星に願いを -REN

From -LOVERS

「ベランダから、流れ星が見えるかもって!」

そんな彼女の一言から始まった、ささやかな天体観測。
テレビでは確かに、ここ数日間は流星群が観測できると告げていた。
だけど…ここは都心もいいところな場所で、あたりは地上からの星の光に満ちている。
早めに気付いていれば、どこかへ出かけることもできたのに。

「んー…やっぱり少し眩しいかな…」

真冬の夜空は澄んでいるはずだけど、都会ではその効果も半分以下らしい。
地上から少し離れたところにある部屋とはいえ、君が思ってるみたいにたくさん見えるかどうか。

「寒くない?もっとこっちおいで」

ベッドルームから引っぱり出してきた毛布に包まる彼女を抱き寄せた。
ときおり、冷たい空気が肌を掠めていく。
自分の膝に座らせて、後ろから腕を回した。
外気に触れるところは冷たいけれど、触れ合ってる部分はとてもあたたかい。
その熱を通して、流れ星を探す彼女のうきうきとした表情が見えるようで、思わず微笑んでいた。

こうして彼女と過ごす時間が増えていくにつれて、
今まで自分が見過ごしていたいろんなことが見えてきたような気がする。
例えば、ベッドルームに流れこむ風の温度や、透明な空、夕焼けのぬくもり。
世界がこんなに鮮やかなことに初めて気付いたんだ。
空気や空模様だけじゃなく、自分を取り巻く世界の全てがとても鮮やかに染められていった。
俺の世界にはなかった色彩が、君から流れ込んできた、から。

初めて知ったんじゃなくて、自分から閉ざしてしまっていただけなのかもしれない。
こじ開けてくれたのは、やっぱり君だった。
君だけが持つとても優しくて愛おしい魔法が、改めて教えてくれた大切なもの。
きっと一生かかっても足りないくらいたくさんあるはずだから、
これからもずっと俺のそばにいて、それに気付かせて。

「全然見えないね…やっぱりここじゃ無理なのかな」

心の中で彼女にこっそり話しかけていると、ふいに呟く声が聞こえた。
そうだね。
だから、今度流れ星が見たくなったら、もうちょっと早く教えて?
数え切れないくらい星の降る場所に、きっと連れて行ってあげるから。

「やっぱり周りが明るいからね。もっと高くて、周りが真っ暗な場所じゃないとダメかもしれないね」
「んー…やっぱりダメかな…残念。風邪引いちゃったらまずいから、お部屋に入りましょうか」

彼女がそう言ってこちらを向こうとした瞬間、遠くの方で微かに尾を引く光の帯が目に入る。
あ、今…星が流れた?

「キョーコ、あそこ見てて…さっき流れた」
「ほんと?どこどこ??」
「ほら、あの辺」

再び同じ方向を向く彼女に、さっき流れ星みたいなものを見つけた方向を指差すと
もう一度、控えめにすうっと光が流れるのが見えた。

「ほんとだ!見えた、流れ星!ねえ、敦賀さんも見た?」
「うん、見えた」
「やったぁ…やっぱり望遠鏡みたいなのがないからダメかなって思ってたの。嬉しいっ」

途端に表情がぱあっと明るくなって、多分子供のように無邪気に喜ぶのが目に浮かぶ。
暗いけれど、繋がる場所から流れ込んでくる君の熱が、俺に伝わってイメージを見せてくれるみたいだ。
そうやって感情を素直に表すことができる君は本当に可愛い。
泣いたり笑ったり喜んだり怒ったり。
今は昔みたいに泣いたりすることは滅多にないけど、でも、君の大切な部分はちっとも変わってないから。
自分のことだけじゃなくて、他人のことにも一生懸命で、素直。
それが…君の持つ魔法。

大切で仕方ないものに、キスしたくなるのはどうしてだろう。
唇から伝わる感触がリアルだから、なんだろうか。唇を通して相手の存在を確かめられるから。
目を閉じるぶんだけ、より近くに感じられる。
その為に唇がとても敏感に創られてるのかも、しれない。
自分のものだと刻印を押すように、彼女の髪に何度もくちづけた。
目を閉じて伝わる彼女の体温と、髪の感触。そして鼻に抜ける甘い香り。

「わぁ…っ、見て見て敦賀さん、また流れ星!すごーいっ…」

星に夢中な君に、俺は夢中になってる。
キスを降らせる場所を少しずつ移動させていくと、
彼女も気付いたのか、少しだけ身体をこわばらせる。
宥めるように身体をそっとなでて、耳に小さく言葉を流し込んだ。

「願い事は、もうしたの?」

唇が触れる部分がかすかに熱を帯び始めたのに気付く。
そうやって、身体も君はすごく素直なんだね。
自分が仕掛けたといえばそれまでだけど、
それ以上に君の反応の素直さが俺を駆り立てるんだって言ったら君は怒ったっけ。
でも…いくら責められてもその誘惑には抗えない。
身体も心も手に入れたことを何度でも教えて欲しい俺の、ワガママな本能だから。

「ん…3回も言えなかったけど、でもその代わりに…見えた星には全部、お願いしましたよ?」

わずかな時間に、君は何を願ったんだろう。
メルヘンな君のことだから、本当に叶えたいことを一生懸命お願いしたのかな。
もっと上手く演技できるようになれますように、とか?

「何て?」

頬に唇を寄せながら、その秘密を共有しようとして彼女に問いかけた。
君はいつも、もっと上手くなりたい、が口癖みたいになってるから、
多分そうなんだろうな。

そう思いながら彼女の答えを待ったけれど、彼女はそれきり黙ったまま。
促すようにして頬から唇にキスをして、それから、彼女にそっと囁いてみた。

「お星様には教えておいて、俺には教えてくれないの?」

恥ずかしそうに黙ってしまった彼女がとても可愛くて、
少しだけイジワルを仕掛けたい気分になってしまった。
教えてもらえたら、君の分も俺がお願いするのにな。

「だって…」
「ん?」
「言葉にしちゃったら…叶わないかもしれないもん、お願い事」

続けられた真剣な言葉に、思わず笑いがこみ上げてしまった。
そんなに叶えて欲しい真剣な願い事を、してたんだ。
やっぱり「キョーコちゃん」だな…。

「そっか…じゃあ、キョーコの願い事、叶うといいね」

もう一度キスを交わして、それから唇を離すと、彼女がこちらを見上げて照れくさそうに笑う。

「つ、敦賀さんはお願い事、しました?」
「うん、したよ」

どうしても叶えたい願い事をひとつだけ。
君のことは言えないね。
俺もかなり真剣に叶えたい願い事を、お願いしたんだ。

「教えて欲しい?」

笑って見せると、彼女も少し笑って、それから今度は彼女が俺の頬にそっと唇を寄せた。
キスをもらって、改めて目を合わせる。

「敦賀さんのお願い事の邪魔しちゃったらダメだから、いいです」

彼女の言葉に、胸の奥があったかくなる。
大丈夫。
だって俺がした願い事は…

「そんなことないよ。俺がお願いしたのは…キョーコといつまでも一緒にいられますように、だから」
「なんだ…」
「俺と…ずっと一緒なのは嫌?」

唇を…行為の先をねだるように、ふわりと問い詰めてみる。
もちろん、そうじゃないってことは、この距離にいてくれることからもわかってるよ。
嫌だって言われたって、逃がしてあげられそうにもないけれど。

「ううん、違うの」

はにかんだ表情のすぐ後。
俺の耳にそっと、彼女が「秘密」を囁いた。

「私もね、…敦賀さんといつまでも一緒にいられますように、ってお願いしたから」

…君が叶えたいこと、きっとたくさんあるだろうに、その中から秒速で流れていく星にかけた願い。

いつまでも俺といたい、って真剣に思ってくれてるんだ。
それが君の一番に叶えたいことだと、うぬぼれてても、いいかな。
それくらい、君のなかで俺の存在が大きいんだと、思っていても、いい?

「じゃあ…2人でがんばって叶えないとね」
「うん…」

それからまた、夜空に呆れられそうなほどに何度もくちづけた。
2人だけの秘密の願い事。
君の体温をこうして少しでも近くで感じていられるように…星の力も少しだけ借りながら。

大丈夫、きっと叶うよ。
2人が持っている同じ想いがきっと、俺と君をいつまでも繋いでいてくれるから。



2006/04/21 OUT
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