自分以外の何かの感触で目が覚めた。
時間を確認しようとして手を伸ばした先に触れる、少しだけ温度の低い滑らかな触り心地。
完全に起きたわけではないけれどすぐにわかる。
これは…
「キョーコ…?」
昨夜、1人で眠ったことはきちんと覚えている。だけど隣にいるのは間違いなくキョーコだ。
想像だにしなかった事態。
どういうことなのかと、瞬時に思考をめぐらせて、だけどすぐに無駄だと気付いてやめた。
かなりビックリしたのは事実だし、今も実際少し鼓動が早い。
それも…目の前の恋人を見てしまえばどうでもいいことだ。そこに確かにいる。それだけで。
すうすうと静かに眠る彼女に手を伸ばした。
柔らかな髪に触れ、確かにいるのだと手のひらから確認するように数度、往復させる。
「どうしたの…?夜中に、来たの?」
起こさないようにと、抱き寄せる代わりに自分の身体をそっと彼女に寄せて囁いた。
寝顔を見つめているうちに、どうにも緩んでしまう顔。
綺麗だよ、可愛い、好きだ…愛してるよ。
そんな言葉、もう言い尽くしてしまった。だけど口にせずにはいられない。
それと同じで、君を見ているといつだって表情が緩んでしまうんだ。
そしてその表情は、そこらの女の子が一瞬でとろけてしまいそう、らしい。
以前は、自分の緩んだ顔、というのがどうにも自分では理解できなかった。
それでも彼女を前にして何度かそういう表情をしていたらしいというのは
他の人からも指摘されたし、さすがに彼女への想いを自覚してからはわかるようにもなった。
だけど、それがどういうものなのかは理解できても、その出没のタイミングはわからないままだ。
演技として身につけたものとは別にして、作ろうと思ってもそうそう出せるものでもないんだろう。
…そして、多分今俺はまさにそんな顔をしてるに違いない。
もう少しだけ、見ていよう。
ここ数日逢えない日が続いていたから、君が足りないよ、キョーコ…。
数センチのところにいたのに、彼女が来たことに気付かないで眠っていた時間が、惜しく思えてならない。
ベッドにもぐりこんできた時にでも気付いていれば…もう少し眠りにつくのを遅らせていたら…なんて
悔やんでみても戻らないことを考えてしまう。
君はわかってる?
逢ってない日が続いてるってことはさ…
「あん…つるがさ…」
少しでも彼女に触れたい唇がささやかな暴走加減でもって、ピンク色の頬に触れたしばらく後。
くすぐったさでも感じたのか、彼女が身体をもぞもぞと動かしながら呟いた言葉、は、
いつも2人きりの時に俺を呼ぶのと、2人きりでする「行為」の時に俺を呼ぶのと同じ声。
同じ熱で同じ甘さ。
…ちょっと…それは反則、だろう…。
不意に、本当の不意を突かれて、鼓動がドクンと身体中を廻り、瞬く間に体温が上がり始めてしまう。
俺がいつも、バレても構わないと言う度に困ったような顔をするのに、
バレることを極度に怖がってるのにこんな風に突然来てみたりして。
俺は、君を手に入れた時からとっくに覚悟はできてる。むしろ、自分から言って回りたいくらいだ。
そうすれば、君の周りのことで余計な心配をしなくて済むし、思う存分君を愛せるだろう?
もちろん今でも持てる力の全てで君の事を愛しているつもりだけど、ね。
ただ、君の気持ちも十分にわかるから、協力は惜しまない。
だから、今でも2人の関係を守るためにできるだけのことをしてる。
でも、君がこういうことをしてくれたということが…約束もしないのに来てくれたということが、
君にもその覚悟はあるんだと俺が自惚れてしまってもいい証拠に、なるんじゃないかな…?
ね、キョーコ…
突然もたらされた朝にはとても似つかわしくない衝動。
もう1人の自分がそれを窘めようと努力してはいるけれど、
頭の奥では多分それが無理なことだろうと諦めにも似た不思議な感情が渦巻いている。
だってほら…パジャマ代わりに着ているキャミソールからはいつも俺を惹きつけてやまない
その白くて滑らかな肌がのぞいていて、近寄れば近寄るほどにその中身、までも見えそうになる。
それから密やかに漂う甘い香り。
香水と、君自身の香りがミックスされていて、それだけで身体の記憶を呼び起こすには十分すぎる。
そんなの、朝から感じてしまえばもう、止められないってことくらい、君だって気付かないと、ね…。
「起きて…キョーコ…」
限られた時間、目覚めている彼女と過ごすことを選択した。
少しのためらいを吐息でかき消してからその身体を起こすために手をかけて、
壊れ物でも扱うように、極めて静かに揺する。
「おはよう、キョーコ」
「…ん…あ、お、おはよつるがさ…」
「キス、してくれる?」
「う、うん…」
キスだけだから、と、目覚めたばかりの恋人に向かって半ば強引にねだると、
半分眠っている風な彼女の手が、おずおずと俺の顔に触れる。
そのまま近づいてくる唇を、罠に嵌った獲物に見立てて俺の方から噛み付いた。
「…んぅ…ん…」
頬に添えられた彼女の両手を、やんわりと、だけど縛りとめるように捕まえた。
おはよう、の挨拶代わりのキスのつもりだっただろう彼女の唇と舌を深く誘い、
捕まえておいて手の指を俺のそれを絡ませて、抵抗できないように優しくベッドに縫い付けた。
そのまま身体を彼女の上に覆いかぶさるように移動させて、少しずつ体重をかけながら
彼女にキスの感触だけを感じてもらえることに専念する。
キスだけだから。
…今はね。
「んん…っふあ…」
進むキスが引き起こす酸素不足のせいで逃げようとする唇ごと閉じこめる。
自分で自分を追いつめてることはわかってるけど、でも…世の中の誰が抗えるだろうか?
やっぱりキスだけにしておこうと、俺の中の天使の部分が囁いている気がする。それも、ずいぶんと遠くで。
それに対して分けるとするなら、そうだな…悪魔の部分とでも言えばいいだろうか、その悪魔が、
いや、彼女に言わせれば「夜の帝王」らしいそれが…、薄く笑いを浮かべながら答えている。
もちろん…最初はそのつもりだったよ。
でも、もう、無理、かな。
「んっ…つるがさ…ど、こ触って…の…」
どこって、余すところなく、君の身体。
触れたくて触ってる。言っただろう?君が足りなさ過ぎるんだって。
口づけはそのままで、彼女の片方の手を解放する代わりに他の部分の抵抗を少しずつ奪っていく。
身体だけでなく、できる限り彼女の身体のすべてで俺を感じていてもらいたくて
吐息とともに耳にそっと流し込む。
さっきの問いかけの答えにもならない、だけど俺の、素直な希望。
したく…なった。
「ダ…メだよ敦賀さん朝なのに…っ」
「そう?」
身体とうらはらな言葉をすり抜けさせながら、なおも愛撫を続けた。
次第に甘く震え出す声に、僅かに残っていた役に立たない理性を溶け込ませていく。
飢えた狼のところに飛び込んできたほうが…悪い。
夜にこっそり忍び込んできて、何もなかったようにぐっすりと眠ってるなんて、
そういう可愛いことをして、ただで済むと思ってるの?
君は…
一旦手を離し、キャミソールをそっと捲り上げて、
今度は直接、そのやわらかな胸の感触を手のひらで愛でながら
赤く染まっているその頂を指と唇で、執拗にもてあそぶ。
ここは、彼女の身体の中でも特に敏感な箇所のひとつ。
いやいやをするようにかぶりを振り、うわ言のように喘ぎ続ける。
彼女が、自ら身体を逃げ場のない悦びへと追いつめていく様は淫ら過ぎて、どうしようもなくそそられる。
その、感じているだろう過ぎた快感を思い、俺自身の身体も追い立てて。
「っ…ん…」
そしてなお深いところにそっと火を灯していく。
朝の日差しに映える白くて扇情的な彼女の身体が眩しくて
それを…今俺としていることを現実だと確かめたくて、確かめさせたくて。
施した愛撫の効果を知るために、その部分へと手を這わせる。
手のひらをあてて軽く上下させると、声にとびきりの甘さがプラスされて、
それが俺の背中をざわりと撫で去っていく。
「あ、あぁ…ん…っ…」
「もう…こんなになってるよキョーコ…朝からすごくエッチなんだね…」
「っっ…だっ…てつるがさ…ひゃあんっ…も…ダメ…なのに…っ」
彼女を抱くたびに、改めていっぱいいっぱいな自分に気付く。
普段は年上としての余裕を出してみてはいるけど、本当はそんなものどこにもない。
好きで、好きで…ただひたすらに君が好きなだけ。
君が仕掛けたわけでもない無意識な誘惑に、抗うこともできない。
どこまでも君に捉われてしまってる、そんな…男だ。
だけど、今日はあえてそれにどこまでも溺れていたい自分がいる。
いや…今日に限ったことでも、ない、か…。
…君の今日のスケジュール、お昼過ぎからだよね…
「あん…あ…ひゃぅ…っ…は…はぁあん…あ、あ…やあぁあ…っ…」
達しそうになった身体に愛撫の余韻だけを残して、自分の衣服を脱ぎ
そこへいくための準備を整えて向かい合うと、ふと目に飛び込んでくる彼女の濡れた瞳。
少しだけまだ抵抗の色を残しながらも、欲しくてたまらない、そんな様子が見て取れる。
「やめる?」
俺の方こそやめられるわけもないのに。
そして彼女だって目を伏せてふるふると首を振る。
「じゃあ…いくよ」
「ん…」
腰を進めた先にある、目が眩んでしまいそうな、彼女に包まれる感触。
リネン類に反射する朝の光と、そこに溶けてしまいそうな彼女の身体。
キスの始まりからこうなってしまうことも、何もかもを知っていてここまで自分と彼女を追いつめておいて…
どんな言葉も今更なんだけどまた言わずにはいられない自分もよくわかってる。
心の中で呟いて、2人でたどり着くためにゆっくりと律動を始める。
動きに合わせて上がる嬌声を身体に浴びながら、さっきの眩暈がやがてそこへいく為の起爆剤になる…。
「あ、あっ…あっ…ああ…あ…っはぁん…っ」
いつも無理させてごめん、キョーコ…。
愛してるよ。それはもう…気絶しそうなくらいに。
逢えなかった分、1分1秒でもいい。
そばにいて。
時間が許す限りは、もう俺から離れないで…。
「あん、もう…あ、あぁあん…だ…めぇ…っ…っちゃう…ぅ…あ、ああ…っ…!」
2006/07/30 OUT