Night Crawling -KYOKO

From -LOVERS

このくらいの時間なら、ほんと、静かよね。
いつもこんなに静かなら、人目を気にしなくてもいいのに。
なんて思いながら、エレベーターのボタンを押した。
行き先はいつもと同じ、大好きなあの人のお部屋。
本当は、エレベーターの表示を別の場所から見られるのもマズイんだけれど
エレベーターに乗らないと、そこへは行けないから。

こうして人一倍気を使っているわりには、私も敦賀さんも…逢う回数が多いのかも。
もっとも敦賀さんはいつも、私との事が明るみに出たってちっともかまわないと私に囁く。

そうね…私も、特にすごく悪いことをしてるとは…思わないけど、
でも、お互いの立場を考えたら、やっぱりとてもそんなことはできそうもない。
敦賀さんだってそういう私の言い分もちゃんとわかってくれてるから、
いつものは冗談のつもりなのよね、きっと。
でもあの人のそれはとても冗談には聞こえない。
その度に青くなって否定する私をぎゅっと抱きとめて、それから言葉を奪ってしまう。
だから、そのための口実なのかと思うくらいよ。

バレるのは嫌。
でも…敦賀さんとお別れするのはもっと嫌。

ほら、敦賀さんっていう名前を心に映しただけでこんなにも幸せになる。
私に刻み込まれてる敦賀さんを思い浮かべるだけで笑顔になる。
そして、どうしようもなくドキドキして、敦賀さんに、逢いたくなる。
ほ…、とため息をついた。
ため息とは言っても、現状に対する少しの憤りよりも
これから逢える恋人への想いのほうがたくさんがつまったもの。
ねえ、敦賀さん、早く逢いたいな…。
こんなに近くなのに、すぐに逢えるのにあと少しのことがもどかしくて仕方ない。
目を閉じて壁にもたれていると、目的の階へ到着したことをエレベーターが教えてくれた。

玄関前について、カバンを漁ってみる。
指先に触れたキーを取り出して、そっと差し込んだ。
いつもならその前にチャイムを鳴らすけれど、
今日はなるべく音を立てないようにドアを開けて、そっと…忍び込む。
それから、玄関に灯る小さなライトの下で、もう一度ロックをかけた。

ふふ…敦賀さんには何も言わずに、来ちゃったの。
ビックリさせたくて。
いつも敦賀さんにビックリさせられるほうが多いから、私もちょっとイタズラしてみようかなって。
本当はそんな予定はなくて、少し前には電話でおやすみなさいも言ったの。
私はまだ現場。敦賀さんはもうお部屋に戻ってるって言ってた。
約束もしてなくて、仕事は少し時間が押してて、だから声が聞けただけでもすごく嬉しかった。
だけど。
敦賀さんにおやすみ、って言われた途端に、どうしても…どうしても顔を見たくなった。
最近の私、少しおかしい。
どんなに敦賀さんと一緒にいても、離れた瞬間に干からびてしまいそう。
敦賀さんが足りない!って、悲鳴をあげてる。

敦賀さんと過ごす時間は私にとっては、本当に特別な、こと。
でも、逢いたい時には素直に「逢いたい」って、言えるようになった…かな。
今日も、こんな風にして黙って来ちゃうくらい。
遅くなっちゃったけど、何も言わなかったけど
敦賀さんを補給したくて、こんな時間に、なっちゃった。

怒られたりするかな…。
ごめんなさい。
どうしても、逢いたかったんだもの。
そういう関係なんだとわかってても、どうにもならない想い。今日はなんだか抑えられなくて。

廊下を抜けた先のリビングにも、キッチンにも、バスルームにも敦賀さんはいなかった。
…そうよね。もう、寝ちゃってる、かな…。
うん、私も、一緒に眠ろう…。ほんの数時間。
だけどそばにいられたらきっと、エネルギー充填120%。

「つ・る・がさん…」

シャワーを借りて、それからパジャマ代わりに予備のキャミソールに着替えて、
音を立てないようにベッドルームに入ると、奥のベッドで眠る敦賀さんが見えた。
ひたひたと近づいて、それから気付かれないようにそっと、その隣に滑り込む。
かけているブランケットを半分わけてもらって、それから、改めて敦賀さんの寝顔を見つめた。

「寝ちゃってる…」

ちょっと残念。でもまあ、いっか。
あの時に、逢いに行ってもいいかどうか聞いてたら起きててくれたのかもしれない。
だけど、寝顔でも逢えて嬉しいな。
もしかしたら敦賀さん起きちゃうかも、って思ったけど、良かった。起こさないでいられそう。
ねえ…どんな夢を、見てるの?
私にも見せて、欲しいな…。

本当に、いつも思うけど、こうして敦賀さんのお部屋に来ると
まるで世界に2人きりになったみたいな気持ちになる。
キスして、抱き合って、囁いて、それから眠る。
この部屋ではそんなことばかりしてるから、なんだか夢みたいで。
ここで敦賀さんと過ごしてる私と、離れて日常を過ごす私。
どっちの私が本当なんだろう?
ここでの時間が幸せすぎて、わからなくなっちゃう。

敦賀さん。
あなたも、そんな顔を、持ってる…?
私の知らない敦賀さんを、誰かに見せてるの?

もっとよく顔を見せてもらいたくて、さらりと流れる髪を静かにかきあげた。
ぴくりとも動かない寝顔だけど、それでも今日は初めて逢うのよね。
おはよう、敦賀さん。そして…おやすみなさい、敦賀さん。
キスを…してもいい?
そう呟いて、顔を近づける。
触れるか触れないか…そんなところ、横向きに寝てる敦賀さんの唇の端に自分のそれを押し当てた。
伝わる温度と、近づいて初めてわかる敦賀さんの密やかな香り。
それが私をいっぱいに満たしてくれる。
やっぱり、来てよかったぁ…。
満足した私は、敦賀さんの隣で身体をベッドに預けた。
それから、向かい合えるように横を向いた。

いい子にしてるから、隣で寝かせてね。
明日の朝、黙って来たことを怒らないで笑ってくれる?
1日の終わりにあなたの顔が見たかったの。
そして、1日の始まりにも、真っ先にあなたの顔が見たいな。
優しく微笑んでくれる、だーいすきな、笑顔。

 

2006/07/21 OUT
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