買い物袋には、丸ごとのパイナップル。
それからいろんなフルーツが入った缶詰。マンゴープリンも買っちゃった。
テーブルセッティングに使えるかなと思ってお花もいっぱい。
うきうきしながら敦賀さんのお部屋に戻る。
照りつける日差しも、まとわりつく暑さも、
これから始まる楽しい休日のことを思ったら大したことない感じ。
とはいっても、お部屋は空調が効いてて、外よりはだいぶ涼しい。
都会ではやっぱりエアコンが必需品だし、1回切っちゃったら涼しくなるのに時間もかかっちゃうし。
夏を満喫するには、見た目も大事よね?
エコを叫ばれてるご時勢に、ちょっと逆行してるかしら。
でも、今年の最初で最後の夏休みかもしれないから、大目に見てもらおう。
そう。
明るい中をリスクを冒して買い物までして敦賀さんのお部屋に来たのは
今日と明日を敦賀さんと一緒に過ごす夏休み、みたいなものにするためなの。
夏休みっていっても、私は今日と明日がお休みで、敦賀さんは明日だけがお休みだから
実質的には1日とちょっとしかないんだけど、でも、お休みが一緒になるのは久しぶりだからとっても楽しみ。
「いつか一緒に…海に行けたらいいのにな」
「泳ぎに?」
この前、敦賀さんのお部屋に行った時に、そんなことを口走っちゃったの。
もちろんあらゆる方面をもってしても無理だってことはわかってるし、
駄々をこねて敦賀さんを困らせたいわけでもなくて、
この先もずっと一緒にいることができたら、そんな夢もかなうかな、っていう
ちょっとした独り言みたいなものだったんだけど、敦賀さんがその独り言に乗ってきてくれた。
泳ぎに?って敦賀さんが私に聞いたのは、海自体にはたまに一緒に行くから、かな。
泳ぎたいというか、せっかく夏なんだから夏らしいことをしたいなって思ったの。
梅雨も明けて天気の良い日、というよりも真夏の陽射しが照りつける日が続いてて
テレビでも海水浴の様子を見たりするし、せめて何かひとつくらい、夏っぽいことしたいなあって。
それが敦賀さんと一緒だったらもっといいのに、って。
そのうちに絶対連れて行ってあげる、と敦賀さんが微笑むのを見て、なんだか嬉しくなって、
それから急にひらめいちゃった。どこかに出かけなくてもお部屋でできる夏っぽいこと、すればいいよね。
2人でいたらそれだけで楽しいんだもの、夏のお休みで、夏休み。
敦賀さんと一緒にいるようになって結構経つけれど、今でも敦賀さんと一緒に何をしようかって
そう考えるだけで本当に楽しい。一緒にしたいことが、次々と浮かんでくる。
本当はね、いつか夢で見たみたいに、どこかのリゾートへ行って過ごすのも、憧れたりしてるの。
あの夢はまさに私の願望がそのまま現れたみたいな感じだった。
白いお部屋は、前の日の撮影のセットが影響してるんだと思うんだけれど
普通の恋人同士として手を繋いで外を歩く、とか、スケジュールに悩殺されてない自由な時間とか、
願望そのままよね。
もちろん、あれはあれで素敵な夢だった。
でも、私と敦賀さんが置かれてる状況は、やっぱり変わらない。
それがイヤだとか、そういうのではなくて、みんな含めて私と敦賀さんなんだって、
夢から醒めて改めてわかった。
敦賀さんといられるだけで十分幸せなことも。
だから、今の状況を嘆くよりも、シンプルな幸せに感謝しよう、って。
確かに制約は多いけど、でも私は本当はとっても幸せなんだって、わかってるの。
大好きな人が、私のことを好きだと言ってくれる、それだけで。
「とりあえず、夏仕様よね」
合鍵を使って施錠を解いた。
寒くならない程度にエアコンを入れて、夏休みの準備をしなくちゃね。
パイナップルは半分に切ってからくりぬいて、ピラフを乗せるお皿にするの。
パイナップルボート、って言ったよね?確か。
南国風、とか、エスニック風、とかでよく見かけるし、
パイナップルといえばやっぱり南の島って感じで夏休みのご飯にはぴったりのはず。
それからくりぬいたパイナップルと、フルーツの缶詰を使ってフルーツポンチ。
マンゴープリンはもはや日本の食べ物かもしれないけれど
マンゴーは南の果物だから、気分も盛り上がるかなあって思って買ってきちゃった。
これは、実は前に共演した女優さんから美味しいって教えてもらったものなんだけどね。
敦賀さんと一緒に食べてみたいなって思ってたから、ちょうど良かった。
あとトムヤンクンセットと生春巻きセットと…って、あれ?
なんだかちょっと路線変更しちゃった…かしら…?
まあ、いっか。
偏っちゃってごめんなさい、って謝っとこう。
夏休み仕様なのは、実はお料理だけじゃないんだ。
お風呂をね、青い色にしたらどうかなあって思いついて、青い入浴剤も買ってきたの。
クールタイプで、湯上りが涼しいっていうのもいいわよね。
それで、花びらを浮かべたら…って思ったんだけど、
とりあえず本物のお花はそこまで数を買わなかったから花びら型の入浴剤も一緒に。
青い色のお湯に花びらを浮かべたら、綺麗だろうな…
今日は…一緒に入ってもいいかも。お風呂に。
なんてぼんやりと考えて、2人で湯船にはいるところまで想像して、私は思いっきり我に返った。
やっぱりダメ。ダメっていうか、自分からは言わない。は、恥ずかしいもん
青いお風呂、って、透明よね?
み、見えちゃうじゃない、やっぱりダメダメ。一緒に見たほうが綺麗で楽しいんだろうけど、お風呂は別、なの。
お風呂の用意を済ませてからリビングに戻って、あることを忘れていたのに気づく。
今日の為に用意してたもうひとつのこと。
カバンから取り出したのは南の島の香りっていうことで買ってきた小さな香水の瓶。
いつもと違う感じ、を出したくて、どうしたらいいかなあって思ってたときにひらめいた。
試しに嗅がせてもらったら、表に香るフルーツの香りの奥に、
椰子の木や砂浜が隠れているような気がして、ぴったりだって思ったの。
目を閉じたら、リゾートにいるみたいに、思えるかな。
いつか敦賀さんと一緒にいけるように、小さなおまじないもかねて。
ボトルを開けてからそっと身体に纏って、自分からほのかに漂う南国の香りに少しドキドキしていたら、
携帯電話が着信を知らせるために鳴り出した。
「敦賀さん?」
『キョーコ、今どこ?』
「えへへ…当ててみてください」
今日はもともとお部屋に来ることにしてたんだけど、実は上がりの時間が予定より早くなったのよね。
それで、いつもなら敦賀さんと落ち合って一緒に来るところを、ひとりで来たってわけ。
もし一緒に帰ってくるってことになれば、お願いしてお買い物に寄ろうかとも思ってたのが
ちょうど良かったとも言えるのだけど。
『仕事…』
「は、終わっちゃいました。いろいろ買い物して、さっきやっと着いたの」
『ああ、わかった』
「もうわかっちゃったんですか?つまんないなあ…」
ヒントにしては簡単だったかな、なんて思いながら敦賀さんにそう答えると
電話の向こうでくすくすと笑う声が聞こえてきた。
これから逢えるっていうこともあってなのか、2人とも少し声のトーンが高いかも。
ねえ、敦賀さん。今日はいろんなこと、できそうだから、帰ってきたらあなたはビックリするかな。
1日とちょっとしかないけれど、楽しい夏休みにしようね。
『いつもより少し早く帰れそうだから、そのまま待っててくれる?』
「うん、待ってます。あのね…」
『ん?』
「今日はちょっと特別だから、今からご飯の用意してるんです」
『そうなんだ……まだ内緒?』
敦賀さんがとても楽しそうにそう訊くから、私も思わずつられて笑う。
これから逢えるってだけで、どうしてこんなに楽しいんだろう。
電話なら、昨日もしたのにね。
昨日は電話だけでも嬉しかったのに、やっぱり本物には敵わない。
「内緒です。あ、でも敦賀さんの口に合うかどうかわかんないかも」
『大丈夫だよ、楽しみだな』
「気をつけてくださいね」
『うん、じゃあ後で……愛してるよ、キョーコ』
「も、だ、誰か聞いてたらどうするんですかっ」
『誰もいないよ』
「もう……あ、ごめんなさい、お鍋見なくちゃ」
『うん、じゃあ楽しみにしてるよ、キョーコも気をつけて』
「はーい」
電話を切ってからこっそりため息をついた…お鍋なんて嘘。
いきなり「愛してる」なんて言うんだもの。それも、まるでベッドで囁くときみたいな声で。
私を包む香水の甘い香りと、お風呂に一緒に入っても良いかなあ、って思ってたことと
敦賀さんの「愛してるよ」と相まって、心臓がいつもよりもバクバクしてる。
お風呂に入っちゃったら、多分そういうことになっちゃうよね、とか
先にお風呂に入ったほうが夏、って感じもするけれど、
そしたらご飯の用意ができるか自信がない、とか、
お部屋だけじゃなく自分の思考もちょっとずつリゾート気分になってるのかな。
夏休みだもん、いっか。
そうよね。お風呂に一緒に入ったり、そこであらぬ展開になっても……って!
違う、違うわよ。敦賀さんが言わないのに自分から言ったりは、しないんだから。
敦賀さんが一緒に入ろうって言ったら、考える、って感じくらいにしとかないと。
そ、そのうちなしくずしで毎日、とかいう方向に行っちゃっても困るし!
普段なら恥ずかしいけれど、今日はいいかな、って思えるのも、ちょっと不思議。
一緒にお風呂がイヤなんじゃなくて、ただ恥ずかしいだけだからなのかもしれないけれど、
こんな気分はやっぱり夏の魔法のせい、なのかしら。
…というよりも、これは敦賀さんにかけられた魔法…かな。きっとそうね。
だったら、私だけがかかってるのは不公平だし、敦賀さんを魔法にかけるためにも
頑張って準備しなくっちゃね。
敦賀さん、早く帰ってこないかな。
2008/07/31 OUT