すう…すう…と、隣で眠る恋人の規則正しい寝息が聞こえてる。
私はといえば、さっきからその音の中で、
どうにも目が冴えてしまって眠れなくなっていた。
暗闇に目が慣れてしまったせいもあるのかもしれない。
今夜がとても美しい月夜で、カーテンを開けっ放しにしていたおかげで
冴え凍るような青白い光が室内を満たしているからなのかもしれない。
いつもならば、過度に与えられて昇り詰めたその勢いというか
名残というか、そんなものに包まれて朝まで眠っていられるのに。
どうしようかな…。
ムリヤリに目を瞑ってみても、どうしても入り込むことができない。
敦賀さんの体温の力を借りようと、身体をぴったりくっつけてみても
ただ時間が過ぎ去っていくだけ。
ずるいよ、敦賀さん。1人で夢の中なんて。私も連れて行って。
そう呟いて、自分のことが無性におかしくなった。
仕方ないな…眠れるようになるまで起きていよう。
そう覚悟を決めた私は、ベッドサイドに落ちていた台本を拾い上げる。
今日は、敦賀さんがお風呂から上がるのを、それを読みながら待っていた。
もうすぐ撮影が始まるドラマ。
「あ、あった…」
床に散らばっている衣服の中から下着を探してきて、とりあえず身につけた。
ブラが見つからない。もしかしたら布団の中かも。
敦賀さんのバスローブが私のすぐ近くに脱ぎ捨ててあるのを見つけて、
代わりにそれを纏う。
起こさないように、と、ゆっくり動かす身体の奥で、微かにきしむ感じを覚えた。
さっきまで、敦賀さんと繋がっていたところ。
敦賀さんとしかそういうことをしたことはないのだけど、それでも
多分彼のものは大きめのほうなんだろうと思う。
いつもは閉じているところをムリヤリに開くんだもの。違和感があって当たり前よね。
快楽に浮かされていて嵐のような時間だけど、もしかしたら繋がっている時のほうが
違和感がないのかも。敦賀さんが出て行ってしばらくは、なんだかヘンな感じなの。
埋められていたものがなくなっちゃって、パーツが足りないとか…そんな感じ。
そこまで考えて、自分が何について真剣に考えているのかに気付いて
なんともいえない気持ちになった。何やってるんだろう、私。
夜中にひとりでいると、ロクなことにならないわ。
だけどそれもこれも敦賀さんのせいなんだからね。
理不尽で小さな八つ当たりのあと、ふう、とため息をついて、手に取った台本を開く。
部屋を照らす月の光は、字を追うのにも不自由を感じさせなくて
しばらくは、その内容を頭に入れることに集中していた。
相変わらず「行為」は恥ずかしいけど、それでもだいぶ慣れてきた。
隣に裸の敦賀さんがいるのも、自分も同じような姿でいることも。
そういうことをするようになってからしばらくは、
自分の身体が他人の手によって自分の制御できないところへ行ってしまうことや、
あまり人に見せたことのない素肌を余すところなくさらけ出していることへの
極度の恥ずかしさに、ただそれが過ぎ去るのを待っていたような気がする。
…敦賀さんとこうして夜を過ごすようになってから、何度目だろう。
過去に過ぎていったいくつもの「夜」のことを思い出そうとして、やっぱりなんとも言えない恥ずかしさに
居たたまれなくなってしまう。恥ずかしくて目を閉じていることだって多いのに、
なんであんなにいろんなことをはっきり覚えてるんだろう私…
そういえば、行為自体を辛いと思ったことはない、のかも。
ただ、こんな恥ずかしいことを気持ちいいと思ってしまう自分が信じられなくて
私は一体どうしちゃったんだろうって、行為の熱に浮かされながら
途切れ途切れに浮かぶ思考。
だけど、それすらも敦賀さんに焼ききられちゃって、もう、のまれるしかなくなった。
いつの間にか、普通になってた。
敦賀さんといることが、敦賀さんとそういうことをすることが、
そして、敦賀さんとそういうことをするのが気持ちいいんだってことが。
だけど今日は恥ずかしかったな…ちょっとだけ。
月夜が綺麗だからと、敦賀さんが来るまでの間のつもりでカーテンを開け放していたのに
彼はそれを閉める隙も与えてくれずに私を強く捕らえて、そのまま始まってしまったから。
今までずっとそれをしてきたのが薄暗い部屋の中だったから、
月の光に照らされながらの行為は、薄闇に慣れた私にはどうしても明るくて、
自分が今どんな顔をしてるのかと気になって仕方なかった。
敦賀さんに仕掛けられるたびに漏れる言葉や吐息のせいで、唇も満足に閉じていられなくて
涙に潤んだ目は半開きみたいだし、いきたくて身体を揺すっている時には髪だって振り乱してたに違いない。
最後には短い喘ぎ声の中に、いっちゃう、だの、もうだめ、だの、耳を覆いたいくらいな叫び声。
月の光に見られていると思っただけで、今していることがとんでもなく淫らなことに思えて
それが私を加速させてた。
薄暗い中では、普段目を半分開いていたくらいじゃ見えない敦賀さんの様子だって
いつもの倍くらい私の視界に飛び込んできてた。
私の身体をなぞる手。ときどき私をじっと見る闇色の瞳。胸の先をなぶる舌先の動き。
脚の間で動く唇や舌に合わせてさらさらと揺れる柔らかくてしなやかな髪。
それの毛束が私の身体の上を繰り返し滑っているのが目に入ると、身体に響くその何倍も感じてしまう。
そうして視覚と触覚の間を行き来しながら少しずつ快楽の渦に飲まれそうになっているときにふと見える、
敦賀さんの固く大きいものが私の中に入ってくるときの様子とか、
2人の身体がひとつにつながった時の、彼のとても気持ち良さそうな表情、とか。
なんでこんなに見えちゃうの…?ってもう頭がおかしくなりそうだった。
こんなに敦賀さんのことが見えちゃうんなら、私のことだってきっと敦賀さんにも同じくらい見えてるはず。
行為に耽ってる様子を見られるのも恥ずかしくて毎回後で思い出すと死にそうなんだけど…
この身体をじっと見られてるのも…なんだか…
「何…してるの…?」
バスローブから覗く、私の身体に申し訳程度についてるふくらみを見下ろした時
隣から低い声が聞こえた。
慌てて横を見ると、眠っていたはずの敦賀さんがいつの間にか目を開けていて、私にそっと微笑んだ。
「おっ…起きてた…んですか…」
「キョーコの横顔が綺麗で、見惚れてた」
そう言いながら敦賀さんがむくりと起き上がる。
見られてたかな…見られてないよね。
腰に回した手で抱き寄せられながら、心の中でこっそり呟く。
敦賀さんに気付かれないようにはだけかけていたバスローブの襟元を合わせなおす。
「ん、何か言った?」
「う、ううん…何も」
抱き寄せられるままに敦賀さんに身体を預けると、大きな手が私の頭をなでてくれた。
何度も往復する動きが優しくて、うっとりしちゃって目を閉じる。
敦賀さん、いつから起きてたんだろう。黙ってるなんて、相変わらずイジメっ子なんだから。
私が…ヘンなこと考えてたの、ばれちゃってたかな。
「キョーコが…何を考えてるのかな、って、しばらく見てたんだ」
そんなことを思った瞬間、敦賀さんがそう口を開いた。
しばらく見てたって…もう…人が悪いんだから。
ねえ敦賀さん、私、さっき何考えてたと思う?
2人でしてる時のこととか、思い出してたの。
頭の中を覗かれて思考を読まれてたら、恥ずかしくて死んじゃいそうよ。
「…起きてたなら早く言ってくれればいいのに」
「言っただろ、見惚れてたって。あんまり綺麗だったから声をかけたらいけないような気がして」
さらっと流れていく言葉の意味を思って、私は1人でこっそり顔を真っ赤にする。
綺麗だとか、可愛いとか、敦賀さんは私によくそう言うけれど、どこかズレてるんじゃないかと思うの。
特に、さっきみたいに身体を重ねてる時…敦賀さんにいろんなところを触れられて、
その感覚に我慢できずに声をあげてしまったり、快感に支配されて身を捩らせたり、
ああいう時こそ綺麗とは程遠いところにいるような気がするのに。
触れたところから忍び込んでくる体温に包まれながらそんなことを思っていたら、
いつのまにか私の表情を伺っていたらしい敦賀さんの手が、私の顔をそっと包む。
窓から差し込む月の光が、ただでさえ恐ろしく整った敦賀さんの顔を一層美しく照らした。
…綺麗って、敦賀さんのほうこそ、とっても綺麗で…
そう思いながら見惚れていると、
敦賀さんも私をじっと見つめていることに初めて気付く。
横を向いて並んでいたはずなのに、いつの間にか向かいあってる。
視線に射られるようにして少しだけ目を伏せると、
敦賀さんが私の身体に手を伸ばした。
襟から忍び込んできた指先が、するすると首と頬のあたりを滑る。
身体が憶えている感触に肌が粟立つのを感じたけれど、
そんなことよりも、敦賀さんの指がバスローブの襟元を開こうとしているのを見て、
咄嗟にその手を掴んでしまう。
「嫌?」
敦賀さんのそんな言葉が、その先の行為を示してる。
もちろん、こんなことはもう初めてじゃない。一夜に続けて何度も求め合った事だって、ある。
嫌なんかじゃない…ない…けど…
ただでさえ、今日は月の光でお部屋が明るいんだから…恥ずかしいよ…
「や…その…あんまり見ないでくれたらうれしいな…って」
「…どうして?もう何度もこうやっていろんなこと、してるのに」
心に浮かんだことをそのまま口にすると、敦賀さんからは笑みを含んだ言葉が返ってきた。
そ、それはそうだけど、だって…気付いてしまったんだもん。
敦賀さんが、カーテンなんか開けておくからこんなことになるのよ?
「だだだって、それはほら…今日は明るいから、恥ずかしく…って…」
「どこで見たって同じだよ?綺麗だからもっと見たいな、見せて?」
「ただ見てても面白くないですよっ…胸もないし、トリガラみたいだし」
わっ…やだ、どうしよう、つい言っちゃったけど…
うぅ、言葉にするとやっぱりへこんじゃう。
やっぱりもうちょっとだけでいいから胸、欲しかったな。
「なんだ、そんなこと思ってたんだ」
敦賀さんがそう言いながら笑う。
漫画で言えば、「ぷっ」とか「くすっ」みたいな擬音がおまけについてきそう。
わ、笑ったな…。
だってほんとにそうなんだもんっ。
こんな身体としてて本当に気持ちいいのかなって…時々思うんだもん…。
「思ってちゃいけませんかっ…だって…わ、私が男の人だったらこんなボリュームのない身体、つまんないと思…っ…ん」
だけど本当に悩んでいたことを笑われてしまい、
焦って反論する私の言葉を敦賀さんの唇が遮った。
最初から思いがけない濃厚なキスに、意識がそこへ集中してしまう。
舌を絡めたり追いかけあったりして、
その度に少し開く口元から零れ落ちる唾液。くちゅ、という粘膜と液が絡む音。
セックスよりもこんなキスの方がよっぽどやらしい、なんてぼんやりと思い始めた頃
身体をなぞる敦賀さんの手が、私の着ていたバスローブをほとんど脱がせているのに気がつく。
「いいよ、キョーコ。教えてあげる…君の身体がどんなに…俺を夢中にさせてるか」
抗議する暇もなく、敦賀さんが私に触れる。
密やかに、だけど…何よりも明確に告げられた、その始まりの合図。
感触に小さく悲鳴をあげてしまいそうになりながら、潤む視界の中でそっと敦賀さんを見ると、
月の光に映し出されたその姿は、やっぱり私なんかよりもとっても綺麗に、見えた…。
瞬間、軽い眩暈を覚えて、吸い込まれそうに目を閉じた。
2007/05/22 OUT