お風呂から上がってベッドルームに戻ると、
ベッドの上では敦賀さんが静かに寝息を立てていた。
私の家に来たのが、もう0時過ぎで、それから嵐のように抱き合って、
ちゃんと仲直りして2人でぎゅっとくっついてて…今はもう1時半をまわってる。
今日も1日いっぱいお仕事して、それは私も同じなんだけど
でも敦賀さんはきっと、いくら電話しても全然出ない私のことを考えてたかもしれなくて
…心配かけちゃった…な。
ごめんね敦賀さん。本当に、ごめんなさい。
素直な恋人じゃなくて、いつも迷惑かけてるよね。
ベッドに座って、起こさないように敦賀さんの髪に触れてみた。
それでも敦賀さんは私のことをちゃんと好きでいてくれる。
愛してるよ、って…私といられるだけで嬉しいって言ってくれる。
これからも、上手に敦賀さんと恋愛できるかどうかわからないけれど、
私も、敦賀さんとこうしていられるだけで、そばにいるだけで本当に幸せよ?
…それがいつも上手く伝えられなくて。
無防備で愛しい寝顔、そのほっぺたにそっとキスをした。
私のベッドで狭いかもしれないけど、ゆっくり眠ってね。
私も眠る準備を終えて、隣にもぐりこむと、無意識なのか敦賀さんの腕が伸びてきて
ぎゅっと抱き寄せられた。
大きな腕に抱きしめられて、すぐ目の前にはさっきまで抱き合ってた、大好きな身体。
規則正しい心臓の音が微かに聞こえてくる。
こうして眠りにつくのも久しぶりなんだ。
それがなんだかとても幸せに思えて、涙ぐんでしまう。
すごく…幸せ。
1日忙しくて、お仕事でヘコむ日があっても、こうして敦賀さんと逢って抱きしめられて
そんなぬくもりの中にいられたら、私はそれだけで幸せになれるの。
ケンカして、少しの間だけ「いつも」の私たちじゃなくなってしまってたからよくわかる。
「いつものあたりまえ」が、本当は一番幸せなことなんだって。
好きな人が自分のことを好きでいてくれる。
こんなにも幸せなことって、他にはきっと、ない。
抱きしめられながら目を閉じた。
いつもより狭いベッド。だけどそのぶん距離が近くなった気がする。
眠ってしまえばわからない時間の間も私はきっと、幸せなはず。
だって…隣には大好きな人。
おやすみなさい、敦賀さん。今日は、ありがとう。…ううん、いつもありがとう…。
昨日より、今日より、明日はもっと、あなたのことを、好きになる。
*
目を覚ますと、いつもと景色が違うことに気付く。
腕の中の可愛い恋人。
それはいつもと変わらないけれど…そうだ、ここはキョーコの部屋。
連絡のつかない彼女に業を煮やして、昨夜逢いに来たんだ。
君は、自分がどれくらい人の注目を浴びてるのか、まったくわかってないんだな…。
以前とは比べ物にならないくらい綺麗になっていく君。
そんな君に集められる幾多の視線から、君だけを隔離してしまいたいくらいだ。
俺でさえ…いつもこうして君に触れていられる、君をまるごと手に入れられた俺でさえ、
君を見るたびに抑えきれない衝動みたいなものが湧き上がってくるのに…。
それでもこの間は言いすぎたと思う。
彼女が本当に好きそうな、だけど露出の高い服を着て現れたのを見るなり
可愛いと思う気持ちと、そんなに肌をさらけ出したままでいたのかという思いがせめぎあって
男がそれをどんな目で見るのか痛いくらいにわかったからこそ、あんなことを言ってしまった。
彼女は俺に見せたいと思っただけなのに、
それを否定するような言葉を投げつけて、自分のエゴで彼女を傷つけた。
おかげで、行き場のない彼女への想いをひとり抱えて
思いつめては悶々としていた頃に戻ってしまったような、そんな気にすら、なったんだ。
名前を呼べば応えてくれる。
電話の向こうから楽しそうに声を届けてくれる。
好きだと、言ってくれる。触れさせてくれる。
そんな、今ではもう俺にしてみればあたりまえのことができないという不安、焦り…。
自業自得と言われれば、本当にそのとおりだった。
ごめん、キョーコ。
君を手に入れたときに、君を悲しませたり、傷つけたりするようなことはしないと誓ったのに。
だけど君は、あんな風に傷つけてしまった俺を許してくれて、俺が触れることを受け入れてくれて、
君が俺に対して持っている想いをきちんとぶつけてくれる。
関係を公にできなくて辛い思いをさせる、
時には壊れそうなほどめちゃくちゃに求めてしまう俺を…いつも許してくれる。
君がくれるほどの幸せを、俺は君にあげられてるのか全く自信がないんだよ。
それでも君は俺が良いと、言ってくれるから…。
本当に可愛くて仕方がない。好きで好きでどうしようもない。
可愛いと…君が好きだと何度言っても思っても足りることがないんだ。
だから、そんな君を見せるのは俺だけにしておいて、欲しいな。
ワガママな願いだってことも、十分わかってる。でも…
起こさないように帰ろうかとも思ったけれど、やっぱり声をかけていくことにした。
気持ち良さそうに眠っているのを起こすことに心が痛んでも、少しでも君と言葉を交わしていたい。
それが例え一瞬でも。
「おはよう、キョーコ。昨夜はごめんね…」
そう囁いて、額と頬にひとつずつ口付けを残した。
くすぐったそうに顔をしかめてから、うっすらと開く瞳を見つめると。
「ん…おはよ…つるがさ…」
「早くに起こしてごめん。今日も仕事だから、帰るよ」
起き上がろうとするのを抱き上げて、腕の中に閉じ込めた。
半分くらい夢の中にいる彼女に言い聞かせるようにして告げる。
帰ったらシャワーを浴びてすぐ仕事。
忙しいけれど、昨夜君に触れたおかげで疲れなんて全然感じない。
君に逢えなくて、電話にも出てもらえなかった数日間に比べれば。
「君は今日は休みだっけ」
「ん、おやすみなの。ごめんね…敦賀さん。ワガママ言って引き止めちゃって…」
「いいんだよ…本当は君が嫌だって言ったって泊まろうと思ってた」
「なぁんだ…」
くすくす笑いながらそう呟く彼女。
本当だよ。
許してもらえるまでは、君から離れない。そう思ってたんだ。
それくらい、昨夜の俺は思いつめてた。
ケンカの理由なんて…本当はつまらないことのはずだったのに。
君が他の男の欲望の対象になるよりずっと、君自身を失うことの方が俺には恐怖でたまらない。
「…キョーコ」
「なーに?」
愛してるよ。
「ふふ…わたしも…」
「じゃあ、またね」
「ん、行ってらっしゃい…気をつけてね」
朝の「行ってらっしゃい」。
君と暮らすことができたら、こうやって毎日見送ってもらえるのかな。
近い未来には叶えていたい景色が脳裏に浮かぶ。
俺のほうが毎日早く出るとは限らないから、
君に「行ってらっしゃい」を言ったりするかもしれないのか。
玄関先で別れるときには、キスをして…
きっと一緒に住んでるのに別れるのがちょっと寂しくて。
朝から想像力の逞しい自分に少し呆れてしまった。
だけど…君がそんなに可愛く「行ってらっしゃい」を言ってくれるから。
「今夜もここに来てもいい?」
「おかえりなさい」を言ってみて欲しくて、少しのワガママ。
撮られることを気にしてる君はきっと、ダメだって言うだろうけど…。
「ダメっ…2日も連続でうちに来たらバレちゃうかもしれないもん…」
「わかってるよ」
「だから…今日は私が逢いに行く」
「え?」
思わぬ言葉に彼女の顔を覗き込むと、嬉しそうに微笑みながら。
「敦賀さんが帰ってくるの、お部屋で待ってても…いい?」
もちろんだよ。じゃあ俺は…
「じゃあ…なるべく早く帰るから…」
あふれる愛おしさと共に、彼女を抱いていた腕に力を込めた。
自分の想いを満足に伝えきる術を持たない俺の、不器用だけど最大級の愛情表現。
「もう…早く行かなきゃダメですよ?社さん怒っちゃう」
俺をぎゅっと抱きしめ返しながら、彼女がこっそり呟いた。
うん、わかってる。
でももう少しだけ、触れさせて。
君といられる穏やかな時間が俺にとってはもう、「あたりまえ」。
だけど、そのいつもの「あたりまえ」が本当はどれだけ幸せなことなのか
改めて、教えられた気がする。
ごめんね、キョーコ。いつも、ありがとう。
そして、「しあわせ」な、「あたりまえ」を、これからも君とずっと。
2006/04/19 OUT