うとうととまどろんでいたら、不意に頬に何かが触れた感触。
しばらくして、すぐそばの熱が消えたような気がして目を開けた。
飛び込んでくるのはいつもと変わらないベッドルームの風景。
だけど目を閉じる前とは、少し、違う風景。
確かにそこにはまだぬくもりが残っていて
でも、彼女の姿はなくて。
最初に目覚めたときには、すぐ隣にいた、彼女。
それで…少し離れていた身体を引き寄せて、また眠りについた。
無垢な寝顔、頬にかかるさらりと流れる柔らかな髪。
ブランケットから覗く艶やかでしっとりとした熱を持つ肌。
すぐそこにある全てのものが愛しくて、苦しくて、でもとても嬉しくて。
もう戻れないことの少しの寂しさ、それよりもずっと大きい喜び、手に入れたことへの責任感と限りない愛しさ。
そんな、説明のできない気持ちと共に。
床に目をやると、さっきは確かに点々と落ちていた彼女の服が見当たらない。
けれど身体を起こしてみると、ベッドのすぐそばに何か小さいものが落ちているのに気付いた。
昨夜。
初めて身体を重ねて…嫌がられるかと思ったけどそれはなく、戸惑いながらも受け入れてくれた。
自分が施す愛撫に、ただ困惑しながら少しずつ感じていくその姿が本当に嬉しくて仕方がなくて。
腕の中に閉じ込めて、逃がさないようにして2人でゆっくりと眠りに落ちた。
一緒に朝を迎えられることの嬉しさと…強くなるばかりの彼女への想いを抱えて。
目が覚めても隣にいてくれる。1日の最初に、彼女と逢える。
そう思って、まどろみから覚めると…、自分だけが取り残されていた。
彼女にひとり焦がれていたあの頃に戻ったようで、急に心がざわめき始める。
俺が起きるまで待っていてくれてもいいのに…一体どこに行ったんだろう。
それに、きっと身体がかなりだるいだろうに。
ベッドから降りて、落ちているものを見ると、それは彼女の片方だけの靴下だった。
よかった…。
いくら慌てていたとしても、まさか靴下を片方だけ履いて帰ることはないだろう。
バスローブを纏いそれを拾い上げると、彼女を探すためにベッドルームを出た。
部屋のすべてのドアを確認して回る。
ゲストルーム、トイレ、バスルーム…だけど、その姿はどこにもない。
今日はオフだと言っていたから仕事に出かけたわけではないだろうし…
開くドアの先に応答がないのを繰り返しているうちにどうしようもなく不安になる。
もしかして昨夜は、嫌々応じてくれたんだろうか…?
好きだ愛してるという言葉を盾にして俺が無理矢理うなずかせた?
だけど、気持ちを手に入れたらもう待っていられなくなった。
これでも…かなり、待ったほうだ。
本当はもう少し先でいいと思っていたのに。
どうしようもなくて、彼女に想いをぶつけてしまった。
昨夜の彼女の様子は…決して嫌がってる風ではなかったのに。
リビングに入ると、開け放たれたカーテンから朝日が差し込んで
その眩しさに思わず目を細めた。
一瞬見えた街並みが、少しだけ昨日と違って見えるような気がする。
彼女を手に入れた時にも、視界が少し変わったような気がしたけど、
今日はまた、それとは別に、世界が鮮やかに見える。
降り注ぐ陽に映し出される朝の街。
生まれ変わったように無垢な気持ちだけが心に浮かぶ。
君とひとつになれた永遠のような瞬間の後に手に入れた、
凪いだ海のように静かな、だけどしっかりとした…自分の想い。
わかってもらえるかな。
それは、ただ純粋な君への想い。
今だけはそれが、俺の存在証明。
それくらい、君が好きだという気持ちだけがくっきりしてる。
さあ、お姫様の捜索活動を再開しないと。
そう思いながら、ふとベランダに目を移すと、外に向いている人影。
…見つけた。
ひとりで先に起きてしまうなんてひどいな。
目覚めても君が隣にいる朝を、どれだけ、夢に見たと思う?
胸の中で安堵と共にひとりごちて、それでも気付かれないように
後ろから近づいて、その愛しい身体をそっと抱きしめた。
「おはよう」
「お、おはようございます…」
抱きしめた後、耳元に囁くように告げると、
彼女も少し身体をこわばらせながらも挨拶をしてくれた。
やっともう1回掴まえることができた。
君を探して、家の中なのにとてつもない不安にかられて、だからその分、安堵感も大きくて。
もしかして、これからもずっとこんな感じなのかな。
掴まえたと思ったら逃げられてしまう。
だけど君は俺から完全に逃げたわけじゃない。
周りを見渡せばすぐ近くに1人でいる君を、俺がまたそっと近づいていって掴まえて。
キスをして、また逃げないように腕の中に閉じこめて。
気持ちが先走りすぎる自分に苦笑した。
君が好きで好きでたまらない。
言葉で伝えきれないくらい。
昨日、好きだと思った。
それの何倍も、今日、君を好きになる。
今、この瞬間も、目には見えないけれど、苦しいくらい感じてる。
胸焼けしそうなほどの君への想い。
「起こしてくれればよかったのに」
「ん…でも敦賀さん、気持ち良さそうに、寝てたから…」
こちらを見ようとしない彼女を強引に振り向かせると、その頬がぱっと紅く染まる。
「やっ…」
隠すように、俺の胸に顔をぎゅっと押し付けて。
「どうした?」
「ごめんなさ…っは…はずかしくて顔見れ…ない……」
何が何だかよくわかっていない俺の問いかけに、細く途切れそうな声で答える彼女。
なんだ…そうか…。
そんなの、気にしなくていいのに。
そう言おうとして、やめた。
昨日の彼女を手に入れただけで、今は十分に思えたから。
それに、今日はこれ以上はさせてもらえないかな…。
顔を見るのが恥ずかしいなら、キスも。
こうやって抱き合うのが精一杯、なんだろう。
もしかしたら、まだそばにいてもらえるだけで十分なのかも、しれない。
俺の顔を直視できないくらい恥ずかしがっていながらこの部屋にいてくれた、そんな彼女もとても可愛い。
そういうことをしてもいいのも俺だけだろうから、もう急がなくても、いいんだ。
少しの間離れていることはあっても、完全に逃げたりはしないだろう?
もちろん、もう、逃がさない。
本当は、顔をこちらに向けてその唇を強引に絡め取ってしまいたい。
今日はまだ、キスもしていないんだよ?
だけど、昨日のは、俺のフェイント。
それでも君はちゃんと応じてくれた。
ワガママに暴走してしまった俺のことを受け入れてくれた。
そうして次の日、逃げたいくらい恥ずかしくても、こうやって俺の腕の中にいてくれる。
だから、今度は君のペースで行こう。
今日1日恥ずかしいなら、嫌がることは、しない。
もちろん、これからも、だよ。
これからは、それを嫌がられないようにもっと上手く君を誘惑してあげるから。
そしてゆっくり…ゆっくり、「2人」になっていこう。
2006/05/24 OUT