敦賀さんと久しぶりのデート。
と言っても、いつものように敦賀さんのおうちで、私が食事を用意して
それを2人で食べて、ゆっくり過ごして。2人で眠る。
私達のデートと言えば、いつもだいたいこんな風に他愛のない内容だけど、
それでもすごく、楽しいの。
逢えるんだ、と思ったら、1日ずーっとワクワクドキドキして、
敦賀さんの顔を見た瞬間はもう、とても嬉しくて、
ぎゅーっと抱きしめられながら、私も敦賀さんのことをぎゅーっと抱きしめるの。
もう、何度こんな逢瀬を繰り返しただろう。
その度に思うのは、敦賀さんへの「好き」の気持ち。
敦賀さんに触れたところから零れ落ちて、
部屋中をそれでいっぱいにしてしまうほどの想い。
いつもそうやって、敦賀さんと過ごせる幸せを思いながら、
好きな気持ちを撒き散らしながら食事の用意をしてる。
だけど…。ちょっぴり、ううん、今はかなり暗い気持ちも混じってる。
野菜を刻みながら、時々動きを止めては、ため息。
大切な人が辛そうな顔をしているのを見ると、心が痛む。
自分が代われたら良いのに、って、本当にそう思う。
敦賀さんも、私が体調が悪いと、すごく心配そうにしてる。
そんな表情を見ちゃったら、早く元気になって笑ってもらわなきゃって。
自分がいつも元気でいることは、そばにいてくれる人の元気にもつながるんだって
敦賀さんとお付き合いするようになってから改めて実感した。
なのに…敦賀さんときたら、相変わらずムリしがちなんだから。
移されたかな、って…普段から万全にしておけば、移されたりしないんですからね。
「大丈夫だよ。熱がすごく高いわけじゃないんだし、少し寝てれば治る。大げさだなぁ…キョーコは」
「でも、ほうって置いたら敦賀さんのことだから起きだして何かしようとするでしょう?ダメです。
食べ終わったら、きちんと寝て下さいね。そしたら私も帰りますから」
「1人で大丈夫?」
「大丈夫ですよ。それと…敦賀さんが眠るまではそばにいますから」
「…送らせてはくれない…よね」
「1人で帰れます。タクシー、呼びますから心配しないで?」
キッチンから運んできたのは来たのはスープ。
これだったら食べやすいし、栄養も取れるし、あったまるし。
あとは大根とはちみつのアレ。
我ながら、レパートリーが少ないと思うけど、でも栄養と水分を取ったら
本人の努力、というか…大人しく眠ってもらうくらい、よね。
今の敦賀さんなら、私の言うこと、ちゃんと聞いてくれるし…。
「食べられますか?」
「ん、美味しそうだね。いただきます」
いつもより少しだけ元気のなさそうな敦賀さんだけど、そう言ってスプーンを口に運び出す。
良かった。今日、敦賀さんのお部屋に来ることができて本当に良かった。
もし、後から知らされたら私、拗ねちゃうかもしれないもの。
敦賀さんがそうやってスープを食べているのを眺めているうちに、
社さんの代わりに敦賀さんのマネージャー業をやった時のことを思い出した。
あの時も、食欲のなさそうな彼に何とか食べてもらいたくてスープ、作ったっけ。
マネージャーって言ったって社さんみたいに出来るわけでもなく
たくさん失敗しちゃって敦賀さんにも迷惑をかけたけど…
あれだけは、我ながらちょっとがんばったなって今でも思う。敦賀さんの、看病。
それにしても、あの時の敦賀さんはだいぶ消耗してて、辛そうだったな。
だけど、お仕事には絶対穴を開けなくて、周りの人たちにも体調が悪いってことを気取られずに済んで、
すごい人だな、って…思ったっけ。
でもあれだって、本人が日頃から注意してれば避けられた事態ではあるのよね。
もっと自分を大切にしなきゃ、ダメですよ?敦賀さん。
…私のためにも…ね。
「何?」
「ううん、なんでもない。お代わりありますから、言ってくださいね」
「ありがとう」
完璧に見える人だって、本当は完璧なんかじゃないんだって、
敦賀さんのそばにいて彼のことを見るようになってから、わかった。
確かにすごい人ではあるんだけど、こうやって食べることをおろそかにしてみたり、
男の人と少し喋っただけで、ほんのり機嫌悪くなったりとか、
そんなにヤキモチ焼きだなんてちっとも知らなかったし。
あとは、食事を作ろうとする私の邪魔をしたり、
そうやってくっついているうちになし崩しにちゅーとか、それ以上のことをしちゃったり…
あ、それは…うん、でもそれもやっぱり敦賀さんの…意外な一面、よね。
そんな敦賀さんを知るたびに、嬉しくて、敦賀さんを愛おしく想う気持ちが増えていった。
「…ごちそうさま。美味しかったよ、ありがとう」
「お薬、飲んでくださいね。お水持ってきてるから…」
トレイに載った食器とコップを交換して、敦賀さんがお薬を飲むのを待った。
空になったコップを受け取ってトレイに載せて立ち上がろうとすると、
敦賀さんが私の方を見ているのに気付く。
「ごめんね」
いつもの神々スマイルだけど少し悲しそうに笑う、その表情になんだか胸が痛くなる。
食事してもらって、薬も飲んじゃったらあとは、もう、私にできることはない。
敦賀さんのそばにいたって、してあげられることはなくて、
きっと敦賀さんは、私に移しちゃうかも、って心配してる。
今の目は、そういう目だ。
自分のことよりも私を気遣って、久しぶりに逢えた時間をこんな形にしてしまって本当にごめんね、って、
敦賀さんの瞳がそう言ってる。
…そんなの…ちっとも気にしなくていいのに。もっと私を頼ってくれていいのに。
喉まで出かかった言葉をぐっと飲み込んだ。
でも、もし私達が一緒に住んでたら…もし、私と彼が「家族」だったなら、
もっと何かしてあげられることがあるかもしれないのに。
あんなに悲しそうな顔、させないのに。ごめんね、なんて言わせないのに。
もっと私を頼ってもらえるのに。
いつだって、敦賀さんの一番近くにいるって思ってた。今もそう思ってる。
だけど、こんな時は、本当はそうじゃない関係がもどかしくなる。
恋人。
他人よりはずっと近いのに、何かに隔てられてる気分。
普段はそれで十分楽しいのに。幸せなのに。
私と敦賀さんの間に何かがあるなんて思わないのに。
でも…今はなんだか無性にその「何か」を乗り越えたく、なったの。
「…敦賀さん」
「ん?」
「やっぱり…泊まっていってもいいですか?」
「え…」
「ゲストルームに寝ます。わ…私、丈夫だしっ…移らないですから」
「いいの?」
こくん、とうなずいて、トレイを持ってベッドルームを出た。
多分、私、顔真っ赤。
自分の気持ちや、行動に驚いてる。
敦賀さんと恋人同士になって、一緒にいる時間が増えた。
その時から、好きって気持ちは変わらない。
大好きだった。ずっと。今だって大好き。
だけど、好きだって思えば思うほど、一緒にいればいるほど多くを望んでしまう。
最初の頃は、こうして逢うことだってなんだか気が引けた。
公にできないこんな関係を、見つかりはしないかと不安で、
敦賀さんのお家に来ることすら、遠慮しちゃってたこともあった。
慣れてくると、そんな危険をかいくぐってでも敦賀さんに逢いたくて、
一緒にいたくてたまらなくなっていった。
好きになればなるほど、一緒にいる時間が楽しくて、お別れする時には寂しくて、
いつの間にか、逢った瞬間から、その時のことを考えてしまうように、なってたの。
毎日敦賀さんと一緒にいられたら、どんなにいいだろう、って。
約束しなくても同じベッドで眠る。同じところから出かけていって、同じところへ帰ってくる。
そんな生活を、いつの間にか思い描いてた。
今日はお泊まりする約束を、してた。
だけど敦賀さんの体調が悪いってわかってからは、帰ろうって決めた。
私がいたらゆっくり休めないだろうって、思ったから。
なのに…気付いたらあんなことを言ってしまってた。
敦賀さん、私の言葉を聞いてどう思っただろう?
自分のセリフを告げるのに精一杯で、きちんと顔を見てなかった。
─いいの?
だけどそう紡いだ声は、私の耳にふわりと優しい音色を連れてきた。
私の想いを後押し、してくれたのかな。
ベッドルームのドアにもたれながらさっきの笑顔を思い浮かべたら、
目の前がぼやけていって、初めて自分が涙を流していることに気が付いた。
最初は、私の「好き」が通じただけで幸せだった。
敦賀さんの「好き」をもらえるだけでよかった。
一緒に過ごすうちに、2人の「好き」が増えていくのが嬉しかった。
逢えない日が続くのが、とても寂しくなった。
もっともっと一緒にいたいと思うように、なったの。
目を閉じる。
さっきから私の中でぐるぐると回る、言葉にできなかった想いが
確かに心の中でひとつになっていくのがわかった。
欲張りだって、神様に叱られるかもしれない。
だけど、今日改めて思う。
いつか…いつか、敦賀さんと一緒に暮らしたい。
ずっとずっと、一緒にいたい。
私たちの想いだけではどうにもならない理由で離れ離れになる日がくるまで
敦賀さんと一緒に、生きていきたい。
「ふふ、やだな、私ったら…まるで敦賀さんが重病みたいじゃない…」
叶えたいって思ってた、夢。
少し前に、敦賀さんに似たようなことを言われて、とても嬉しかったけど、
やっぱり少し遠くに感じていた夢が形を変えて、今、私の中で決心に変わった。
敦賀さんといつまでも一緒にいることができるように、私も…もっとがんばらなきゃ。
ねえ、敦賀さん。
私、もう、離れてなんか、あげませんからね。
涙をふいて、ハナミズをすすりながら、1人で笑った。
もう、決めたもん。
嫌だなんて、言わせないんだから。
ずーっと、敦賀さんの隣にいてやるんだから。
嫌だなんて…言わないよね?
2006/10/25 OUT