身体を繋げている時と、こうして抱き合ってまどろんでいる時って、
なんだか時間の流れ方が違うような気がする。
呼吸が整って落ち着いてきた頃、
腰のあたりに回されている大きな手に、自分のそれをそっと重ねた。
少しだけゴツゴツした大好きな手。
指を沿わせて、自分のほうにぎゅっと引き付けるように。
2人お揃いのバスローブはどこまでも柔らかい感触で、
ともすればすぐにでも眠ってしまえそう。
そしてふさがっていないもう片方の手を、目の前に伸ばして空をきゅっと握ってみる。
もう少し…あと少しだけ、時間の流れる早さをゆっくりにしてみたくて。
同じ向きで横になっているから、敦賀さんの表情はわからない。
だけど、触れている部分から伝わってくる温かな感覚が、
言葉よりもずっとダイレクトに何かを教えてくれる…そんなふうに、思うの。
ねえ、敦賀さん…今日のお仕事はどうだった?
私はね、ちょっとミスしちゃったところもあった、んだけど。
でも大丈夫。とても良い現場なの。明日も行くのがすごく楽しみ。
こうして、あなたと逢うことができて、一緒に眠ることができて、毎日お仕事が忙しくて…幸せ。
頭を支えてくれてる敦賀さんの手が髪に触れるのがわかる。
指にくるくると巻きつけたり、流れに沿って撫で下ろしてみたり
その感覚が、くすぐったくも気持ちよくて、
何度も繰り返されるうちにうっとりしてしまった私は目を閉じた。
こんなときは、私は確かに、あなたに愛されてるんだ…って自惚れてもいい?
こうして、あなたに抱きしめられたりできるのは私だけなんだって…。
「キョーコ…もう寝てる?」
静かな声が上から降りてきた。さっきから私たちの周りをゆっくり流れる時間と同じように。
こんな関係じゃないときにはあまり意識したことはなかったけど
声だけでもすごくドキドキして、それなのにすごく安心してしまう。
こんな風に、優しく名前を呼ばれるのは本当に好き。
最上さん、じゃなくて、キョーコ、って言われると、
私の中にあなたが住んでるみたいに、あなたの中にも私が住んでるんだって教えてくれるような気がして。
ねえ…あなたの中の私はどんな女の子なのかな…。
今でもやっぱり、昔みたいに泣き虫で、妖精のことを信じてて、って思ってる?
でも、それを私に教えたのはね、あなたなのよ?
泣き虫なのは、あなたに逢う前からだけど、ね。
そしてそれが…私とあなたを繋げてくれた。
「ん…まだです…」
「じゃあ…こっち向いて」
目を閉じてはいたけれど、なんだか眠ってしまうのはもったいないなって…そんな気分。
こんな時間、本当にたまにしかないんだもの。
そして、すぐそこにいる敦賀さんにだけ聞こえるようにそう呟くとすぐに、
彼が私の身体をくるりと反転させた。
「仕事…きつくない?」
そのまま敦賀さんの唇がまぶたや頬に繰り返し触れる。
さっき、身体を繋げあったときも、こうやって始まったっけ…。
でも、今のそれは燃えるような交わりの前の戯れよりもずっとずっと穏やか。
まるで、私たちの中で微かにくすぶる炎を宥めるかのようでもあって…。
「大丈夫、です。敦賀さんこそ、なんだかちょっとやせたみたい…」
「そう…かな…重たくなかった?」
「…何がですか…?」
さっき、こうやってしてただろう…、と、敦賀さんがまた私に覆いかぶさるように身体を寄せる。
「ちょっ…つ、敦賀さんっ…」
「そんなに変わった?」
じたばたする私を簡単に押さえつけながら、今度は本当にさっきみたいなキス。
同じように敦賀さんの身体のぬくもりだとか重みが
私から少しずつ流れていく時間をせきとめてくれるような、そんな風に思えてしまう。
なんでもできそうなあなたでも、さすがにそれは無理よね…。
触れる彼の唇や、口腔内を優しくなぶる舌の感触に身をまかせながらそんなことを考えていたけど、
次第にキスの方に意識が持っていかれてしまう。
頬に移動した敦賀さんの手に自分のそれを伸ばして、私たちはしばらくずっと…そうして唇を重ねていた。
まるで、吐息や静かに響く2人の音で会話をしてるみたい。
好きだっていう言葉の代わりに、唇の温度で、絡める舌と指で気持ちを伝え合う。
キスが、そんな風にいろんな意味を持つのだって、敦賀さんが教えてくれた。
好きだよって、言葉にしなくても、わかりあえる。
逢えない期間が続いてもそんな気持ちになれるのは、こうやってお互いのことを確かめられる時間、
お互いに向かい合える時間が少しだけでも持てるからなのかもしれない。
そんなときにはきっと、私たちは誰に対してよりも、素直になれる。
今はもう深夜。
やっと逢えて、キスをして、身体を繋げて触れ合った、そのときにもうすでに夜は深くて。
これから少し眠って目覚めたら、また慌しい時間の始まり。
本当はもう明日に備えてとっくに眠っていなくちゃいけないくらい、私たちは忙しい。
敦賀さんの胸のあたりに手を添えた。
そっと彼の表情を伺うと、微笑みながら私のその手に彼の手を重ねてくれる。
首元に額を押し当てて、今度は本当に目を閉じた。
涙が出るほど愛しいゆっくりした時間を手放すかのように。
次はいつ、こんな風に過ごせるのかな。…わからない。
普通ならここで悲しくなるのかもしれないけど、私は大丈夫。
次のことを…次に敦賀さんと過ごせる時間のことを考えると、心があたたかくなる。
あなたとの恋は、私に限りない未来を信じさせてくれる、とっておきの魔法なの。
だから、ね、敦賀さん。
ゆっくりな時間の後は、夢の中でも逢おうね。
ずっと私のそばにいてくれるっていう約束は、起きてるときだけじゃ、ないんだからね?
2006/06/27 OUT