いつ見ても、敦賀さんの寝顔は可愛い。
とは言っても造作が可愛いんじゃなくて…無防備なところ、かな。
一緒に眠って私の方が先に目が覚めると、
すぐそこに敦賀さんの穏やかな寝顔があって、それが本当に嬉しい。
できたら、これから先はずーっと、私だけの特権であって欲しいな。
誰にも見せずに、私だけのものにしておきたい。
「…大好き」
まだ眠っている彼に、聞こえるか聞こえないかってくらいに小さくそう呟いて、
クッションと枕を重ねて身体を少し起こした。
今日は…ちょっと遅めに出る、って言ってたかな。
私はお昼くらいからだから、朝はいつもよりゆっくりできそう。
窓の方を見ると、早朝から朝へと移っていく、そんな狭間の空気がカーテンを揺らしてる。
そう言えば昨夜は少し暑くて、眠る前にちょっと窓を開けておいたんだった。
そして昨夜も例によって…そういうことをしたわけだけど、
身体を少し動かすたびに、私を包む空気が揺れて
敦賀さんと私の香りが混ざって立ち上るのがよくわかって、朝から妙に恥ずかしい。
爽やかな空気には似つかわしくないわよね…。
でも、なんていうか、敦賀さんに抱かれてるとすごく…満足するっていうか
濃密にコミュニケーションができて、満たされていくのを実感する。
それは快楽だけを追い求めてるんじゃなくて、
まるで全身で会話をしてるようだから、なんじゃないのかな。
えっと、気持ちいい、のはもちろんそうなんだけど…
敦賀さんが私とだけ、向き合ってくれてるっていうのが一番、かなって。
そういうことをするときは、電話も鳴らないようにして、
本当に世界に2人きり、って感じのことが多いから余計にだとは思うんだけど、
敦賀さんのすることとか、発する言葉とか、視線とか、そういうすべてが
私に向かってきてて、私の中が敦賀さんでいっぱいになる。
だから、触れられた感触なんてまだ、すごくリアルに残ってるし、
敦賀さんが私を呼ぶ声も、耳にしっかり閉じ込められてる。
思い出すと何だか妙な気分になっちゃうから…ほんとは少し困るんだけど。
敦賀さんに、キョーコ、って呼ばれると、ドキドキする。
今更照れることでもないのになんでだろう、って思うと
記憶の中にいっぱい残ってる敦賀さんの「キョーコ」が、本当に多岐にわたってて
例えば普通に何か私に用事があって「キョーコ」って呼ぶのも、
久しぶりに逢った時の何だか嬉しそうな「キョーコ」も、
身体を繋げてる時に途切れ途切れに呼ぶ「キョーコ…」も、
何もかもがミックスされてる、からなのかな、っていう結論になる。
私をそんな風にいろんな場面で呼ぶのは、今は敦賀さんだけだから、
っていうのもあると思う。
私は、相変わらず敦賀さんを呼ぶ時には「敦賀さん」だけど、
他の呼び方で呼んで欲しい、っていうのはそういえば聞いたことがない。
多分、私が敦賀さんにどういう風に呼ばれてもいいと思うのと同じよね。
そう。
もし敦賀さんが私のことを他の呼び方で呼んでいても
それはそれできっと嬉しいんだと思うの。
「最上さん」でも「キョーコ」でも、私を呼んでくれてることに違いはないんだものね。
敦賀さんだと…「敦賀さん」「敦賀君」とか、あとは…「蓮」かな。
そう呼ぶのは社さんや社長さん、それから事務所の中でも限られてる人たち。
社さんに「蓮」って呼ばれて返事をする敦賀さんを見てると、なんかいいな、って思う。
ヘンな言い方だけど年相応に見えるっていうか…大切にされてるんだ、っていうか…
ん、なんだか上手く言えないな。
それから、私がもしそう呼んだら、敦賀さんはどんな顔、するかな、なんて思ったりもする。
蓮…蓮…
「れん…?」
「ん?」
「なっ…お、起きて…」
「うん、ぼんやり」
なんか最近こういうパターンって多いのよね。
ひとりでこっそり起きて、眠ってる敦賀さんにいろいろしてたら実は全部見られてたとか。
すき、ってぼそっと言ってみたり、ほっぺたにちゅーしてみたり
髪を触ってたり…ああ…そういうことしてるから敦賀さんも起きちゃうのか。
だって…そんなことできるの、朝、しかも私が先に起きた時だけなんだもん。
構っていたい気持ち、わかるよね敦賀さん。人のこと言えないもんね、あなたも。
「もいっかい呼んでみて」
「う…」
「やだ?」
「やじゃないけど…なんか恥ずかしいです今更」
「いいから呼んで」
「…蓮」
「はい」
顔を見合わせた私達はついに吹き出してしまう。
ねえ、これってどうなのかな。敦賀さんは本当は「蓮」って呼んで欲しいのかな。
「ごめんごめん、いいよ、キョーコの好きに呼んで」
「いいの?」
「うん、前にも言ったと思うけど、どんな呼び方でも、キョーコが俺を呼んでくれたらそれだけでいい」
もー。朝からなんて殺し文句…。
私は言葉に詰まってしまった。多分顔も紅い。
今更「蓮」とはなかなか呼びづらいけど、でもこの名前は大好き。
綺麗な花の名前。
泥の中から伸びた茎の先に、信じられないくらい綺麗な花をつける。
逆境であればあるほど美しく咲く、花。
ある意味、この人にぴったりの名前なんだ、って、何度も思った。
こうなること…最初に付けた人、は、想像したかしら、ね。
つけた人は、この人が持つもうひとつの名前も、もちろん知っていて。
そう、敦賀さんが持つもうひとつの名前といえば…もちろん。
「…コーン」
「なぁに、キョーコちゃん」
私がそう言うと、敦賀さんがふわっと微笑んで私を呼んだ。
「蓮」もだけど、「コーン」…「久遠」、も、とっても素敵な名前。
先生がどんな風に思って付けたのか、よくわかる気がする。
この名前こそ2人きりの時にしか呼べないと思うけれど…
それは同時に私と敦賀さんの間でしか通じない暗号みたいなもの、でもある。
今でも夢なんじゃないかと思う。
人に話してもきっと信じてもらえないくらい、夢みたいな、めぐり合わせ。
私とあなただけの、大切な大切な、思い出。
あなたは今でもちゃんと覚えてくれてるのね。
あの時、私が言ったこと…。
「おはよう、キョーコちゃん」
うん、おはよう、敦賀さん。おはよう…コーン…。
最上さんでも、キョーコでも…キョーコちゃんでも、あなたが私を呼んでくれるなら嬉しい。
言葉にならない敦賀さんの気持ちみたいなものが、その短い言葉の中に詰まってる気が、するから。
敦賀さんもおんなじ気持ち、なんだよね、きっと。
2009/08/23 OUT