メイキング -KYOKO

From -LOVERS

「気持ちよかった?」

そう尋ねる敦賀さんの頬がうっすら染まっていて、なんだか色っぽい。
と思ったら、そういえば敦賀さんが色香をまきちらすのは何もことが済んだ後、
だけではなかったことに気づいて、ちょっと照れくさくなった。
その間にも敦賀さんはフェロモンをばんばん飛ばしながら私の頬をなでてはまぶたに唇を落とし、
それはもう濃密なスキンシップをはかっている。
頭もぼおっとしてるけれど、身体はもっと。
されるがままだし、考えもうまくまとまらない。
ただ、触れている敦賀さんの肌がくすぐったくて、でも気持ちよくて、
触覚で敦賀さんに集中するために目を閉じてみた。

「……さんは……」
「…んん?」
「敦賀さんは…どうですか?」

ちょっとだけかすれ気味になっている声でそう問いかけてみたら、
世の中すべての女性を陥落させてしまいそうな艶のある低い声で、
すごくよかったよ、と敦賀さんがささやく。

この人は、自分の声がそれだけで十分な武器になるって知っててやってるのかしら。
これを聞いた人はきっと、まるで敦賀さんの声が身体の内側をなぞっていくような、
自分も知らないような身体の奥の奥にそっと火がつくような、そんな気分になるはず。
今のところこんな声を聞けるのは私だけ、だろうから…別にいいか。
他の人に同じようにささやいてる敦賀さんは、やっぱりイヤだもん…。

「嬉しいな」
「なにが…ですか?」
「いろいろ」

いろいろ…何だろう。
敦賀さんが唐突に呟いた言葉の意味を、あまり働いていない頭で考えてみる。
今日、一緒に過ごせてることとか、かな。
だったら私も嬉しい。

「すごく気持ちよさそうだったから」

だけど敦賀さんは私の予想を上回る言い方でいろいろ、の内訳を告げた。
そんな直接的な…もう…だってそれは敦賀さんのせいで…。

未だにこういうことをすることにあまり慣れない。
といっても行為そのもの、というより、私が慣れないと思っているのは、
こういうことをしている時の自分について、なんだけど。
やっぱり、すごく恥ずかしいの…!
気持ちよくないとか、したくない、とかそういうわけじゃない。
普通に…今日はなんとなくしたいかも、とか…ときどき思うんだけど、
どうしても恥ずかしさのほうが勝っちゃってて
お誘いを受ける時なんか、多分すごくぎくしゃくしてるんじゃないかと思うの。

「そういうキョーコを知ってるのは、俺だけなんだよなあ、って思うとたまらない」
「……敦賀さんだって」
「うん、だから、キョーコも同じように思っててくれてたらいいな」

思ってます、よ。
さっきもそんなこと、考えてたもの。
敦賀さんが少し顔を歪ませて、気持ちよさそうにしてたら、
それだけで自分の身体の温度が上がっていってしまう。
態度がぎくしゃくしてるかもしれないけど、敦賀さんとするのが好き。
今、こういうことを敦賀さんとできるのは私だけだ、って思ったらそれがすごく嬉しい。
私だけができるんだ、っていう優越感よりも、
ただ純粋に、好きで好きでしょうがない人とそうなれる、ってことが嬉しいんだと思う。

「嬉しいです」
「うん」

私がぽつりと言うと、敦賀さんが嬉しそうに笑う。
いつも思うけれど、敦賀さんの一挙手一投足が私をものすごく揺さぶるの。
敦賀さんが笑うと、つられて自分も笑顔になる、だけじゃない。
10倍返し、みたいになっちゃう。
今の状態で言うと…身体がすごく鋭敏になってることもあるから…
また…してもいいかな、とか…そんなとこまで思考がいっちゃうかも。

「キョーコ」
「はい?」

まだ、いいかな、と敦賀さんが問う。
いいですよ、と言葉にするかわりに、こくりとうなずいて見せた。
話をしていた時にはあまり考えなかったけれど、改めてそういわれると、
途端にそれ、の存在感が増すからヘンな感じ。
一度熱を放出していて、それほどではないにしろ、やっぱり普段とは違うもの。
“敦賀さん”が、よくわかる。

自分ですら触れない場所にただ1人、敦賀さんだけを許すということ。
こういう体勢でいることも本当は信じられないくらいなのに、
2人でこうしていると、まるでそれが一番自然なことのように思える。
ずーっと、こんな風に身体を繋げていたら、いつか本当にぴったり、何の違和感もなくなるのかしら。
しばらくの間、ぼんやりとそんなことを考えながら小さくキスを繰り返したり、互いの髪に触れたり、
そんなことを繰り返していた。

「もういっかい……」
「え……」

かすれた声が発したその意味を正確に理解する前に敦賀さんの手が動く。

「んぁ…ん…」

胸に触れた手をゆっくりと回して、親指がその尖りを攻めはじめる。
そうされるのが好き……なのかな……とにかくそうされると弱い私があっさりと声を上げると
もう片方の手が下腹をかすり、さらに下へとたどり着いた。

繋がったままの部分に指か何かを沿わせてしばらくなでていたかと思うと、
ピンポイントでそこ、に触れる。
瞬間、身体の回路が切り替わって、内にいる敦賀さんを締めつけてしまう。
そうすると彼のかたちがよくわかって余計に、
今まさにひとつになっていること、そしてもともとは別々のものなんだということが、身体全体に刻まれる。

「ああっ…ん、っ…ふ…」

触れられてる“芽”から感じられる直接的な快感、圧迫されている内側の感覚、
身体をすべる敦賀さんの手、絶えず触れる毛先、同じなのに違う肌、
なにもかもがぐちゃぐちゃに、意識の中で混ざり合っていく。

飲み込まれる、といったら本当にその通りなんだけど、
思うツボなのもなんとなくシャクな気がして、身体が向かう方向とは逆になんとか意識を保っていようと、
してみたり…ムダな努力かしら…

「気持ち、よくない…?」

さっきよりもっともっと、恐ろしいくらいの色とか、隠そうともしない欲情とか
そういうモノを含んだ声がそんなことを私に言う。

ううん、ちがう。
よすぎる…くらいなのに…

こんな風に気持ちいいのは…何度でもしたいと思うくらいの快感は…誰とでも一緒なのかしら。
この問いに対する答えは私にはわからない。
そして多分わからなくてもいい、答え。
ひとりしかいない、んじゃなくて、ひとりだけで十分…。
きっと敦賀さんじゃないとこんな風にはなれないし、なりたくないと思う。

確かに身体が昇りつめたがってて、考えがひどく散漫になってる。
頭のほうは今考えてもあまり意味のないことを考えようとして、まるで禅問答のようになってて…

ゆるゆると律動を始めていた敦賀さんが、ふと止まる。
中途半端はかえって興奮を高めてしまうと思うのに。
はあ…はあ、と、微かに息を吐く敦賀さんを見ただけでも、
私の身体は悲鳴をあげるように収縮を繰り返してる。

敦賀さんに触れられて気持ちがいい。
抱かれて、めちゃくちゃにされて気持ちがいい。
でも「気持ちがいい」という言葉の間に、見えない何かがある気がして…
だって例えば敦賀さんが直に胸…とか下腹部に触れたら気持ちよくなる。
けど、ただ抱き合ってる時だって、手を繋いでる時だって
言葉にするならきっと「気持ちいい」状態なんだと、思うの。

あれ…私、何が言いたいんだろう。どんな答えが…欲しいんだろう。

敦賀さんの唇が微かに動く。
え…なに、言ってるの…?

「初めて、なんだ」
「え…?」

敦賀さんのいわゆる“初めて”が、私じゃないことはもちろん知ってる。
私にしてみたら敦賀さんが初めての人、だけど
そういうズレがあることをずるいとか、そんな風には思わない。
出逢う前のそれぞれの身の上は、今となっては覆せないことだし、
いろんな出来事とか経験が、敦賀さんと私を形作ってるんだから。

…ほんとよ?

「我慢が…きかなくて」
「ん」
「いつでも欲しいって思ってて…君のことを」
「ん…」

敦賀さんの紡ぐ強烈な言葉に全身が粟立つ。
どうしよう。すごい殺し文句だ。
こんな時にそんなことを、その声で言うなんて反則よ…敦賀さん。

「……矛盾、してるか、な」
「む、じゅん?」
「大事にしたい…のに、いつもこんな風にしかできなくて」
「ううん…」
「ごめん」
「敦賀さん、それはちが」
「世界が……君と、それ以外…みたいで」

搾り出すように、うめくように敦賀さんが放ったそのセリフは、少し間を置いて私に入ってきた。
なんとなくかみ合わない言葉のやりとりが、そこでぴったりと合わさったみたい。
きっと敦賀さんも、違う次元で私としてるセックスのことを考えてたんだ。

私はね…敦賀さん、ただ、敦賀さんとこうしてることの意味、みたいなものを
より深いところで考えてただけ。
いつもあんまり気持ちよすぎるから…もしかして自分は身体にひっぱられちゃってるのかな、とか、
そんな、言ってみればバカみたいなことを…考えてた。

敦賀さんとするのがヤだ、とかそういうんじゃないの。
とにかく恥ずかしいって、ただそれだけで…無理矢理だとか
敦賀さんがしたがるから仕方なくとか、そういうんじゃないの……

ごめんなさい、言わないから…わからないわよね。
敦賀さんも同じように言葉が必要なんだって…どうしてわからなかったんだろう。

態度でわかってもらえてるとか、そんなの私の甘えに過ぎなくて
敦賀さんとしたい、って思ってるだけじゃ、実際の敦賀さんにははっきりとはわからない、のに。

「身体が目的じゃ、ないんだよ?」

うん……うん。敦賀さん。そうだよね。
今に至ってもまだそんなこと言わせちゃうなんて。
私は…あなたが目的なの。
身体が気持ちいいってだけじゃない。
敦賀さんとしてるってこと自体が、気持ちいい。
さっきよりもずっと、はっきりとわかる。
敦賀さんだから、触れられたところも、それ以外も、強く反応してるんだ、って。

相手が敦賀さんだってことが、強烈なくらいにわかってるから、
ひとりだけだから、慣らされてるから、身体が憶えてるから。
セックスをしたい、のと、敦賀さんとしたい、のは別物で、
私がいつも感じてるのは、敦賀さんとセックスをしたい、ってこと、なんだ。

「キョーコじゃないとダメなんだ……って…」

あなたも、同じだってこと…よね?

同時に、ごめんね、と耳元で声が響く。
そう言った彼の気持ちを考える暇もなく、敦賀さんがまた動き始めた。

今日、最初にした時よりも少し強めに、だけど緩急がつけてあって
そのどれもを私が悦んでるのがよく、わかる。

抜かれる時はゆっくりと内側をえぐる感触にゾクゾクさせられて
そうかと思うとまた一気に貫かれて、頭の奥までがしびれて
動くリズムと呼吸のタイミングが合うと身体に響くベッドのきしむ音が大きく聞こえてきて
声にならない声が増えてきて白いキラキラした波に覆われていくようにまぶたの裏が明るくなってきて
男のひとを身体の内側で感じることを私に教えたのは誰あろう敦賀さんで
他の人とすることなんて考えさせる暇もないくらい私を埋め尽くしてしまうのも

敦賀さ、ん――……で―─……


「もう…ひとりできもちよさそう、なんだから…」

次に目を開けたら、敦賀さんが気持ちよさそうな顔で目を閉じていた。
ひとりで夢の中に行っちゃって。
でも…それも、嬉しい。

何をするか、よりも重要なのはきっと、誰とするか、ってこと。
……少なくとも、私にとってはそう。
誰、の選択肢ももうなくて、敦賀さん一択だけど、敦賀さんとすることが一番気持ちいいんだ、と思う。
身体の気持ちよさとココロの気持ちよさのバランスが取れてる。
だってそうじゃなきゃ……こんな恥ずかしいこと、しようなんて思わないわよっ…
こんな……は、はいったままで私にしがみついて眠ってるとか……
何度もあるけど…もう……どうしたらいいのよ…っ

「つ……るがさん、あの…」
「ん…………ごめん」

目を開けた敦賀さんに声をかけたら、反対にかすれた声で「信じてくれる?」と訊かれた。
信じてますよ?何もかも……
今更何をって……あ。

「キョーコじゃなきゃ、こんな風じゃないって」

ものわかりのいいことを言っていても、
敦賀さんの口からの過去の女のひとを思わせる言葉は、
やっぱり聞いていてあまり気持ちがいいとは言えないはずだけど
照れくさそうなのと一緒にストレートな欲情をぶつけられると
それも悪くないかなあ、なんて。
ああ…そっか。なんだかんだ思っても、一番だって言われてすっごく嬉しいんだ私…。

「ん、んん…」
「まだとろとろ、だよね」
「も……っ、あん、あ、んん──…っ」

ごめん、を免罪符に、私の中でまたおおきくなった敦賀さんが
さんかいめ、の、メイクラブ、を始めてしまった。

メイクラブ、って言い得て妙な言葉だ、って思う。
身体と心と言葉で会話をしながら、愛について考えたり、理解しようとしたり、
形のない愛がちゃんと存在してることを確かめたり。
今日みたいにこれからもきっと、身体でセックスをしながら心の中を言葉で表現することで
私と敦賀さんは愛を確かめて、より強い絆でお互いを結び付けようとしていく。
セックスにそういう強い意味を持たせたいくらい、敦賀さんのことが、好き。

「ん、…あっ…あん…あ……や、だ…っ」
「だい、じょうぶ…だから」

どうしよう、何回もいったのに…何回でもしてたい、なんて。
こんなの今日だけのトクベツ、なんだからね?

……ね?

…わかってるのかな敦賀さん…っ

「あん、あ、やぁ…もぅああ……あ───……っ」


2010/05/15 OUT
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