年の瀬の街はそわそわと浮かれた気分があたりに溢れていて
なんとなく自分もつられて似たような気持ちになる、と言ったら
彼女が嬉しそうに笑った。
俺がそんなことを思うのは、どうやら彼女にとっては意外だったらしい。
本当は、君の様子が俺をそうさせるんだけど、と言おうとして、やめた。
そう言うとかえって彼女が気にして自分が悪いような気になるかもしれないし。
違う。
俺をそんな風にさせてくれるのは君だけだし、それが何よりも嬉しい。
どうせ誰も気づかないだろうから、と言って
イルミネーションが溢れる街をこっそり2人で歩くと
その綺麗さにいつも彼女が大感激して、ふわふわとそれに引き寄せられる。
負けないくらいキラキラしている瞳と、俺より先を行く後姿を眺めるのが
俺にとってはイルミネーションよりもよっぽどメインイベントになってる。
それを…突然思い出した。
「いま、何時、かな…?」
目に入るのは、彼女の柔らかな髪。白い肌に落ちる調度品の影。
そして、背中。
時間は…もうすぐ午前零時。
「あとちょっとで日付が変わるよ」
「ん、もうそんな時間なんですか…」
「だね。どれくらい経ったか…もうわからないな」
「そんなことばっかり言ってる…」
何時からここでこうしていただろうか。
はっきりわからないくらいに濃い時間が持てたと思う。
いつもこんな時にはそういう風に密度の高い時間を過ごしているけれど
今日は特別だ。
日付が変わるだけじゃなくて、年が変わるから。
かな。
「んー、ね、おそば…」
「もうちょっと」
「年が明けちゃう」
うん。
まあ、年が変わるのに合わせて食べるもの、ではあるだろうけれど
なんとなく今はまだこうしていたい。
君に、一番近いところで。
「もー…しょうがないなあ…」
彼女の少し困ったような声。
でも、笑って許してくれているような響きに包まれていたから、
俺は安心してそのままでいることにした。
顔が見えない分、甘えてる気が、する。
…いや、甘えてるのはいつものことだっけ。
「あ、日付変わりましたよ。ん、違う、年が変わった」
「うん」
「あけまして、おめでとうございます」
「今年もよろしく、ね」
「こちらこそ」
彼女を後ろから抱きしめた格好になるから、相変わらず顔は見えないまま、
のんびりと新年の挨拶を交わす。
今年は長めの休みをもらっているからなのか、
おどろくほど時間がゆっくりと流れているようで
できることならそれをつかんで、しばらくどこかへ繋ぎとめておきたいくらいだ。
だけど、どんなに願っても過ぎ去っていくそれを自分の思い通りにすることはできない。
身体を離して、それぞれが別々の場所で過ごして、逢えない時間のぶんだけ
お互いのことを想うことが増えていって、そして俺はそのたびに彼女のことをもっと好きになる。
そんな、繰り返しの日々。
いつまでもこうしていたいと願う。
それはこんな風に隙間なくくっついていること、でもあるし
2人で生きていきたい、という壮大な願い、でもある。
許されるなら、こうやって彼女の背中が見える場所にいたい。
彼女のすぐ、後ろ。
自分の背中を見せるより、後ろで見守りたい。
彼女が後ろを向けばいつでも顔を合わせられる場所にいて、
彼女の見ている世界を一緒に見て、彼女の喜ぶ様子を眺めて自分も嬉しくなって。
後ろからだって顔が見えないわけじゃない。
きっと彼女はたびたび振り返って俺の方を見て微笑んでくれるはずだ。
そうして、俺はそんな彼女に手を伸ばして、さっきまで見ていた背中から腕をまわして
彼女をぎゅっと抱きしめる。
すぐ後ろにいればきっといつまでも姿を見失わなくて済むだろうから、
これからのいろんな彼女の、その何もかもを見届けよう。
この命、尽きるまで…なんて。
やっぱり新年を迎えるにあたっては…思うことも心なしか大きくなるんだな。
「ねー…そろそろおそば…」
「んー…」
焦れたようにこちらを向いてそう言った彼女に不意打ちのキスを。
そう、後ろにいたってこういうことはいつでもできるんだし。
キョーコ。
去年はたくさんたくさん、ありがとう。
今年もこんな調子だろうけれど、よろしく。
2011/01/01 OUT