わたしだけの -KYOKO

From -LOVERS

「京子ちゃん京子ちゃん、これ、さっき京子ちゃん持ってたやつだよね?」

撮影の合間、出番を待つ役者さん達の中に紛れて、
椅子に座ってぼんやりとしていたら、急にそう声をかけられて、慌てて振り向いた。
声をかけてきたのは、ドラマで私とお友達同士の役を演じている女優さん。
年が同じくらい…多分…だから、時々一緒にドラマに出たりする。

「どれですか?」

私がそう聞き返すと、隣に移動してきた彼女は、手に持った雑誌のあるページを私に見せた。
ちょうど、私が以前にCMに出たことのある化粧品メーカーの広告ページ。
雑誌の企画と連動しているようで、特集記事になっているみたい。
その中に、私が実際に使っているアイシャドウパレットが載っている。

「あ、そうです、これ。色も…あ、おんなじやつみたい」
「だよね?この前からちょっと気になってたんだけど、使った感じ、どう?」

コマーシャルに出ていたからというわけではないけど、
ここしばらくはずっと、ここのコスメを使ってる、気がする。
もともとデザインがかわいくて気になってたから、
最初にコマーシャルのオファーがきた時、とっても嬉しかった。
それがきっかけで、メーカーの担当の人とも仲良くなって、
私の手持ちの化粧品の中に、ここのものの割合が増えてきたの。

「あー、私次いかなくちゃ、ごめんね。ありがとう、京子ちゃん、また教えてね!」
「あ、はい、いってらっしゃ~い」

ここは売り上げ促進のチャンスかも、と思って、一生懸命プレスの人受け売りの技なんかを教えていたら、
今日は私よりも出番が多めの彼女が、スタッフさんに呼ばれて現場へ戻った。
それを見送った後で、もう一度雑誌に目を落とす。
私、少しはお役に立てたかな、なんて思いながら、しばらくこない出番を待って、
気まぐれに雑誌をぱらぱらとめくりはじめた。

普段ゆっくり雑誌を見る時間があまり持てないせいもあって、
読み始めたらページをめくる指がなかなか止まらない。
あ、このワンピース、かわいいな…でも、少し前に似たようなの買っちゃったし、とか
あー!これ、この間敦賀さんがおみやげにくれたお菓子…そっかあ…ここのお菓子だったんだ、
美味しいって言いながら食べてたから今度私も買ってみようっと、なんて思いながら
時間を忘れて読んでいて、ふと目に入ってきた写真に思わず手を止めた。

「あ…っと…敦賀さん…だ…」

めくったページの先に見つけたのは、敦賀さん。
インタビューと、写真で構成されているページなのかな。
普段の生活っぽく、っていうのが、テーマみたい。
少しラフな感じの服装で、柔らかな光の中で微笑んでたり、遠くを見たりしてる。

表紙や目次なんかをすっ飛ばして見ていたせいか、
いきなり飛び込んできた敦賀さんに少しびっくりしながら、
だけど、ゆっくりと読み進めることにした。

端から見れば、私がただ単に女性ファッション誌を読んでいるだけのことなのに、
自分の中にしまってある、敦賀さんと私だけの秘密がそうさせるのかな。
なんだか少しだけ…後ろめたい感じすら、覚えちゃう。
でも、やっぱり、思いがけなく顔を見ることができたからなのか、
後ろめたいのと同時に、心がほわーん、ってあったかくなった。

これ、私も前に取材してもらった雑誌、よね。
よく、雑誌の取材が、って敦賀さん言ってるけど、
そうよね、女の人にすごい人気があるもの…こういう女性向け雑誌にも、よく載るのよね。
人気があるのは嬉しいことだから、別にどうとも思わないけど、
さっき口から飛び出しそうになった心臓が未だに挙動不審。
実物の彼のことは見慣れているはずなのに、なんでこんなにドキドキしちゃうんだろう。
決して彼の見た目だけを好きになったわけじゃないのだけど、やっぱり相変わらず敦賀さんは素敵。
それに、この写真を撮ってるカメラの人がすごいのかな、静止画の敦賀さんが、今にも動き出しそうな感じ。

こんな感じの敦賀さんなら私だってよく知ってる。
敦賀さんのお部屋に泊まった朝、先に起きた敦賀さんがベッドの背にもたれて座ってて、
私が目を覚ましたのに気付いた時に私に見せてくれる、極上の神々スマイル、とか…
それぞれに別のことをしていて、ふと手を止めて敦賀さんの方を向いたら、
何かを読んでる横顔がすごく真剣で、見惚れた私に気付いた敦賀さんが、やっぱり
とっても柔らかく笑ってくれる、そんな笑顔が、ここにもたくさん載ってる。

って!

わ、わたし、何思い出してるの…っ
脳裏に蘇った記憶の、その少し先を思い浮かべてから
慌ててそれを追い出すように必死で振り払う。
ダメダメっ…ダメなの、今そんなこと思い出したりしちゃダメ。

自分に言い聞かせるようにして、もう一度ページに目を落とす。
敦賀さんがこちらを向いて微笑んでる写真、
雑誌の読者の人たちみんなに向けた笑顔のはずなのに、不思議。
こうやって1人きりで雑誌の中の敦賀さんと向き合っていると、
まるで私だけに笑いかけてくれてるかのように思えてしまって、
次第に、心の中が2人きりでいる時の敦賀さんでいっぱいになっていく。
…どうしよう、こんな笑顔見せられたら、逢いたくなっちゃうじゃない。

さっき電話したとこなのにな。
お昼休憩の時にダメ元でこっそり電話したら、
敦賀さんがすぐに出てくれて、ちょっとだけ、お話したの。
2人きり、普段どおりに話せるように、敦賀さんが場所を変えるのを待って、
少しだけ「恋人」の時間を過ごした。
耳に響く敦賀さんの声すらもとっても愛おしく思えて、
本当は本物にぎゅっと抱きしめてもらいたいところを我慢したの。
声を聴くだけじゃ物足りないって思い始めたのは、いつの頃からだろう…。
今は、とりあえず雑誌の敦賀さんで我慢、しなきゃ。

それにしても…敦賀さんってこんな風に何回も何回も雑誌に出たりとか、してるのよね。
バラエティとかも、出てるのよね。
なんだかちょっぴり悔しいな…
お仕事の時の敦賀さんも、プライベートの敦賀さんも、
みんな知ってるつもりだったのに、そうじゃなかったんだ。
ううん、厳密に言うと変わりないんだろうけど…でも、なんかちょっぴり複雑。
芸能人っていうお仕事だもん、わかってるつもり。
そして…こんな風に時折感じる複雑な気持ち、
どうしてそう思っちゃうかっていう理由も、ちゃんとわかってる。
要するに私、結構ワガママみたい。
この世に存在してる「敦賀さん」のことは、みーんな、自分のものにしたいって、
そんな感じなのかな。
こんな風に思ってるって知ったら、あの人はどう思うのかしら…呆れる?
それとも、いつもみたいに笑ってくれる?
きっと…そうよね。恥ずかしがる私を、微笑みながら抱きしめてくれる。

「京子ちゃん、準備お願いします」
「あ、はーい、今行きまーす」

不意に声をかけられて我にかえった。
というほどのめりこんでいたわけでもないけれど、
ちょっとだけ、敦賀さんとの世界に入ってしまってた「最上キョーコ」を
急いで「京子」と入れ替える。
よし、敦賀さん、がんばってきます。
心の中でそう呟いて、手にしていた雑誌を、少しだけ丁寧な動作で閉じた。
世間にたーくさん出回ってる敦賀さんの、ただひとつだけでも、
私にしてみたらどれも大切な敦賀さん、だから。

*

「えへへ…買ってきちゃった」

半分くらいしか読めなかったその中身も気になるのだけど、
思いがけず出逢えた敦賀さんを自分だけのものにしておきたくて、
さっきの雑誌をこっそり買ってしまった。
紙袋を胸に抱えただけで、なんだか妙にドキドキしちゃった自分が可笑しい。
俳優「敦賀蓮」の熱狂的ファン、って、もしかしたらこんな感じなのかな。
今まであまり考えたことはなかったけれど、
こんな風にして、今も日本のどこかで私と同じような…でもきっとまったく違う、
敦賀さんへの想いを抱えてる人がいるのかもしれない。
でも、私…私も、敦賀さんへの想いだけなら誰にも負けない。
世界で一番、誰よりも私があの人のことを大好きだって、確信してる。

もう一度、今度は確信を持って彼が載っているページを開いた。
さっきと変わらない、同じ笑顔。
スタジオで見ていた時と違って、今は1人でそうやって向かい合ってるせいか、
本当に敦賀さんが私だけに向けて笑ってくれてるみたい、に思える。
…そっか、そうよね、これも、私だけの「敦賀さん」なんだよね。
えへへ…。

好き、と、ドキドキ…いろんな想いが混ざった気持ちに後押しされるように、
敦賀さんが一番大きく、そして柔らかく微笑んでいる写真に、そっと唇を押し当てた。
紙の感触のキス。
だけど…私が抱えている想いが大きすぎるせいなのか、これも結構、ううん、かなり緊張しちゃう…。
…敦賀さんには絶対知られないようにしなきゃ。

心の中に増えた、わたしだけの敦賀さん。
そして…わたしだけの…秘密。
これくらいの秘密、あったほうが、ちょっぴりミステリアスよね?
大丈夫、ヘンな秘密じゃないもん。
だから、敦賀さんには絶対知られないようにしなきゃ。

ね、敦賀さん。



2007/07/29 OUT
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