3 minutes Happiness -REN

From -LOVERS

人気のあまりない非常階段で少しの暇を潰した後、
タイムリミットに合わせてエレベーターに乗り込んだ。
事務所に所用があるという社さんと別れてから小1時間。
落ち合う場所である1階のボタンを押してしばらく乗っていると、不意にエレベーターが動きを止める。
珍しいな。ここはそんなに人が使うこともないエレベーターなのに。

別に一般の人が使うわけでもないし、それが自分の事務所のものとなれば、特に外のように騒がれることもない。
それが、ここにいることでなんとなくホッとする理由でもある。
芸能人である自分を厄介に思ったことはないけれど、それでも多少は疲れたりも、するから…。

見知らぬ同乗者に少し身構えてドアが開くのを見ていると、思いもよらぬ光景が目に入った。
相手も同じように思ったみたいでビックリした顔で俺を見ている。

「敦賀さん…っ」

どうしてここに、と、目が物語っている。それは俺のセリフだよ、キョーコ。
それに、事務所でバッタリと逢ったことだって何度もあるだろう?
同じ事務所に所属しているんだから、珍しいことじゃない。
ああ、でも、まさか今日、今こんなところで逢えるとは思わなかった。
昨日もその前も、しばらく電話でしか声を聞いていないから…なんだかとても久しぶりな気がするよ。
動いてる君に逢えた。それだけでも、ここに来た甲斐があるというものだ。
これを知ったら、また社さんにはいろいろと遊ばれるんだろうな。
事務所に用事があるといった自分のお陰とかなんとか言って。
まあ…それはそういうことになるのかも、しれないけれど。

「おはよう、キョーコ。ドア、閉まっちゃうから、ほら、おいで」

こみ上げる嬉しさをなるべく出すまいとしても多分無駄な努力だろう。
顔が緩むのにまかせて彼女の方に手を伸ばすと、彼女も嬉しそうに微笑みながらエレベーターの室内に入ってきた。
繋ぐ手がとてもあたたかくて、久しぶりな彼女の感触がくすぐったい。
2人で並んで、壁にもたれた。
本当なら抱きしめてキスでもしたいところだけど、多分監視カメラがついてるだろうから我慢我慢。
こうして逢えただけで、2人になれただけで、君に触れているだけで今は十分だ。
予想もしなかった2人きりな時間が、心を明るく照らし出す。

減っていく階数表示を見つめながらただ黙っていた。
話したいことはきっとたくさんあるはずなのに、お互いに言葉を紡ぐこともせずにただ互いに寄り添うだけ。
繋いだ手からそれが伝わるような気でもするんだろうか。
ふと、手を繋いだまま、彼女が俺の腕に寄りかかるようにして自分のそれを絡ませた。
体重を少し預けられたせいで、抱きしめてしまいたい衝動が零れ落ちそうになるけれど、
宥めるように流れてくる彼女の体温が、それを少しずつ溶かしてくれているみたいだ。

幸せで、目を閉じた。
ただ、こんなふうにつかの間、2人きりでいられるだけでも。
人目を気にしなくてはならない関係が窮屈に思えたことはあるけれど、
それをやめてしまいたいと追いつめられたことはない。
きっと、相手が彼女だからだ。
彼女と過ごせる時間は、それがどんなに短くてもとてもあたたかくて、宝物のような時間。
例えば今、時間にしてみれば5分もないだろう。
それでも、一晩一緒に過ごすのと同じくらい、幸せに思える。
そうやって彼女との時間を少しずつ重ねていけることこそが、俺にとって何よりも幸せなんだ。
そんな「幸せ」がたくさん折り重なって、いつしかそれが永遠になる。
…永遠に、してみせる。

それでも今回は少し短いかな。もうすぐ時間切れだ。
あと少ししたら、エレベーターが1階についてしまう。
繋いだ手に、ぎゅっと力を込めた。
1階につくまで…扉が開くまで…もうちょっとだけこうしていたい。
彼女の方を見やると、彼女も俺の方を見つめていた。

「もうすぐ、着いちゃいますよ」

君も、同じことを考えてたんだ。
表情だけではなく、心も一緒にふわりと緩んでいく。
今はもうすぐ離れなきゃいけないけど、今度逢える時にはもっとたくさん過ごせるようにがんばるよ。
そうだ。今夜、もしかしたら逢えるかもって言ってたっけ。
じゃあ今夜…今夜はずっとくっついていよう。
他の人からしたら呆れられてしまうくらい、触れ合ってキスをして、抱きしめて。
それから空気すらも割り込めないくらいに…。
だから、今はもう少しだけ。

「ドアが開くまでこうしてて」

俺の言葉に、彼女が微笑う。
思いがけない時間は、2人の思い出を増やせるようにって、きっと神様からのプレゼント。
例え3分でも、一緒にいて、君のことを見ていられるだけで、俺は幸せなんだ。
その繰り返しが…そんな「幸せ」の欠片がきっと、俺と君との共通の宝物になる。

もう一度、2人で微笑み合う。
エレベーターが1階に着いたことを知らせる音の中で、
彼女が、繋がれた手、指先にキスをした。
お互いに、次に逢うための約束の代わり。
そして約束通り次に逢えた時には、数え切れないほどのキスを、君に。



2006/11/06 OUT
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