シークレットトラック -KYOKO

From -LOVERS

こんな日は、どうしようもなく敦賀さんに逢いたい。
約束をしているわけじゃないのに、足が自然と事務所へ向かってしまう。
行ったって、きっと敦賀さんはいない。
駐車場を覗いてみて、車があるかもわからない。多分、ないよね。
だけど…あの場所のなんとなく居づらい感じを
歩きながら、さっきまで身を置いていた場所の空気ごと、思い出す。

ドラマの打ち上げで、なんとなく話題が恋愛方面にシフトしていった。
付き合っていることが公認みたいになっている人が話題の中心だったけれど、
例えば実際に名前が出なくても、それぞれの恋愛感とか、そんな風に。

私みたいに、恋人がいることを公にしていない人は、
やっぱり同じようになんとなく居づらかったのかな、なんて。
居づらいっていうよりも、一瞬にしてそれぞれのパートナーの元に
気持ちが飛んでいった、っていう感じなのかもしれない。
私がそうだったもの。
なんとなくそわそわして、誰かの話に自分たちのことを重ね合わせてみたりして。

悪いことをしてるわけじゃないのに、それを黙っていることがなんとなく後ろめたい。
普段から持っているそんな気持ちと、今夜のその場で終わるような他愛もない恋愛話、
それから打ち上げ独特のふわふわとした開放感のある雰囲気が
なんとなく言葉にするのは難しい、そういう想いを私に連れてきた。
つまりは…敦賀さんに逢いたい。
どうしても、今すぐに。

何となく事務所、なのはきっといつも待ち合わせることが多いから、なのよね。
普段から事務所で敦賀さんと逢えるわけじゃない。
そう思いながらもやがてはやる足が私を事務所に連れてきた。

駐車場。
早足だったのがやがて小走りになって、まるで何かサスペンスドラマを撮影しているみたいに
焦りながら敦賀さんの車を探す。
車があって、敦賀さんが事務所にいたとしても
まだ仕事があって、今夜すぐに逢えるのは無理かもしれないのに。

「あ…った…!」

目標物を思い通りに見つけて、まるで本人に逢えたのと同じくらい嬉しくなる。
ここにいるのかな。車だけ置いて、他の方法でどこかへ移動したのかな。
そんなことは携帯電話ででも確かめればいいのに、
すぐにそうする気にはなれなくて、敦賀さんの車の車体に手をあてる。
彼本人にしてるみたいに、そっと手のひらを動かしてみたりして。
落ち着かなかった気持ちの30%くらい、収まっていくのがわかる。

いつも2人で敦賀さんのお部屋へ行ったり、その前にどこかへ寄り道したり。
そんな時にはいつもこの車を使うから、私にとってもいつの間にか特別なものになってる。
世界に散らばった自分のカケラ、みたいな、大げさに言えばそんな感じなのかしら。
愛おしい。

「どうしようかな…電話…」

手のひらに乗せた携帯電話を見つめる。
電話してもいい、と思うの。
声を聞くだけでもいい。
でもそうやって今すぐとねだって約束を無理矢理取り付けて逢うのは、何となく違うような気も、する。
ここで車を見つけるまで、確かなものは何もないままだったみたいに
そういう、偶然にまかせてみてもいい。
そんな気持ちになる。

逢えなかったらそれはそれでいい。
だって、私と敦賀さんはもうそういう不確かな関係ではなくて
逢いたいときにはそうやって言うことができるように、絆を紡いできたもの。
だからこそ…今日はそうじゃないほうに向かってみよう。

「とりあえず、サインだけ…うふふ」

バッグの中からポーチを取り出す。
そしてチップ式のグロスを手に、サイドミラーに小さくハートマークを描いた。
今日の私はどうかしてるかな。
打ち上げ帰りだからか、少し、ふわふわしてる気がするの。
気分を落ち着かせるためにも、こんな風に時間を過ごすのも悪くない。
敦賀さんを想って、行き当たりばったりな行動をして。
本当はそういう相手がいる、ってことを誰かに言いたくて、こんなことをしてるのかもしれない。
敦賀さんが好き、で、その気持ちを受け入れてもらえて、敦賀さんも私を好きだと言ってくれて
一緒にいるのが当たり前になって、それだけで本当に幸せなのに。
なんでなのかな…


*


コンビニで非常食代わりにおにぎりと、それから飲み物とチョコレートを買った。
なんとなく、これからどこかへ篭もるような感じもするけれど
実際に向かったのはそんなところとは似ても似つかない、都会的なタワーマンション。
エントランスやエレベータに慣れてる自分が少し照れくさくもある。
こんなことは普段やらないから、少しの非日常感がそうさせるのかしら。
恋人の帰りをマンションのドアの前で待つ、なんて
今の時代にはそぐわないかもしれないけれど、だからこそドキドキする。
完全に建物の中だから危機感がないのも、行動に移せる理由のひとつかな。
お部屋の外だけど、安心して待てるもの。

敦賀さんのお部屋があるフロアに着いて、見慣れたドアの前で座る。
帰ってくるのが何時になるのかもわからないのに、何となく楽しい。
泊まりではないってことだけは知ってるから。
おにぎりを食べて、お茶を飲んで、それからカバンに入っていた台本を取り出す。
こんな時間…外で待つことは普段はしないけれど、
敦賀さんを待っているときの時間の使い方は上手くなったと思う。

そういう時間も、とりあえずは自分の時間。
敦賀さんのお部屋であれば自分のために、家事をちょこちょこっとしてみたり、
それこそ台本を読んでみたり、うたた寝をしてみたり
メイクで遊んでみたり。
でも、そんなことを、敦賀さんを待ちながらしてる、っていうだけで
いわゆる自分のためだけの時間、とはまた違った意味合いを持つんだろうと思う。
お楽しみがふたつ、あるような…そんなお得な感じ?なのかしら。
だから、長い時間ずっと待っててしまいには先に私が眠っちゃったとしても
それはそれですごく充実しているんだろうな、って。
不満に思うことはあまりないの。強がってるわけじゃ、なくてね。

「キョーコ…?」

あれこれ考えながらさらに台本を読んだりしていたせいなのか
その音、にはちっとも気づかないで、ふと聞こえた声に視線をやると
少しだけ離れた場所で敦賀さんが、半ば呆然としながら私の名前を呟いていた。

「敦賀さんっ、おかえりなさい。ごめんね、驚かせて…」

私の名を呼んで確かめるなり、慌てたように駆け寄ってくる敦賀さんにそう言って
だけど自分の方はもっと慌てたように敦賀さんにぎゅうっと抱きついた。
逢いたかった、逢いたかった…逢いたかった…!

そこから先は何となく言葉にならなくて、いつもみたいに抱き合ったあと
流れるようにキス、に向かう。
何度も唇を合わせたり離したりしながら、互いの感触を思う存分確かめた。

「なんで…合鍵使わないの…」
「こうして待っていたい気分、だったんです」

私の答えに敦賀さんが少しだけ不思議そうな顔をした。
抽象的過ぎたかな。
合鍵を使うのもいいけど…こうして待ってるほうがより、逢えた時の喜びが大きいのかな。
無理に言葉にすればそういうこと、になるかしら。
それだけじゃない、上手く説明できないこともいろいろ、あるんだけれど。

「何かあった?連絡もなしで、こんなところで待ってるなんて…風邪でも引いたら」

さっきのセリフからそう繋げて、敦賀さんは私の身体をドアの内側に押し込む。
言われてみればやっぱりちょっと身体が冷たいかも。
でも、そんなことが気にならないくらい、幸せな時間だった。

「あのね敦賀さん」
「うん」

リビングからキッチンに向かおうとする敦賀さんにそう話しかける。
それに応えて戻ってきた敦賀さんの手をぎゅっとつかむ。

「今日ね…打ち上げだったんです。その帰りなの」
「そうだったね。無事に終わった?」

ソファに2人で並んで座る。
そこからゆっくりと、今日あった出来事をぽつぽつと話す。
大切な人、の話題になった時に、少しだけ感じた疎外感と、敦賀さんへの強い想いと。
黙ってるから、誰にも言えないから嫌だった、んじゃなくて
ただ…顔を…動いてる姿を、極上の笑顔で私の名前を呼ぶあなたを、見たかったの。
だってそんなことを願って叶えられるのは…私があなたのそういう相手だっていう
ゆるぎない事実があるからなんだもの。

「私のね…恋人は、この人なんだって誰でもいいから言いたくなったのかな、って」

一番言いたかったことを、改めて口に出してみると妙に恥ずかしくて顔が赤くなった気がする。
敦賀さんはすごくびっくりしたみたいで、一瞬だけ動きが止まったけれど、
ややあってから「来てくれてありがとう」と言って私の額にキスをした。
えへへ、と照れ隠しに笑って見せたら、ちょっとだけ悲しそうに、だけど笑ってくれた。

「言おうか?」

一瞬置いて、敦賀さんの言葉の意味を理解する。
違うの、違う。そういうことが言いたかったわけじゃなくて。
あなたにそんな顔をさせたいわけでもなくて。

「それはまだ、ダメ」
「…誰も止めたりなんかしないと、思うよ?君さえ良ければ俺だってできればそうしたいし」
「ん…でも」
「キョーコが嫌な思いをするくらいなら俺は」
「嫌な思いなんて、してない。してないの。今日は…特別なんです、きっと」

あなたを巻き込んでしまったことになるのかな。
少しだけ大掛かりになっちゃったけど、確かめたかった。
敦賀さんの車に小さな落書きをしたり、連絡なしでマンションの前で帰りを待ったり。
そういうことができるくらい、敦賀さんとの距離が近いんだってことを。
そういうことをしても許されるくらい、敦賀さんに甘えられるんだって、ことを。
それから…あなたの恋人が、私でいいんだ、って…ことも。

「私のこと…好き、ですか?」

こんなことを面と向かって聞くのは初めてかもしれない。
だから、顔をちゃんと見れなくて、代わりに敦賀さんに巻きついてみる。
まだ言えない、っていうのは…敦賀さんの立場を考えると気後れしちゃう私のワガママ、なの。
いつか胸をはって、私の恋人は敦賀さんです、って言えるように。
敦賀さんの言葉は、とびっきりの魔法の呪文。

「…もちろん」

世の男性には、こういうことを聞かれるのが嫌な人もいるっていうけれど、
敦賀さんは少しだけ驚いたように一瞬だけ言葉に詰まってから、すぐに返してくれた。

「世界で一番、誰よりも、好きだよ」

うん。
誰に言わなくても大丈夫。
私とあなただけがわかっていれば…いい。
もっと進んでいけば、きっとみんなにもわかる日がくるはずだから…
それまでの間は、ひっそりしててもいい。
こんな風に形を変えて顔をのぞかせる激情、みたいなものも
こうやってあなたは受け止めてくれる、から。
わかってる。わかってたの。
だから…私にはあなた、だったのかな。
ねえ、敦賀さん。

もうひとつ…今日は…特別なことを…しようと思ってきたの。

心の中でそう呟きながら、先をねだるようにして自分から敦賀さんにキスをした。
キスをしながら、敦賀さんが着ているシャツのボタンに手をかける。
気づいた敦賀さんの手、が、いつものようにトップスの裾から忍び込む。

…もうちょっと…お話、しようね。敦賀さん…2人でできる、いろんな、お話。



2011/07/27 OUT
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