少しだけ掠れたような声が気になった。
それだけだったし、本人も何も言わなかった。
私も、そんなに大したことじゃないと思ってた。
スケジュールを見せてもらったとき、
トーク番組が多くて、そのせいで喉が疲れてるのかなって。
…ここに来て、この現状を見るまでは。
「何で言ってくれなかったんですかっ」
予告なしに行った私も私だけど…。
ゆっくりと開いたドアから出てきた
敦賀さんの焦燥した様子に、驚いてしまった。
声が掠れてて、服はパジャマだったし
足元がふらふらしているのもすぐにわかった。
部屋に上げられて、とりあえずソファに並んで座る。
お茶、いれようか。
敦賀さんがそう口を開く前に、怒鳴りつけてしまった。
私。
隣にいるのは病人だけど、ついつい声を荒げてしまう。
私のことについては口うるさく言うくせに、どうして自分のことは無頓着なんだろう。
こうやっていきなり知らされるほうがどんなにビックリするか、わかってないんだから。
「あんまり心配かけたくなくて」
時おり咳き込みながらそう答える彼を少しだけ睨みつけてみた。
「来てみたら寝込んでるって…そっちのほうが心配しますっ」
「俺も、それなりに対処法はわかってるつもりだよ?」
「そんなんじゃなくて…っ」
手を握ってみる。
熱い。
顔も…紅潮してる。
気づけなかった自分を責めながら、自分の額を敦賀さんのそれにそっとくっつけてみた。
やっぱり…。
「すごく…熱いですよ」
「横になってれば平気」
もう少し頻繁に逢うことができたなら、気づけたのかな。
離れてた距離と時間が…悔しくて。
「ごめんね…」
怒ってみせる私に向かってすまなそうに敦賀さんがつぶやく。
少し悲しくなって、首を振った。
「私、そんなに頼りないですか…」
「そんなこと言ってないよ?なんだかかっこわるくて…」
「格好良いとか、そんなの、気にしてたらいつか風邪こじらせて死んじゃうんだからっ」
もう!
私のことはうるさいくらいにいちいち口出すくせに…。
ねえ敦賀さん、謝って欲しいんじゃないの。
私の知らないところで倒れたりでもしたらって、心配するのも、ダメなの?
とりあえずベッドルームに連れて行こうと思って立ち上がる。
手をぎゅっと握り返された。
「キョーコを残して死ねないな…今夜は…ここにいてくれる?」
熱を持つ、私よりもずいぶん大きい身体をそっと抱きしめた。
「そのつもりです…何も持ってきてないから、大したことはできないですけど」
「移しちゃうかもしれないけど…」
「私は貴方と違って丈夫ですから、そうしてもらったほうがいいかも」
「何言ってるんだか。そんなことできるわけないだろう」
しばらく身体を寄せ合っていた。
いつもよりも高い体温。
不思議な気持ちになる。
久しぶりに逢うんだ。
こうやって抱きしめ合うのも久しぶりで…。
逢いたくてどうしようもなくて、突然来ちゃったんだ。私。
そうしたら、敦賀さん具合悪くて。思わずテンパっちゃって。
忘れてたの。
敦賀さんに逢えると思ってドキドキしながら来たことを…。
「キス…しちゃだめですか…?」
ダメかな…。
私も熱に浮かされたみたい。
そっと…心に浮かんだ言葉を口にしてみる。
「移したら困るからダメ」
優しくなだめられる。
やっぱりダメだよね…。
少し寂しくなって、敦賀さんの肩に顔を乗せてそのまま目を閉じた。
こうやって顔を見たら…キスしたく…なっちゃう。
何日ぶりになるのかも、もう忘れちゃった。
何考えてるんだろ…私。
敦賀さんは具合が悪くて辛いはずなのに。
風邪を引いたら困るのは、自分だっても同じなのに。
「これで許して?」
めり込みそうな私の耳元、すぐそばで敦賀さんの声がしたかと思うと、ほっぺたにそっとキスされた。
敦賀さんの唇が触れたまま、ゆっくりと過ぎていく時間。
「せっかくキョーコからおねだりしてもらったのに、タイミング悪いな」
笑ってるけれど、やっぱり具合の悪そうな顔を見て、改めて少し悲しくなった。
私が元気にしてあげるからね。
お返しに、敦賀さんの頬に唇を寄せた。
…今日は我慢するから。
「治ったら…いっぱいしてくださいね…」
「…反則だ」
敦賀さんの声が聞こえて、そのまま唇を塞がれた。
…いつもみたいに、絡まりあう深いものではないけど
お互いの唇を確かめ合う、触れるだけでも涙ぐんでしまうような…優しいキス。
「…敦賀さん」
「やっぱり我慢できなかったな…移したらごめん、俺が責任、取るから」
不謹慎だけど、触れてくれたことが嬉しくて、また敦賀さんをぎゅっと抱きしめた。
ごめんなさい、もうワガママ言わないから。
「早く治してくださいね?」
治ったら…いっぱい、キスしようね、敦賀さん。
2005/09/07 OUT