PRECIOUS TREASURE -KYOKO

From -LOVERS

「ドラマ初主演、おめでとう」

たまたま同じテレビ局で仕事が重なると聞かされた翌日、
仕事がすべて終わった後にこっそり尋ねた敦賀さんの楽屋。
挨拶もそこそこに手招きされて敦賀さんの隣に座ると、
彼がそう言いながら私に紙袋を手渡した。

そう。今撮ってるドラマの役柄は、私にとって初めての主役。
決まった時とっても嬉しくて、真っ先に敦賀さんに報告したら
自分のことみたいに喜んでくれたのを昨日のことみたいに覚えてる。
その時も、やっぱり今みたいにおめでとう、って言ってくれて
数日後に逢ったときには、ぎゅーってしてくれた。
それだけで十分だったのに…プレゼントなんて。

そう思いながら、でも嬉しくて、受け取った後、
紙袋に印刷されているロゴマークを見てもう1回驚いた。
私が前から密かに欲しいなと思っていたブランドのもの。
でも彼の前でそんなこと言ったことないのに。
どうしてわかったの?
敦賀さん、やっぱり魔法…使えるでしょう?

「あ、ありがとう…ございます…っ」
「どういたしまして。視聴率が良かったら、また何かお祝いしなくちゃね」
「ううんっ、これで十分です!」

すっごく嬉しい…!

「キョーコにとってもすごく良い事なんだから、俺にもちゃんとお祝いさせて」

ニマニマしながら手元の紙袋を眺めていたら、
そんなセリフと共に敦賀さんの手が私の顔を包みこむ。
顔を上げると、そのすぐ先に敦賀さんの深くて優しい瞳。
少しずつ近寄ってくるその瞳に、
いつもみたいに吸い込まれるようにしてそっと目を閉じた。
敦賀さんの唇が、私のそれを少しだけ掠める。

「あー、君たち、仲がいいのは大変喜ばしいことなんだけどちょっと…俺もいるってこと忘れてやしませんか」

唇が離れた途端に耳に入った言葉に目を向けると、
その先では社さんがごほんと咳払いをしながら苦笑している。
そ、そうだった…ここが、敦賀さんの楽屋で、
同じ部屋の中には社さんもいるってこと、うっかり忘れちゃってた…!
というか多分敦賀さんは知っててやったに違いないんだけど
でもっ…

「ご、ごめんなさいっ…すみませんほんとに…」

穴があったら入りたいって…こういうことを言うんだきっと。
やだもう…それもこれもこの人が悪いんだ。
あんなふうに誘っておいてそりゃ目も閉じるわよ…。
敦賀さんを睨みつけると、なんでもない様子で微笑む。

「大丈夫、いかに社さんでも割り込めないから」
「そういう問題じゃありませんからっ…来なきゃよかった…」

もう、こんなことになるなんて…!敦賀さんのバカっ!
だけど当の本人はうろたえる私の耳にそう囁いて、とっても楽しそうにクスクスと笑う。

「あ、電話だ、ちょっと外出てくるよ。蓮、時間になったらスタッフの人来るからな、それは覚えとけよ」
「はい」
「キョーコちゃん、ごゆっくり。ジャマしてごめんね?」

社さんがそう言い残して楽屋を後にする。
後姿にごめんなさいごめんなさい、と100回でも謝りたい気分で見送った後。

「…敦賀さん…後で謝っておいてくださいね」
「大丈夫だっていうのに」
「私が大丈夫じゃないです…一瞬でもキ、キスはキスなんですからっ」
「じゃあ今からだったら、もっとすごいの、してもいい?」

反撃する私をさらりとかわして、しれっとした様子で敦賀さんがそう言う。
肩をぐっと抱き寄せられて、いつも2人きりでいる時みたいに密着した姿勢を取らされて。
もう…この人は…。
ほんと、こういう関係になる前とは大違い。
社さんが私たちのことを知ってる人だとは言え、
まさか人前でまであんな風に誘ってくるなんて…

「ダメですっ、だいたい時間までもうそんなにないじゃないですか」
「わかってるよ」
「私ももう帰ります」
「ダーメ、まだ帰さない。いいから機嫌直して、それ、開けてみて?」

私の手の中の小さなプレゼントを指差して、敦賀さんが言った。

そうだ、もらってすぐに開けてもいいですか?って聞こうとしたのに
あんなことになってすっかり忘れてた…わけでもないけど。
とりあえず箱を袋から取り出す。袋とお揃いの色のラッピングを開き、
綺麗にかけられていたリボンをほどいて、そっと蓋を外した。

中には…ハート型のプレートが付いた大きめなチェーンのブレスレット。
色はシルバー。
ピカピカ光るそれが照明に反射して眩しいくらいに輝いてる。
私は、その形の可愛さよりも、別のことにビックリしてしまって、
口を閉じるのも忘れてそのブレスレットに見入ってしまった。
そのまま敦賀さんを見ると、いつものように蕩けそうに微笑んでる。
相変わらず慣れない神々しいスマイル光線にやられそうになって
再び手の中のブレスレットに目を落とす。

あぁ、ビックリした。本当に、本当にビックリしちゃった。
少し前から目をつけてたブランドと同じところのもの、ってだけでもかなりビックリしたのに、
中に入っていたのは、私が密かに欲しいな、って思ってたのと…全く同じもの。

なんで?
なんでわかったの?敦賀さん。

そう言いたくて敦賀さんを見上げると、ふ、と笑って、
それからその唇が私の額に触れた。
さっきから私を襲う予想不可能な展開に、すっかり心臓がバクバクいっちゃってる。
どうしてわかったんですか?って、簡単な言葉なのに、口から上手く紡げない。
その代わりに、敦賀さんの服をぎゅっとつかんで、胸のあたりに頭をくっつけた。

「気に入ってくれた?」
「…んで…」
「ん?」
「ううん…ありがとうございます。すっごく…嬉しい」
「よかった、喜んでもらえて」

敦賀さんがホッとしたように言う。
何よりもその笑顔を見るのが好きな私がつられて笑うと、
今度こそ2人っきりになったことだし、とばかりに敦賀さんに唇を塞がれてしまう。

もう…さっきの今なのに、と思ったけれど、まあ…いいか…。
キスしたいっていうのは私も同じだったもの。
掠めるだけだったキスが、今度はきちんと重ね合わせるものになって、
いつの間にか長くて甘い、いつもの深いキスになっていく。

ねえ、敦賀さん、あなたがくれるものだったら、なんだって嬉しいのよ?
好きだよ、っていう言葉でも、名前を、呼んでくれるのも。
車に乗せてもらう時にドアを開けてくれたり、こっそり手を繋いでくれたり。
逢う時にいつも言ってくれる「逢いたかったよ」でさえ、涙ぐんでしまいそうに、なるの。

でも…今日の「これ」は…反則だよ…敦賀さん。

何を思って、これを選んでくれたの?
あなたは…どんな気持ちでこれを私にくれようと、したの?
聞きたいのに、知りたいのに言葉が選べない。
好き、って一言で言ってしまえばとても簡単なのに、中につまってる想いは無限大。
いろんな気持ちが重なって、「好き」になるのね。
そんな気持ちはもうずっと増えてくばかりで、手に負えないくらいよ。
どれくらい好きにさせたら…どこまで私をあなたの虜にさせたら気が済むの…?

*

「蓮からのプレゼント、どうだった?」

敦賀さんの楽屋を後にして帰ろうとした私を、社さんが玄関まで送ってくれた。
あまりにも自然に接してくれるおかげで、
さっきの恥ずかしさも少しずつ薄れて来た頃、唐突に社さんがそう口にする。

「ご存知だったんですか?」
「うん、実は俺が買いに行ったんだ、それ」
「そうだったんですか…ありがとうございますっ」

私たちがこうして関係を続けていられるのも、周りにいる人たちのおかげ。
普段はなかなかお礼を言うこともできなくて、
ほんとは関係がバレちゃってるっていうのもとんでもなく恥ずかしいんだけど、
でも…本当にいつもお世話になってる人の1人だから…。
お礼を言って頭を下げると、社さんが顔の前で手をひらひらと振りながら照れくさそうに笑う。

「俺なんかただ代わりに行ったってだけだから。それが仕事みたいなもんだしねっ」
「いえ、そんなこと、ないです…いつもありがとうございます…」
「アイツもどうしても自分で行きたかったみたいなんだけど、こればっかりはね…」
「そうですか…でもその気持ちだけで本当に十分なんです…嬉しいな」
「気に入ってもらえるか心配だったみたいだから、喜んでもらえると俺も嬉しいです」
「ありがとうございます…あ、でも、どうしてこれなんだろう?って思って…
 実はすごく欲しいなって思ってたものとまったく同じで…結局聞きそびれちゃいましたけど」

社さんがわかるわけないよね、なんて思いつつ会話の種にもなりそうな疑問を振ってみた。
敦賀さんが店頭で見て決めたんじゃないとすれば、
もっと以前から、これにしよう、って思ってたって…ことよね?

「うーん…何でだろう?俺に頼んだ時には、型番まできっちり指定したんだよね、蓮。
 何を買うかは前から決めてたみたいだったよ」
「そうなんですか…もうほんとにビックリしちゃって、魔法でも使ったのかと思っちゃいました」
「魔法?」
「いえっ、こっちの話です…」

仮定したことが正しかったと証明されただけ…かぁ…。
そうよね、そんなことをわざわざ言う敦賀さんじゃないもの。
核心部分は謎のまま。聞いておけばよかったな。気になっちゃうよ…。

社さんにもう一度お礼を言ってお別れした後、家に帰るために捕まえたタクシーの中でも
敦賀さんがどうして私の欲しがってたブレスレットをくれたのか考えてみたけど
やっぱりわからないまま。
結局聞く機会を逃しちゃったし、魔法使ったんですか?って聞いたら、そうだよ?って言いそう。
あまりに自分の想像がピッタリとハマったのがおかしくて、1人で笑った。

…もう、あれこれ考えるの、やめよう。
これを敦賀さんがくれた。それだけで、十分。
いつも敦賀さんにはもらってばかり。
私には何のお返しもできないでいるのに…またもらっちゃった。
でも、それがすごくくすぐったくて、
私の周りには敦賀さんがプレゼントしてくれたものがいっぱいで、
それに囲まれてるのが、嬉しくもあって。
一緒にいない時でも、敦賀さんがそばにいてくれてる気がするの。

ブレスレットをそっとはめてみる。
美しく控えめな光と、冷やりとした感触の中に宿るあたたかさ。
運転手さんに気付かれないように、ブレスレットにキスをした。
まるで敦賀さんとしているみたいな感じが、また私の鼓動を早めていく。

ありがとう、敦賀さん…。
私にももっと、あなたのためにできることがあればいいのにと、いつも、思うのよ…?

*

─しばらく心の片隅に残ってた、ちっぽけだけど大切な疑問。
だけど、それは意外にもあっけなく種明かしされた。
それからしばらく経ったある日。
たまたま敦賀さんよりも先に彼のお部屋にお邪魔していた私が
お掃除をしていた時のこと。

リビングの端のほうに、私が前に持ってきていてそのままにしてしまってたファッション雑誌。
やだ、これ私の忘れ物よね…なんて、手にとってパラパラとめくっていたら
あるページの上が少しだけ折られているのに気付いた。
あの時敦賀さんがプレゼントしてくれたブレスレットが大きく写っている広告ページ。

「あ…っ…これ…これよきっと…!」

それと一緒に思い出したの。
私、そのページを初めて見た時に、このブレスレットに一目惚れしてしばらく眺めてたこと。
そこに敦賀さんがやってきて、私はすぐに雑誌を閉じたんだけど
その時にきっと、敦賀さん…。

謎が解けた喜びよりも、敦賀さんの想いが垣間見えた気がして、そのことのほうがずっと嬉しい。
わざわざ覚えててくれたこと…きっとタイミングを見計らってプレゼントしてくれたこと。
ブレスレットもそうだけど、やっぱり敦賀さんのその気持ちが一番の贈り物。
そういえば、その日帰ってきた敦賀さんをお出迎えした時に、そんな嬉しさに後押しされて、
私から彼に思い切り抱きついたら、その後は帰るまでずーっと離してもらえなかったっけ…─

「…どうした?」
「ううん、何でもない…」

敦賀さんの腕に抱かれながら、手首にピッタリ収まってるブレスレットを眺めてたら
ふとそんなことを思い出してた。
今思い出しても、本当に胸があったかくなって…熱くなっちゃう。

さっきからずっと、敦賀さんに抱っこされながら
2人で他愛もない話をしたり、時々黙ってされるがままになってたり、
そんなまどろみの時間の中で、もう一度あの時のことをゆっくりと反芻する。
ビックリしたこと、こみあげてくる嬉しさの束。
腕に光る鎖を見た時の駆け巡る鼓動と、少しの誇らしさ。
あふれだす敦賀さんへの愛しさに、一瞬目が眩んでしまったこと。
そして、敦賀さんは確かに魔法を使える。
きっと私だけに有効な、とっても素敵で愛しい魔法…。

「本当に、魔法だったな…って」
「え?」
「内緒」
「そう…」

秘密主義は、ほどほどにしたほうがいいと思うけどね、と呟きながら、
敦賀さんが私の身体の向きをくるりと変えた。
向かい合って至近距離。ブレスレットをはめたほうの手首をつかんで
敦賀さんはとても嬉しそうに微笑んだ後、そこにそっと口付ける。
次に、そのくすぐったさに顔をゆがめた私の頬にも。
それから、今日、もう何度目かわからない、唇同士のキス。
…秘密主義なのは、あなたもでしょう…?

唇で繋がりながら、指を絡ませながら…敦賀さんの温度を身体中で感じながら思う。
また増えた。
敦賀さんへの好き、の気持ち。
敦賀さんからもらった想いと…
それを象った、かけがえのない、私だけの大切な宝物。



2006/09/06 OUT
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