約束 -REN

From -LOVERS

「うわ…あ、敦賀さんっ、見て見て、すっごい綺麗な星!」

都心から少し離れた人気のない海。
海に行きたいという、恋人のごくごく控えめなお願いを叶えるべく
こうして深夜にも近い時間帯だけど、車を駆った。
車を停めて、外に出ると、
2人で手を繋ぎながらゆっくりと砂浜に向かう。

空けられた片方の手で夜空を指さして、彼女が感嘆の声を上げる。
そんな彼女の様子を微笑ましく思いながら、自分も空を見上げた。
本当に、降ってきそうなくらいに夜空に湛えられたたくさんの星。

「ほんとだ…すごいね、落ちてきそうだ。流れ星とか、見えるかもね」

「じゃあお願いしなくちゃ。敦賀さんは、何てお願いします?」

何にでも感動する隣の恋人に微笑んでみた。

「キョーコといつまでも一緒にいられますように、かな?」

「なっ…」

予想外という顔をしてまた顔を紅くする。
照れたようにぷい、と顔を背けると、繋がれていた手をほどいて
波打ち際へと歩き出した。

寄せては返す波の音だけが響く夜の海。
そのすぐ際まで歩いていった彼女を追って行くと、
ふいに、彼女が自分を抱きしめるように身体に腕を回して、
微かに震えているのに気づく。

「どうした?寒い…?」

後ろからそっと身体を引き寄せる。
包み込むようにして抱きしめると、しばらくして彼女が口を開く。

「なんか、夜の海って…ちょっと怖いですね…真っ暗で、誰もいなくて
 海と空の境目もわからなくて…」

腕の中でぽつりぽつりとこぼす彼女は、まだ震えていた。
季節は夏から秋へと移り変わる途中。
夜でもまだ薄着で平気なはずだけど、気温からくる震えでは…ないみたいだ。

「この世に…ひとりきりみたいなの、思い出しちゃった」

彼女が次に呟いた言葉に、はっとする。
ああ、…そうか。

「俺は…好きだよ、夜の海」

言い聞かせるように、腕の中の恋人にそっと囁いた。
もし、彼女が、過去の自分に捕らわれかけているのなら。

君はひとりじゃない。そう言いたくて。

「俺も…昔はそう思ってた。自分はこの世にひとりきりなんだって」

彼女の身体が少しこわばる。

「え…何…」

「いいから聞いて?」

波音がうるさいくらいにあたりの空気を震わせていく。
少し肌寒いくらいの温度が、彼女に触れている部分の熱を鮮明に浮かび上がらせて。
彼女にもこの熱が伝わっていればいいけれど…。

「…夜の海は…暗くて怖いかもしれないけど、俺にはすごくあたたかった。」

ゆっくりと話し始めた俺の言葉に呼応するように、
彼女が、身体の向きを変えた。
俺の胸の辺りに顔を埋めて、そして身体に縋りついてくる。

「どうして…?」

「どうしてかな…」

彼女の身体に回す腕の力を少しずつ強くする。
君は…ひとりじゃないんだよ、そう伝えたくて。

「俺がさ…何者であっても、否定しない、そういうあたたかさ、みたいなもの…かな。
 名前とか、生まれとか、育ちとか…」

言い聞かせるように。
彼女に…あるいは自分に。

「私…いつもひとりだったんです…。周りに人はいたけど、
 ショータローの両親は私を育ててくれたけど、
 母親には捨てられて…結局ショータローにも捨てられて……」

「今でもそう思ってる…?自分はひとりだって…」
 
彼女の中にある小さな闇を…光で満たしてあげたくて言葉を探す。

屈託なく笑っていた‘キョーコちゃん’も
ピンクツナギを着て走り回っていた‘最上さん’も
…俺の隣にいてくれる‘キョーコ’も
心の中では…暗い思いを抱えて生きてきて…
いつからか、自分はひとりなんだと言い聞かせて…

キョーコ。
どんな人だって、生まれてきたことにはちゃんと意味があるんだよ。
君が生まれてきてくれたから、俺は見つけることができた。

君が普通に、両親と暮らしているような家庭にいれば
もしかしたら逢えなかったかもしれないだろう?

君が泣きながらあの場所へ駆けてきたから…俺達は出逢えたんだ。

みんな、俺が君を見つけるための
…君がそうでなきゃならない理由だったんだよ、きっと。

言いたいことはたくさんあるのに、言葉にするには何かが足りなくて。
でも、これだけは知っていて欲しい。

「キョーコ聞いて…」

顔を上げようとしない彼女に囁くように続ける。
どうか…届きますように。
時間がかかってもいい。
君のそばで…ゆっくり言い続けるから…いつまでも。

「俺は…君が今、ここに存在してるってことに感謝してる。
 お母さんと…いろんなことがあっただろうし
 育ててくれた人達に、申し訳ないことをしたと自分を責めてるかもしれないけど
 それでも…今、ここにいる君は、そういうことを乗り越えてきた君だろう?」

君が出会い、君を形作ったすべての出来事に、感謝してるよ…。
…これからは、俺がそばにいる。

ひとりになんか、絶対しないから。
ひとりだなんて無理に思い込まなくていいんだ。
君の周りには、君のことが好きな人たちがたくさんいるんだから…。
そして、誰よりも君のことを好きで仕方がない、俺も…ずっと…。

「…もう、あんな思いをするのはイヤなの…もしどこかに行くなら、私も…連れて行って…」

心で呟いたのと同時に彼女が口にした、言葉。
抱えてきた思いの大きさを目の当たりにするようで、痛々しくて…
それを俺にぶつけてくれたことに、愛おしさすら覚えて。
強く抱きしめた。

俺という存在を感じてもらえるように。
言葉だけじゃなくて…体温で。
身体でも憶えて。
君のそばにはいつも、俺が…いるってことを…。

彼女も俺を抱きしめ返す。
華奢な腕に精一杯の力を込めて。

言葉にすれば安っぽくなるけど…君が望むなら何度でも。
不安になるなら何度でも言うから…。

「ずっと、そばにいるよ…約束」

だからキョーコも…俺のそばにいてくれる?

遠い昔から紡がれてきた…2人だけの。

約束…



2005/10/06 OUT
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