公園のすぐそばを通ると、にぎやかな音が聞こえてきた。
少し遠目に伺うと、夜店がたくさん並んでて、上からは提灯もぶら下がってる。
そっか。
お祭り!夏祭りだ…。
ちょっとなら、バレないよね?
帽子かぶってるし、メガネかけてるし。
私はすっかり嬉しくなって、公園の中へ入った。
立ち並ぶ夜店は種類もいっぱい。
人の間を縫うようにかき分けながら進む。
お祭りなんて、すっごく久しぶり。
本当は、敦賀さんと来られればいいんだけど
そしたら多分騒ぎになっちゃうし、今日は私1人でもいっか。
結婚したんだから、別に2人でいたっておかしくないんだけど
でも、やっぱり。
かき氷、たこ焼き、たい焼き、ヨーヨー釣り。
あ、金魚すくい。
それから…わたがしも。
ふと、昔、まだ私がショータローの家に預けられてた時のことを思い出した。
やっぱりこうして近くの公園、ううん、神社だったかな。
そこのお祭りに、ショータローと出かけたっけ。
あの頃は、アイツしか遊び相手もいなかったし。それで良かった私だし。
そうやって2人で出かけたお祭り。
夜店の中でもひときわ目を奪われたのがお面屋さんと、わたがし屋さん。
大きな袋に入ったわたがしは、子供心にもとても魅力的で
いつも口をべたつかせながら、でも夢中で食べてた。
わたがしを買って帰るの、楽しみだったな。
ちょっぴり昔を思い出して、くすくすと笑ってしまった。
辛いことも多かったけど、結構楽しい思い出も、あるんだ。
それも、今が幸せだから思えることなのかもしれない。
「ひとつ、くださいな」
思い出に浮かされたのか、昔を懐かしむことができる余裕からなのか
私はとてもウキウキした気分でわたがしをひとつ、買った。
*
わたがしの入った袋って、ぱんぱんで、
何かすごくいいものが詰まってるみたいに思えるのよね。
もちろん、食べても美味しいんだけど、
こうやって持ってるだけでも楽しくなっちゃう。
「ただいま…っ」
ドアを開けると、たまたま廊下に出ていた敦賀さんと目が合った。
「おかえり、って…どうしたの、それ」
見慣れない荷物に少し驚きながらも近づいてくる敦賀さんが、
私を抱き寄せていつもみたいにおかえりなさいのちゅー、をしてくれた。
そのまま抱きしめられながら、わたがしを敦賀さんに見せる。
「さっきね、公園でお祭りしてたから、買って来ちゃった」
「それは…わたがし?」
「うんっ。食べませんか?」
「いいね」
並んでリビングのソファに座る。
私は、手に持っていた袋のぎゅっと縛られた口を開いて、
割り箸にささったもこもこしたわたがしをそっと取り出した。
「やっぱりおっきいな…」
「食べたらすぐ溶けるだろう?」
「ん、でもほら、子どもの時は、最後まで食べれなくて…」
「甘いしね」
白くてもこもこしたわたがしから、少しだけ掴んで口に入れると
ふわっと拡がる甘さと、すうっと溶けていく感触。
「ん、あまーい」
久しぶり、本当に久しぶりに食べるわたがしの味は
やっぱり昔と変わっていなくて、とても甘くて、美味しい。
「キョーコ」
「はい?」
ふたくち目を掴んで口に運び、
甘さにひたっていると、敦賀さんにその口を塞がれてしまって。
「ん…」
「うん、甘い。美味しい」
唇を離すと、いたずらっぽく笑う敦賀さん。
「今度は、俺が食べさせてあげる」
そう言って、わたがしを口に含んでからもう一度私にキスをした。
開いた隙間から入り込んでくる甘さと
それから、それよりももっと甘くて熱い敦賀さんの舌を味わう。
敦賀さんから伝わるわたがしの味は、ついさっきよりもずっとずっと美味しく思える。
だけど、敦賀さんとのキスのほうが…。
持っていたわたがしをそっとテーブルに置いて、彼の首に手を回した。
抱き寄せられて、さらに進んでいく。
いつの間にか、わたがしよりも夢中になるキス。
「子どもの時から、好きだったの?」
「うん、なんか大きくて、いいものがたくさん詰まってそうだな、って思えて」
「キョーコらしいね」
「…バカにしてる…」
してないよ、と、私の髪を撫でて微笑む。
子どもっぽいって思ったに違いないのに、
その顔がとても優しくて、私はいつもだまされちゃう。
4つしか違わないのに、頭なでなでなんて…でも、そうされるのも好きで。
すぐそばの身体に身をそっと預けた。
大きい腕が私の身体に回されて、それから髪をくるくるされてるのが伝わってくる。
「あのキョーコちゃんが、こうやってわたがし、食べてたんだ」
「そう。子どもの頃のね、楽しみだったんです」
「その時に一緒に食べられなかったのは残念だけど、でも」
「きゃあ」
「大きくなった君にも出逢えて良かった」
「え?」
そのまま膝の上に乗せられて向き合うようにもう一度キスをする。
迎えてくれる敦賀さんの唇にはひとかけのわたがし。
お互いの唇の上でそっと溶けていく甘い甘い、キス。
「子ども同士でこんなことは、できないだろう?」
だからね…と艶やかに微笑うその顔に、今日もやられっぱなし。
昔好きだった、なんて言ったから、気付いちゃったかな、敦賀さん。
ショータローをちょっとだけ思い出した、こと。
ねえ、敦賀さん。
今とても幸せだから、昔のことを思い出しても平常心で、いられるのよ?
全部、敦賀さんといられるから。
わたがしが昔よりずっとずっと美味しいのも、大好きな人と食べることができるから。
大好きな人と過ごせる毎日は、昨日も、今日も、明日も、きっと。
ずっと幸せ。
だから、今度は一緒に行きましょうね?
2006/01/13 OUT