踊り場でワルツ -KYOKO

From -LOVERS

あの人が「特別」になったのは、一体いつからだろう?
お世話になっているから、という理由じゃなく、ただ純粋に、好き、で、大切。
そういう想いを伝えたいと思うようになったのは…。

そうして今年も、私の選んだ箱に私の選んだリボンをかける。
中には、私の作ったチョコレートのお菓子が少し。
彼のことを自分の特別だと自覚してからは、他の人と違うものを作るようにした。
もしかしたら、甘いものなんて食べないのかもしれない、なんて思いつつ、
だけど私はそうやって1人のためだけに特別なものを作ることで想いを再確認して、
深めていって、そして…その想いをあの人の中にこっそり残したいと思うようになった。

お互いが特別になってからも、相変わらずそう思う気持ちは変わらないのだけど。

「こっちは、バレンタインデー」

手の中に収まるラッピングの済んだ小さな箱が、まるで敦賀さんそのもののように愛おしく見える。
喜んで、くれるかな。笑って受け取ってくれるかな。
想いを交わし合って、2人でいられることの幸せを十分に感じられるようになったけれど
それでもこうして敦賀さんのことを1人で想う時、本当に胸がドキドキする。
ドキドキすると同時に、今、この瞬間、何か辛い思いをしているんじゃないかしら、とか、
倒れるまで無理なんてしてないでしょうね、とかご飯食べたかな、なんて、
つい…心配してみたりして。

だけど、そうやって考えても許される…っていうのかな。
上手く言葉にできないんだけど、
あの人のことを心配する権利が私にもちゃんとある、っていうのが、とっても幸せでもあるの。

「こっちが…お誕生日、ね」

敦賀さんのお誕生日。バレンタインデー。
今年は…どっちも一緒にいられない。
普通に考えたら一緒にいられることのほうが少なくて
それが当たり前になってるんだけど…やっぱりちょっと寂しいかな。
お誕生日もバレンタインも、やっぱりいつもよりちょっぴり特別な日、だから。

あの人を手に入れた。
それだけでとっても幸せなことだから、これ以上のワガママは言わないと決めたのに
そんな決心なんてすぐに、もろくも崩れてしまったのを思い出す。

私のことをもっといっぱい好きになって。できるだけ私のそばにいて。
もっと2人で一緒にいたい。毎日キスして、抱きしめて。好きって言って。

ほとんどのことを敦賀さんは叶えてくれる。
毎日逢えないと無理なことはさすがに敦賀さんにもどうしようもないけれど、
その代わり、逢えない時でも心に敦賀さんのことを思い浮かべるだけで
幸せになれることを教えてくれた。

「明日…逢えたらいいな」

明日。
2週間の地方ロケに行ってしまう敦賀さんに私が逢えるかもしれない最後のチャンス。
いつも以上に目を皿のようにして…探さなきゃ。
顔を見て、行ってらっしゃいって言わなくちゃ。
お誕生日おめでとうございます、って…大好きですって…言わなくちゃ。
ちょっぴり忙しいけど、大丈夫。
敦賀さんとのことは、どんなに大変でも、しんどいなんて、思わないもの。

プレゼントをカバンに入れてから電気を消して、布団に入る。
今日も逢えなかった。昨日はテレビの向こうで微笑むのを見かけた。
明日逢う前に…逢えなかった分もまとめて、夢の中であなたに逢えますように…。
さっきもらった「おやすみ」の声をお守りのようにして、目を閉じた。


*

LMEのタレント部門。
その前にある廊下に設置されているソファーベンチに腰を下ろした。
胸の中がぐるぐる渦巻いて、なんだかふらふらと倒れてしまいそう。

逢えますように、とか、逢えたらいいな、とかじゃなくて、逢わなきゃダメなのに。
私は昨夜の悠長な自分を呪った。
でもでもっ、忙しいんだもの。敦賀さん。
私のためだけに時間を割いて欲しいなんて…とてもじゃないけど言えない。
それも、夜じゃなくて、昼間なんだもの。
夜だって忙しくて約束できないのに…昼間なんてとても無理よ。

はあああ…

逢えるかもしれないっていったって、そのチャンスだって
移動の合間に椹さんへの用事を済ませるために来た事務所でだけ。
そんなに頻繁に事務所に来るわけじゃない敦賀さんが今日、ここに来るかもわからないのに。

ああもうどうしよう…

びっくりさせたいなんて思って、電話もしなかった。
やっぱり、電話しておけばよかったかな…
ヘンなこと考えなければこんなことにならなくて済んだのに。
今日…逢えなかったら、敦賀さんが次に東京に戻ってくるまで2週間、逢えない。
本当に、逢えないところに行っちゃうのに。

もちろん、お誕生日の夜には電話もするし…
今までも逢えない間はその分ちゃんと電話できてるから
いいといえばいいんだけど、今日がお誕生日当日じゃなくても
顔を見てちゃんとお祝い、したかったな。

よし。もうちょっと探してみよう。
まだ時間、少しなら大丈夫。

そう思って立ち上がり、廊下から吹き抜けに出た瞬間、
1階のロビーの方から小さく歓声が上がる。
も、もしかして…っ。
慌てて手すりに近づいて下を見下ろすと、思ったとおり。
今いちばん逢いたくて仕方がない人の姿が見えた。
良かった…!敦賀さんだ…っ。
どうしよう、早く…、と思って携帯電話に手を伸ばす。
だけど。待って…あんなに人がいっぱいいる中を歩いてるのに
私からの電話になんか出ちゃったら、ダメよね…?

手すりにつかまって、敦賀さんと社さんの移動する先を見つめた。
えっと…エレベーター…あそこだと、どこに行くんだろう…?
敦賀さんも何か用事?それとも社さんが用事があるのかな?
関係者用のエレベーターなら、一緒に乗る人もいないかも。
どうしよう、電話してみようかな。
手に取った携帯電話とエレベーターを交互に見て、
とりあえず人目に付きやすい今の場所から離れた。
そして、電話をしようと思ったその時、電話がぶるぶると震えだす。
ディスプレイには敦賀さんの名前。

あ…

「はいっ、もっ、もしもし?」
『キョーコ、今どこにいる?』
「えっと、事務所です」
『やっぱり。今から行くからそこ動かないで』
「え…?」

今から行くって、ここに?来るの?
敦賀さんの言葉に少し混乱しながら顔を上げると、
電話を持ったまま微笑みながら近づいてくる恋人の姿が見えた。

*

建物の端の方にある人気のない階段。
そのちょうど踊り場の部分に2人でそっと移動した。
さっき、手すりから乗り出して下を見ていた私に、敦賀さんはすぐに気付いたらしい。
私が、敦賀さん達の姿を見つけて、電話しようかどうしようかと迷ってた時。
多分他の誰もが敦賀さん達を見てたはずなのに。
ああ…だから、私のことは誰にも気付かれなかったのかな。
それも、良かったのかな…なんて思ったりして。

「良かった、逢えて」

敦賀さんはそう言って私の頬をするりとなでた。
それから、ゆっくりと私の身体を大きな腕で包んで抱きしめていく。
本当はね、敦賀さん。電話しようと思ったの。
だけど…お誕生日とバレンタインのプレゼントを用意してるってびっくりさせたくて…
だから、私の方こそ、こうやって逢えて本当に良かったって思ってるのよ?
心の中でそう呟いて、そのまま敦賀さんに身を預けた。
自分の手を敦賀さんの身体に回す。
ぎゅっと抱き寄せると、私と敦賀さんの間にあった空気がすうっと抜けていく。
ぴったり。
誰も…邪魔できないくらい、ぴったり。

「またしばらく逢えないから…家まで押しかけてしまうところだったよ」

耳元で低い声がクスクスと笑いながらそう囁く。
空気が揺れて耳がくすぐったい。
本当?
敦賀さんも、逢いたいって思ってくれてたんだ…?
嬉しいな…。

「私も、逢いたかった…」
「本当?」
「…本当です。嘘なんか…つかないもん」
「見つけた時、ついに幻覚まで見え出したのかと思った」
「…よく、わかりましたね?」
「うん、でも多分もっと人がいたとしても君を見つけられる自信は、あるよ?」

ああダメ。
踊り場、誰かが来るかもしれないのに、こんなにぴったり抱き合ったままで…。
なのに離れられない。離れたくなくて…意識を敦賀さんだけに、向けた。

「死ぬかと思ったな…こんなに逢えないのは久しぶりで」

敦賀さんがそう呟きながら、髪から耳…そして頬、首筋にキスを少しずつ落としていく。
その感触が気持ちよくてぞくぞくして、立っていられなくなりそうになって、
敦賀さんの服に手を伸ばした。

キス、して?

きゅっと掴んだ敦賀さんの裾を少しだけ引っぱる。
私の目を見て少しだけ楽しそうに笑って、それから、唇にキスを、くれた。
その唇の柔らかさに、別のところへ行ってしまいそうな意識を必死に繋ぎとめる。
流れ込んでくるのは敦賀さんの熱と、想い…。
ああそうだ…いつもこうして2人きりにで逢える時に敦賀さんは、
それまで逢えなかった分もいっぱい、キスしてくれる。
毎日キスしてっていう私のワガママも、ちゃんと叶えてくれてるんだ…。

「あのね、敦賀さん」
「ん?」
「もうすぐお、お誕生日、でしょう?逢えないから…これ、持ってたの。今日、どうしても渡したくて…」
「…嬉しいな、ありがとう。開けても、いい?」
「あ、あのっ、そんな大したものじゃないの」

敦賀さんが包みを開けていく音が静かに響く。
出てきた2つのものを手にとって、少し見比べてから口を開いた。

「これ…は…」
「えっとね、こっちが入浴剤で、これがボディーソープなの」
「ああ、そうか。わかった、こっちは俺がいつも使ってる…」

そう。
ボディーソープは、敦賀さんがいつも使ってる香水と同じラインのもの。
入浴剤は、少し値段が高めで、その分効果もたくさん期待できそうなもの。
いつもの如く何をプレゼントしていいかすっかり行き詰ってしまった私の
最終手段というか…。
仕事で疲れた夜に、使って欲しいなっていう、想いも込めて。
一緒にいることができたら、もっと別の方法でいろんなことしてあげられるけど、
離れてる時には他に何にもできないから、せめて、お風呂に入ってる時にでも
敦賀さんがそれで癒されたらいいかなあって…。
ついでに、私のことも思い出してくれたらな、なんて。

「帰ってきたら一緒に使ってくれるの?」

はぁ?!
そそ、そんな意味でプレゼントしたんじゃないのにっ。
ちち、違う…

「ちが、違いますっ…ロケ先のホテルで使ってください…」

だけど良く考えたらこんなものをプレゼントするなんて、
一緒に使ってくださいって言ってるのも同じ…なの?
本当に?
…違うよね?

「ありがとう。10日に、使うよ。入ってる時、電話すればいい?」
「しなくていいですっ…その後でいいですから…」

そしたら、ちゃんと、お誕生日おめでとうございます、って言うから…。
ああ、でも今、ちょっと早いけど、いいかな、いいよね?
こんな目の前にいるんだもの、敦賀さん。

「えっと…ちょっと早いけど、お誕生日おめでとうございます…」
「ありがとう。今年もキョーコが一番乗り、だね」

そっか…やっぱり、私、ちゃんと敦賀さんの「特別」になれてるのかな。
大好きな人の大切な日は、私にとっても大切な日だもの。一番にお祝いしたい。
ううん、もしかしたら、敦賀さんよりも私の方が、敦賀さんのお誕生日に感謝してるかも。
生まれてきてくれてありがとう、って。
私に…あなたをくれて、本当にありがとう…って。

そうだ、もうひとつ忘れてた。
ありがとう、と言う敦賀さんに抱きしめられてそんなことをふと考えてるうちに思い出した。
バレンタインも、今年は一緒にいられないから、今渡さなきゃ。

「それと…こっちはバレンタインです。そんなに甘くないから、食べてもらえますか?」
「ん、ありがとう。そうか…そんなに長いこと逢えないんだね、寂しいな…」

だけど、寂しいな、って言う敦賀さんは、優しく微笑う。
寂しいけど、私もとっても寂しいけどやっぱり微笑んでると思う。
少しの間、逢えなくて寂しい…けど、またちゃんと逢えるって知ってるから。
また逢える。また、逢おうね。絶対。
この先もそうやってずっと、小さな約束をひとつずつ、積み重ねていけることを信じてるから。

「夜なら、電話してもいいですか?」
「うん、俺も電話するから。夜でも、いい?」
「ん、待ってますね」

実はね、敦賀さん。
さっきあなたにあげたお誕生日のプレゼント、私も自分用に同じ物を1つずつ買ったの。
チョコレートのお菓子も、余分に作ってあるの。
敦賀さんを思い出しながら、同じお菓子を食べて、
同じお風呂に入って、同じ香りに包まれたら、遠くてもあなたを近くに感じていられるかなって。
言おうと思ったけれど、やめておいた。
これ以上、敦賀さんの笑顔を見たら、もっと離れがたくなっちゃうもの。

「…行かなくていいんですか?」
「もう少しだけ」

何度こんな会話を繰り返しただろう。
誰もいない応接室だったり、動いていないエレベーターだったり、こんな風に人があまり来ない踊り場だったり。
少しの時間だけの秘密の逢引だけど、こうやって2人で過ごした時間はみんな、心の宝箱の中にしまってあるの。
もうすぐ終わってしまう今日の時間も、すぐに、宝箱にしまっていつでも取り出せるように、するの。
行かなくていいんですか、なんて聞いたけど、もうちょっとだけ、あなたの体温を私にちょうだい?
逢えない分も、まとめて、ね。

ざわめきが嘘のように静まり返った踊り場。
こうやって抱き合いながら目を閉じたらまるで…2人きりで、ダンスでもしてるみたい、よ?
王子様にリードされてる、お姫様みたいに…。



2007/02/08 OUT
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