コーンは、私の大切なお友達。
大好きだった「ショーちゃん」の他には友達らしい友達もいなくて
それどころか、「ショーちゃん」に近すぎるという理由でいじめられたりする毎日。
でもショーちゃんがいればよかった…はずなの。
実際に、捨てられるまでは、そうだった。
だけど、コーンと過ごした短い日々も大切な思い出だった。
おとぎ話を読んだ時からずっと信じていた大好きな妖精さん。
本当にいたんだ、逢えたんだ…!って本気で思っていたから、
そんな妖精さんと普通に遊べることがとっても嬉しくて。
妖精さんと遊んだ日々は短かったけれど、楽しかった。
優しい男の子。
ただ優しいだけじゃなくて、私以上に何かを背負っていそうだったけれど…。
本当に悲しかったの。
もうあえない、と言うコーン。すむせかいがチガウから、と…。
母親に置いていかれることの寂しさを重ねていたのかもしれない。
単に、お友達になれた相手を失くしてしまうことが嫌だったのかもしれない。
だけどあの時の私は本当に悲しくて、泣いて、彼を少しだけ困らせた。
そんな私に彼がくれたのが宝物の「コーン」。
彼の「まほうだよ」という言葉の通り、
陽にかざすと色を変える石にすっかり夢中になった私だけど、
その後もずっと、彼の名前をつけたあの石が心の拠り所のひとつだったことは間違いない。
大切な思い出。大切なお友達。大切な宝物。
あんなに大泣きしたんだもの。
あれからもずっと、大切に持っていた記憶なんだもの。
私、きっと、あの頃からずっとコーンのこと、好きだったのかも。
ショータローを好きだと思っていたのとは、別次元で。
それを今説明するならきっと、敦賀さんを好きな気持ちに…似てる気がする。
「好き」という言葉よりもずっと純粋で、それでいてとても大きな想い。
幼い私は「コーン」に向かって笑いながら駆けて行く。
まだ…離れ離れになることを知らない無垢な笑顔。
上から見ている私も、過ぎ去った日々を眼下にして、なんとも言えない気持ちになった。
決して哀愁や憐憫なんかではなくて、過去の綺麗な思い出に口元がほころぶ、そんな、気持ち。
*
「ん…」
目を開けると、ぼやけた視界の向こうに敦賀さんを見つけた。
いつもの…風景。今日も敦賀さんと一番最初におはようって言える。
それももう特別めずらしいことではないけれど、やっぱり嬉しい。
そう思いながら、ちょうど私の視線と同じようなところにある
敦賀さんの鎖骨あたりに手を伸ばした。
コーン。
またあなたに逢えるなんて思ってもいなかった。
それを知った私の気持ち、わかる?
言葉では上手く説明できない。
びっくりしていろんなことを思い出して恥ずかしくなって、それから…嬉しかった。
幼い頃に遊んだことも、芸能界であなたに再び逢ったことも、コーンと知らずに好きになったことも
何もかも運命だったんだって、本当にそう思ったの。
敦賀さんの存在を確かめた手が、欲張って上へと伸びていく。
首筋から耳の後ろにするりと抜けていこうとしたところで、
眠っていると思ってた敦賀さんに手をつかまれる。
「おはようキョーコ。目、覚めた?」
「なっ……」
「朝からお誘い?」
「ち、違いますっ…それよりも、い、いつから起きて…」
驚いて顔を上げると、優しい瞳が私を見ていた。
恥ずかしー…。
よりによって、コーンの夢なんか見ちゃった日に、
寝顔を凝視されてたなんて。
ああもう…目の前にいるのは当のコーンその人なんだもの…。
もちろんあの頃とはずいぶん変わったけれど、
彼がコーンなんだって知った私はビックリしつつも、納得してた。
この人のことを深く知るにつれ、変わってないところの方が多いように思えるんだもの。
優しくて、綺麗で、あったかくて、それから、楽しそうに笑う顔の中に
いつでも簡単に昔のコーンを見つけることが、できる。
「10分くらい前かな?」
「おおお、起こしてくれたら良いじゃないですか…っ…」
「そんな可愛い顔して眠ってるのに起こせるわけないじゃないか」
「だって起きなきゃいけない時間なのにっ」
「どんな、夢見てたの…?」
抗議する私にはおかまいなしでいろんなところにキスを仕掛ける敦賀さんが
唇が自由になる隙間を縫ってそう呟く。
いやいやいや…だから…そんなの…言えない、もん。
コーンのこと、思い出して夢にまで、見てたなんて。
「…どんな夢、見てそうな感じでしたか?」
敦賀さんの問いには答えずに、逆にそう訊いてみた。
可愛い顔して、って言ってたけど
それは、コーンが…コーンと「キョーコちゃん」が、とても楽しそうに笑うから
私もつられてたのよ…きっと。
「そうだな…すごく幸せそう、だったよ?」
「…そうなんだ…」
敦賀さんの言葉に、心がほわんとあったかく緩んでいく。
昔も今も、あなたはあなただもんね。
コーンの夢、だけど、あなたとの綺麗な思い出の夢でも、あるのよね。
うん。
「敦賀さんのね」
「ん?」
「…敦賀さんの、夢、見てたの」
どちらも同じこと。
コーンも敦賀さんも同じで、私にとってはとても大切な人。
そんな大切な人が夢に出てきてくれたんだもの、幸せに、決まってるじゃない。
一日中あなたといられるのと同じくらい、幸せよ?
「…嬉しいな」
敦賀さんは予想外だっただろう私の言葉に少しだけ驚いて、それから満面の笑顔をくれた。
私も、嬉しい。
その笑顔だけで、朝から胸が一杯になる。
ああもう私、この人がとんでもなく大好き…。
ねえ、敦賀さん。
コーンとの思い出が大切だったのはね、
一緒に遊んでくれたのが嬉しかっただけじゃないの。
ショータローの前で泣かなくなった私を、泣き場所を探してた私を
ショータローの付属品じゃない「私」を…見てくれたから。
そんな「私」を、自然のまま「私」でいさせてくれたから。
ただの「キョーコ」をそのまま、受け入れてくれたから、なの。
一足先に身体を起こした敦賀さんにつかまって、私もむくりと起き上がる。
一緒に目覚めた朝は、身体を起こした後に必ず向かい合って、
お互いをぎゅっと抱きしめてからキスをする。
今日も同じように互いの身体に手を回した。
敦賀さんの身体、あったかい。
ぎゅっと力を入れると、伝わってくる身体の形。
確かにそこにいてくれるんだとわかる。
いつでも好きなときに…いつでもってわけじゃないけど
でも、いつでも、って言っていいくらい近くにいられて、触れて確かめられる。
敦賀さんがそばにいてくれること。恋人と呼べる人が敦賀さんであること。
本当に幸せ。
そう思える相手があなたで良かった。
コーンがあなたで良かった。
あなたがコーンで…本当に、良かった。
…好き。大好き…敦賀さん…
「すき…」
「今、何て言った?」
「な、何でもないですっ…」
「嘘つき…ほら、教えて?」
心の中で繰り返してたはずが、いつの間にか言葉にしてたみたい。
あなたの夢を見てたと告げた時よりもずっとずっと嬉しそうに敦賀さんが聞き返す。
も…好きって、言ったの。聞こえてるくせに。
あなたのことは世界で一番、誰よりも大好き。
でも、そんなこと、恥ずかしくて言葉にするなんて…まだまだ無理…
「す、好きです…って、言ったんですっ…」
「俺のこと?」
顔から火が出そうなくらいな一大決心で、もう一度言葉にしたのに
敦賀さんときたら、すぐに子供みたいな返し方。
朝から、何言わせるのよ…もう…
「な、何度も言わせないでください…っ、は、恥ずかしいのに…っ」
「何度でも聞きたいんだけどな」
俯いた私の顎に手をかけて、上を向かせた後で敦賀さんが呟く。
すぐに唇をふさがれる。
そのまましばらく、身体、手、それから唇で、敦賀さんと繋がったままの時間を過ごした。
年を重ねていくごとに、心だけですべてが通じるなんて思わなくなった。
だけど敦賀さんと過ごす毎日は、それを私に信じさせてくれる。
好き、って心で呟くだけで、敦賀さんとの距離が近くなるような気がするの。
キスをしたり手を繋いだり…身体を重ねたりするのは、それを確かめようとするからなのかも。
もちろん、心で想うだけじゃ足りないから、
こういうことをしたい、って思うようになるんだろうけど、ね。
甘くてちょっぴり切ない思い出が連れてきてくれた、幸せな時間。
そんな時間を共有できる誰かが敦賀さんであること。
私は毎日、数え切れないくらいそのことに感謝をする。
それが私たちにとってどんなに普通のことになっても。
「おはよう、キョーコ」
「おはよ…ございます」
そして、大好き…敦賀さん。
2006/12/24 OUT