SLOWLY -KYOKO

From -LOVERS

ずっとずっと敦賀さんの名前を呼んでいた気がする。
初めてのこと。
必死にその言葉を唱えることで、何かを繋ぎとめられていられるように思えたから。
波のように寄せてきたそれ、は、自分でもまだよくわからない感覚、だけど…
ひとつだけわかったことがある。
誰とでも、じゃない。
敦賀さん、だったから。

身体を撫でられる感触に、意識を取り戻した。
途端に下腹部に感じる鈍い痛みのような違和感。
見慣れない景色…目の前には、何も身につけていない自分以外の身体。
私と同じブランケットにくるまってて、あたりには2つの呼吸音が微かに響く。
部屋の中は薄暗い。カーテンの隙間からは朝の陽が控えめに差し込んでる。
自分の部屋じゃないってことはすぐにわかった。
眠りから覚めたばかりの頭で、深いところから必死に記憶を手繰り寄せる。
浮かび上がってくるおぼろげな映像と、感触。

あれ…わ…たし…。

し…しちゃったんだ…!
敦賀さんと…初めて…。

ちょ、ちょっと待って…
どういう状況からそんなことになっちゃったんだっけ…?
この紛れもない現実に軽くパニックになってる私。
頬に両手をあてて再度必死に記憶を辿っていく。

えっと、えっと昨夜は…いつもみたいにお邪魔して、でもいつもみたいに帰ろうとして
私が次の日オフだって言うのは敦賀さんも知ってて
泊まっていかない?って敦賀さんが言って…今までもここに泊まることなんて滅多になかったけど、
それはいつもどおり別々のお部屋に寝るってことで、
昨夜、泊まっていかないかと言われたときにもてっきりそうするもんだと思って
でも、そうじゃなくて…敦賀さんに…敦賀さんが…

…ダメ…っ。
思い出すにつれて鮮やかになっていく、脳裏に焼き付けられたその光景が
どうにも恥ずかしくて仕方がない。
今まで、キスしたり抱き合ったり、そんなことしかしてこなかったんだもん。
それで十分幸せだったから、その先のこと、あんまり考えたことなかったんだもん。
そ、そりゃあ…いつかはきっとする、んだろうなって思ってたけど、
このままいけば、その相手は敦賀さんなんだろうなって思ってたけど。
実際、そうだった…んだ、けど。

ああ。
どうしよう…。

さっき必死に思い出そうとしてた昨夜のことが今頃になって一気に頭に映し出される。
身体や記憶に残ってる昨夜の出来事、
恥ずかしくて思い出すのをやめたはずなのにもう止まらない。

敦賀さんが何度も何度も私を呼ぶ、声。
髪や身体に降りてくる息。
それから…今まで耳にしたことのない、自分の声と、敦賀さんの吐息。
自分以外の肌が触れる感触。
初めてだらけで、感じたことのない感覚が身体を揺らして
もうどうなるのかわからなくて…怖かった。

そんな私を敦賀さんは優しく抱きしめてくれた。
敦賀さんはいつもどおり、どこまでも優しくてあたたかくて。

もう一度、隣に視線を落とした。
ただ寝ているだけの敦賀さん。
寝顔を初めて見たわけでもないのに、やたらと心臓がドキドキしてしまう。

好き。
恋人同士だという関係になってからも、
敦賀さんのことが好きだと、数え切れないくらい何度も思った。
敦賀さんと過ごす時間を増やしていくうちに、いろんな敦賀さんを知るうちに、
キスや抱き合うことを何度もしていくうちに、私の「好き」は抱えきれないくらい育っていった。
今でもそう。
あなたが好き。好きで好きで…どうしようもない。

だけど…「好き」だけじゃ説明できない感情が自分の中に息づいているのにも、気付く。
好き。
敦賀さんが好きで、大切で、自分を選んでくれたことが泣きたいほど幸せ。
だけど、それだけじゃない。
好きとかで、簡単に言えない…気持ち。
好きだけじゃない。私の中に住む敦賀さんが大きくなっていく。
これって…何だろう…。
好きで、幸せで…甘い。なのにどこか苦しい。
積み重ねてきた、一瞬ごとの想い。それを敦賀さんが丁寧に繋げてくれた。
その時に、何か魔法がかかったのかな…?
あふれそうになるその気持ちを確かめたくて追いかけようとすると、胸がいっぱいになってしまう。
逃れるように、身体に巻きついていたブランケットにそっと顔を埋めた。

穏やかそうな寝顔。呼吸のたびに静かに上下する身体や、枕にかかる髪。
なんだかもう、その全てが愛おしくて、目の前が潤んでしまう。
身体を、繋げたからなのかな。
そばにいないときでも寂しくないように、なのかな…。
もし世界が暗くなって、あたりが何も見えなくなったとしても
私はきっと、私の中の敦賀さんを頼りに彼のところまでたどり着ける。
そんな気がする。
どんなに離れていても、呼び合える。きっと。

今はまだ敦賀さんが眠ってるから平気だけど、
ううん、やっぱり少し恥ずかしくて、まじまじとは顔を見られないけど、
もう少しそばにいたい。矛盾してる、私。
そのうち敦賀さんが起きちゃったらどうしよう?
どうしよう…。
でも…もう少し…だって、目が覚めて急にいなくなっちゃってたら、ヘンに思うもの。
どこまでも優しかった敦賀さんに、ヘンな風に誤解、させちゃうかもしれない。
嫌だったのかな、って。
それだけは、思わせちゃいけない。
嫌じゃない。嫌なんかじゃ、なかったの。
ただ今は恥ずかしくって…ここにいるけれど。いようと思うけれど。

昨日までとは違う、私と敦賀さん。
そう思うと、繋ぐ手と手でさえ、なんだか違った感触になる。
キスだけだった頃にはもう戻れない。
きっと、しばらくはこの行為にも慣れない。
多分、普通よりも少しゆっくりめな関係。
これからも、ゆっくり進んでいけたら良いのよね。

隣でまだ眠る敦賀さんに、こっそり微笑んでみた。
それから…ほっぺたにそっとキスをした。
おはよう、敦賀さん。
目が覚めてすぐに目に入る風景の中に、あなたがいる。
いつかそれが普通になる時がきたとしても、きっと今の気持ちは忘れない。
恥ずかしさ、心臓の早鐘、言葉にならないくらいのあなたへの想い。

もう少し…もう少しだけ…敦賀さんの寝顔を見ていたい。
だけど、そのあと…どうしよう?

やっぱり…顔はとても合わせられない、かな。
あの瞳で見つめられたらきっと、ゆでダコみたいになってしまう。
今は敦賀さんが眠っているからこうしていられるだけ。
そう思って、次の行動を考えているはず…なのに、
離れてしまうのは少し寂しくて、離れがたくて、
自分の気だるく重い身体を窘めながら、それでも私はずっと、敦賀さんを見ていた。



2006/07/04 OUT
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