食は…」
「食べてないの…これ作って、それから寝ちゃってたみたい…でも良かった、間に合って」

開けてみて?と言われるままに、綺麗に包装されたその箱を開けると、
ハート型の大きなチョコレートケーキが出てきた。

「今日ね、バレンタインでしょ?…だからチョコレートケーキなの」
「帰ってきてから作ったの?」
「ん、準備はしてたから…こっそり。…ビックリさせたくて。
 結婚…してからは初めてだったから、これでも結構考えたのよ?ビックリした?」

そう言って隣で嬉しそうに笑う彼女をそっと抱きしめた。
彼女の体温を感じながら、もしこれで自分が知らなかったとしたら
その驚きと嬉しさがどれくらいだったんだろうと、ふと思う。
いや、多分同じくらい嬉しいんだろう。
どっちを知ってても知らなくても、
忙しい中で俺の為にちゃんと用意してくれたこと。
俺に内緒にしようとして水面下で準備してたこと。
どっちも同じくらい…嬉しくて、ビックリするよ。

…本当に君は…。

「…敦賀さん?」
「ありがとう…食べようか、これ。今日のうちに」
「…大丈夫?結構甘いと思うの」
「大丈夫。俺、用意してくるから待ってて」
「あ、ダメ、私してくるから敦賀さん座ってて。バレンタインだもん、私がする」

彼女がそう言ってキッチンに消えていく。
しばらく待っていたけど、俺も彼女に渡すものがあったことを思い出して
気付かれないように部屋を出た。
クローゼットの奥の方から随分前から用意しておいた小さな紙袋を探す。
中には、小さな箱。そしてブレスレットが入っている。これが俺の彼女へのプレゼント。
喜んでくれるといいけれど。

リビングに戻ると、彼女がちょうどケーキを取り分けていた。

「はい、どうぞ。ちょっと慌ててたから…味は保障できないけど」
「じゃあいただきます」

口に運ぶとチョコレートの濃厚な香りが拡がって、
それから少しほろ苦くて洋酒の風味も飛び込んでくる。
甘いものはそんなに食べないけど、でも素直に美味しいと思える。
もちろん彼女が作るものはなんでも美味しい。
だけどそれを一緒に食べてくれる人が、彼女であることが俺には一番嬉しくて。
今日は多分、大切な人への想いを再確認する日なんだろう。
2人で暮らすようになってからも、もちろんいつでも彼女は大切で、
本当に好きで好きで仕方ないんだけど、
そんな風に思える人と一緒に過ごせることの幸せを改めて感じられる日。
それが俺と彼女のバレンタインデー、なのかもしれない。

「…美味しい?」
「ん、すごく美味しいよ。君の次くらいに」
「なっ…何言ってるんですかっ、私が美味しいわけないじゃない…」

いや、俺にとっての一番のご馳走は君なんだけどね。これはほんと。
言葉を濁しながらケーキを頬張るその唇のすぐ上についていたクリームを指で取り、
自分の唇に運ぶと、彼女がますます顔を赤くしてしまう。

「さっさと食べて寝ないと…明日も早いんでしょう?」
「キョーコは…バレンタインは、女の子だけががんばる日だと思ってる?」
「…え?」
「大切な人に贈り物をあげる日、でもあるんだよ。だから…俺も君にプレゼント」

ソファに置いた花束と、さっきクローゼットから取り出した紙袋を渡した。
受け取った彼女が、少しビックリしながらも照れくさそうに微笑む。
そう、こんな顔が見たくて、俺はいつも君に何かできることはないかと思うんだ。
自己満足かもしれないけど、俺の趣味は今は君。
君が隣にいたら、それだけで楽しくて仕方ないよ。

「あ…りがとう…お花、お仕事でもらったのかと思ってた」
「大切な人にあげるから、綺麗にしてください、って頼んだんだ」
「ほんとに?もう…そんな恥ずかしいことよく言うんだから…。ね、これも開けていい?」
「いいよ、気に入ってくれると嬉しいけど…どうかな」

紙袋から取り出した箱の包みをほどいていくその表情が、
すっかり「キョーコちゃん」になってしまってる。
ほんとにかわいいな…もう。

「ブレスレット…?」
「そう。貸して、はめてあげるから」

言われるままにこちらに差し出す彼女の手を取って、銀色のブレスレットを腕に通し
留め金をぱちんと留めた。

「捕まえた」
「え?」
「俺から逃げていかないように、手錠」

あっけに取られている彼女の唇を自分のそれでそっとふさぐ。
そして、彼女の腕で、俺の所有印みたいに光を放つブレスレットをそっと撫でた。
やっぱり、こうやって腕にはまっている時が一番綺麗に見える。
イメージ通り。
手錠と言うには華奢すぎるけど、それでも…
少しずつ彼女に刻まれていく‘自分’に、微かな満足感を覚えた。
君は…俺だけの、もの。
そうだろう?…キョーコ。

「気に入ってくれた?」
「……わけないのに…」
「え?」

「ううん、すっごく嬉しい、ありがとう、敦賀さん…大事にするね」

もう一度抱きしめて、それから口付ける。
時計を見たら、日付が変わるところだった。
来年はどうやって、君への想いを形にしようかな…。
君はどうやって俺にチョコレートを用意してくれるんだろう。
考えていることを彼女が知ったら多分呆れられそうな気がする。
もう来年のこと考えてるの?なんて。

そうやって、2人の思い出を少しずつ、増やしていけたらいい。
そんな、2人がひとつになってからの初めての、バレンタインデー。



2006/02/13 OUT
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