夜、ときどき、ふたり。 -KYOKO

From -LOVERS

「えっ…キョーコ?」
「お邪魔します」

シャワーが降り注ぐ中にいる敦賀さんが、とても驚いてる。
いつもなら、こうやって一緒にお風呂に入るとき、私はバスタオルを身体に巻いて
完全装備しているのだけど、なんだか今日はそんな気分にもならなくて、
服を脱いですぐにバスルームの中に入っていった。
驚く敦賀さんに構わずに、その引き締まった身体にぴったりと寄り添う。
後ろからぎゅっと腕をまわして、所々に泡を纏う彼の背中の感触を自分の身体で確かめた。

鼻をくすぐるのは…さっきまでとはまったく違う、私と同じボディーソープの香り。
うっとりして、目を閉じる。
よかった…敦賀さん。私と同じ匂いがする…。

目を閉じながらついさっき、玄関で彼を出迎えた時のことを思い出す。
チャイムの音に玄関まで出て行くと、ドアを開けた敦賀さんからはとても強い香水の匂い。
今日で撮影が終わるって言ってたから、多分その打ち上げか何かだったのだろうと思うけれど、
そんな風に付き合いの集まりから帰ってくる敦賀さんが、
自分のものじゃない香水の香りを纏ってるのは、本当は珍しくない。
私も、そういう集まりを抜けて、たばこの匂いが染み付いたままで敦賀さんに逢いに来ることだってあるし、
仕方がないことだって、わかってる。

だけど、今日はなんだかそれが無性に悲しくて、ムカついちゃって、
それを敦賀さんにぶつけるわけにもいかなくて、どうしていいのかわからなくなった。
だって、敦賀さんはそのことをすごく気にしてて、おかえりなさいのキスもそこそこに、
「ごめん、匂いがすごいだろう?」って、バスルームに直行しちゃったんだもの。

敦賀さんに恋人がいるなんて…敦賀さんと私がそういう関係なんだってことを
近しい人たち以外にはほとんど知らないから、
今でも敦賀さんはいろんな人にアプローチされるのが日常的。
そういう複雑な事情の上に成り立ってる私と敦賀さんだから、
普通とはちょっと違うことが、いっぱいやってくる。それでいい。それが、私たち。
でも…誰も知らなくても、そうやっておおっぴらに触れ回れなくても、
敦賀さんが私のものだってことは…本当のことで…
だから…他の女の人の匂いがするなんて…嫌なの。

「どうしたの…?」

上から降ってくる優しくて低くて、とびきり甘い声に顔を上げると、
いつの間にか、敦賀さんと私は互いに向かい合ってた。
シャワーが降り注ぐ中で、水の束に少し遮られながら敦賀さんの顔を見ると、
敦賀さんも私をじっと見つめてた。
こんなに優しくて、だけどどこかに情熱を宿してて、目が合っただけで
心も身体もどうにかなってしまいそうな敦賀さんの顔は、きっと、私しか知らない…。
好き。大好き。本当に、どうしようもないくらい、好き。
2つの文字にはとても込められないくらいの気持ちが、時々こんな風にあふれ出してしまう。
ワガママ言いたくないけれど、その代わりに、こうやって何度だって確かめたい。
敦賀さんが、私をどれくらい好きでいてくれてるのか、とか。

「…好きです…」
「…俺もだよ…嬉しいな」

普段はなかなか言えない言葉に、敦賀さんがやっぱり一瞬だけ驚く。
その後、すごく嬉しそうにそう言うから、なんだかもうそれだけで胸がいっぱいになる。
どうしてこんなことしたのかとか、聞かないのね。
それとも、気付いてて、言わないだけなのかな。みんな、バレちゃってるのかな。
瞳の奥を探るようにじっと見つめてみたけれど、それだけじゃわからない。
だけど…お風呂の中…シャワーの中って、思考能力をちょっとだけ低下させる気がする。
そんなこともうどうでもよくなって…近づいてくる敦賀さんの唇に自分から噛み付いた。

「ん…」

いっぱいのおかえりなさいと、大好き、を込めて、何度も何度もキスを繰り返す。
舌を絡めて、唇を少しずつ滑らせながら深めていくそのキスに、次第に息が上がってしまう。
何度目かのキスの後に、そっと手を伸ばして敦賀さんの身体に触れた。
私も、身体の奥が熱くなってて、そこから全身にその熱が広がっていって、
まだ直接触れられたわけでもないのに、ふわふわと身体が揺れて、
まるでベッドの上で敦賀さんにいいようにされてる時みたい。
キスだけじゃ足りなくなった身体が、もっともっと、って言ってる。
後押しされるように敦賀さんに縋りついた。

「ここで、しようか…?」
「ん」

だけど言葉よりもずっと先に、こうなることも、きっとわかってた。
したかった…のかも。
バスルームで、声が響いて明るいから恥ずかしいとか、そんな気持ちも、
今日は崩れていく理性を止める盾にはならなかった。
私が触れることができる敦賀さんの最奥まで、どうしてもたどり着きたくて。

*

「もうちょっと長居しても良かったな…せっかくキョーコが来てくれたのに」
「…のぼせちゃいますっ」
「だってシャワーだけだったんだよ?バスタブにも入っとけば良かった…一緒にお風呂なんて久しぶりだし…」

敦賀さんがぽつりと言った言葉に、思わず笑ってしまった。
耳元で囁くから、少しくすぐったくて、こんなのもう慣れたはずなのにやっぱりドキドキしてる。
2人でバスルームから出た後、バスローブのまま髪をお互いに乾かして、
それから同じ方向を向いて、後ろから抱きしめられるようにして並んで寝転がる。
背中に感じる敦賀さんのぬくもりがとても優しくて、
私はいつもそうやって後ろから抱っこされてると眠ってしまうことが多い。
目が覚めたら、敦賀さんの腕の中で向かい合ってるのがほとんどだけれど。

「ただいまキョーコ…早く逢いたくて…どうやって抜けてこようかと思ったよ」

抱きしめられてる部分にかかる適度な力と敦賀さんの体温に安心して
目を閉じてうとうとしかけた時届いてきた、そんな言葉にびっくりして、思わず振り向いた。

「途中で帰ってきちゃったんですか?」
「うん。俺がいなくても大丈夫そうだな、ってところで抜けてきた」
「敦賀さん主役なのに…」
「いいんだ。しばらくの間はいたんだし、キョーコとこうやって過ごすほうが俺には重要」

…敦賀さん、わかってたのかな。
私が嫉妬して、あんなことしたって、気付いたのかな。
今の敦賀さんの言ったことと…
それから、いつもこんな風に飲み会やなんかの帰りに私が出迎えたら
すぐにバスルームに飛び込む敦賀さんを思い出す。

私も、わかってる。
敦賀さんの言葉や行動がどんな風に繋がってるのか、なんて、全部わかってるの。
みんなみんな、私のことを想って、してくれてるってこと。
私の嫉妬なんか、全部敦賀さんがすぐに消してくれるって…。

だから、嫉妬したっていい。
好きな人のことだもの、当たり前よね。
そして、敦賀さんはそんな私の「ざわざわ」を、
いろんなやり方できちんと昇華させてくれる。
今日だって…私の心の中にあった「ざわざわ」、もうどこにもない。
敦賀さんって、すごいな。

「…ん?」
「ううん…ほんとは、逢えないかと思ってたの。良かった…」

私のそんな言葉に答える代わりに、
敦賀さんの長い指が私の髪の中をさらさらとすべっていく。
気持ちよさと心地よさのなかで、私は目を閉じた。
少し上の方で敦賀さんが何か言ってるけれど、
それがまるで子守唄のように私の身体をそっと包み込んで
やがてゆっくりと私を眠りの淵に誘う。

おやすみなさい、敦賀さん。
あのね…人を好きになるって…辛いことや、苦しいこともあるけれど、
知りたくなかった自分に出会って戸惑うことだっていっぱいだけど…
そんなこと以上にとっても素敵で幸せだって…毎日思うの。
私にそれを教えてくれたのは、敦賀さん、なの。
だから私は…敦賀さんじゃなきゃ、ダメなの。

ありがとう、敦賀さん。大好きよ…。



2007/05/14 OUT
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