「こんばんはっ」
聞き覚えのある声に振り返ると、彼女の姿があった。
もう夜もかなり遅い。
やっと今日のスケジュールも済んで、帰ろうかというところだ。
やっぱり今日もかなり忙しくて…くたくただったけど、
彼女の顔を見ただけで…笑顔になる自分が可愛くもある。
振り回されてるってことなんだろうけど。
「やあ」
「キョーコちゃんっ、今帰りなの?」
俺に続いて、隣にいる社さんが楽しそうに声をかけた。
2人の会話が続くさまを見ていると。
彼女の艶やかな唇に目が留まる。
―「これ、新製品なんですよ、まだ発売前だけどもらっちゃった」
別の商品のCM撮影時にもらったのだと、嬉しそうな彼女の手からそのグロスを取って
「塗ってあげる」
そう言って顔を上げさせて。
その自然な甘い香りとキラキラと濡れたように光る唇、
まるで誘うように少しだけ開かれたそれと、
俺を見つめる瞳に欲情して…
すぐに俺の唇で拭い去ってしまったっけ…。
多分同じものだと思う。
『どこでも、キスしたくなる。』
…そんなキャッチコピーだったか。
ああ、そんな濡れた唇で他の男と話なんかしないでくれ…。
ここから連れ去ってしまいたい衝動にかられてしまう。
それが例え、自分と彼女をよく知る気のいいマネージャーでも。
*
数日前。
「今日は私に…させて」
舌をのぞかせながら…屹立した俺自身にそっと口づけたその唇。
生々しい記憶がぱっと脳裏に浮かんで、どくん、と脈打ってしまう。
巻きつけられる生ぬるい舌。
わざとくびれのところにひっかけるように戯れに動く。
先端をくわえ込むようにして上下に伝う薄く開かれた唇が、
次第に先走りで潤んでいくのがわかって…
目を閉じたり、こちらを上目に見ながら、
まるでアイスクリームか何かを舐めるように丁寧に全体に口をつけていく。
美味しいとはいえない、その先走りもためらいなく舌で舐めとり、
ぴちゃぴちゃと音さえ立てて、飲みこんで。
そのうち我慢できなくなった俺が、彼女に口をつけて唇で包むように舐め始めても
びくびくと跳ねる身体とは別に動き続けるその唇と舌とにまったくいいようにされて。
ねえ…気持ちいい?
そんな声さえ聞こえてきそうで。
その小さな唇で驚くほどに俺を翻弄する…あんな彼女は初めてだった。
彼女のその場所に沈めるのとは、全く違う種類の快感を与えられて。
それだけじゃない。
あの日は最初から彼女にさんざん弄ばれてしまって。
ベッドに縫い付けられるようにして手を絡められると
「いいって言うまで…じっとしてて」
そう告げられて始められた行為。
一方的に攻め立てられるような口づけ。
離れた唇が身体中を這い回り、下腹部に伸ばされた細い手は
煽るように俺自身を愛撫して…それから…口で愛されて。
放ってしまいそうになり、やめさせようとした手は掴まれて
指までも口に含まれて、甘噛みされて舌でなぶられて。
指先に感じるぬめった塊が、ざわざわと背筋をなぞる…
這い登る快楽…。
*
…たまらない。
上目遣いで妖艶に微笑む彼女の映像が浮かんで思わず頭を振る。
「敦賀さん?」
問いかけに目を開くと、いつもと変わらない無邪気な顔。
―「私に舐めさせて」
同じ唇に目の前がくらくらする。
俺を翻弄した唇…
そして絡みつくようにゆっくりと動かされた細い指先。
欲しい。
つ・る・が・さ・ん…
そう紡ぐ唇の軌跡を見つめているだけで、喉が渇くのがわかる。
ここが人目につくところじゃなきゃ…。
鼓動が全身を駆け巡る。
*
「あっ…あ、んっ…ああっ…やあっ」
あの後、いつになく追い立てられた俺に貫かれて
その甘く上ずった声で啼き続ける彼女を…壊してしまいそうになった。
彼女が達した後も、何度も…何度も。
「も、ダメ…ぇ…っ、あ、ま、また…ああっ、やっ…あんっ…」
「まだだよ…」
首にしがみつこうとする腕を払い、繋がったまま身体を後ろ向きに、
そしてベッドにうつ伏せにさせる。
すでに2、3回は達している敏感な身体をさらに貪るように
四つんばいにさせて、後ろから攻め立てていった。
背中に口づけて、右手で彼女を支え、左手で胸を弄ぶ。
しばらく刺激から解放していた乳首を指で捏ね回すと、
不意の訪れに、俺のリズムに合わせて上がっていた声が不規則に揺らめく。
自身を懸命に支えて耐えていた肘が崩れ落ち、
腰だけを高く突き出してがくがくと踊るその身体のなだらかなラインは、
見ているだけでもとかく扇情的で。
今…どんな格好してるかわかってるの?
俺を誘ってるんだよね…?
…そんな声出して…もう…キョーコはやらしいな…
聞こえるか聞こえないかの声で囁くと
快感に潤んだ瞳で恨めしそうにこちらを睨む彼女。
「お…お…ねが…イジワルしないで…っ…あ、ああ、や、あ」
「イジワルじゃないよ、気持ちいいよね…?」
感じきって、快楽の淵を行ったりきたりし続けている彼女の身体を
抱きかかえて、膝立ちにさせる。
支えている俺の腕をぎゅっと握り締めて
半ばめちゃくちゃになってしまっている彼女を際限なく攻め立てて。
何度も呑まれそうになった末の最後の強烈な締め付けに自分を放つと、
受け切れなくて小刻みに震えている彼女がぐったりと倒れこんでしまった。
その背中にそっとキスを落としながらなだめるように髪をなでる。
あんなに攻め立ててぐちゃぐちゃに汚してしまったのは初めてで…。
我を忘れるほどにのめり込んだ快楽を追い求める行為の果て、
彼女と同じように息を大きくつきながら…考えていたのは…
―ぞくぞくするくらいに満たされていく…独占欲。
*
「ん、れん、おい、蓮?」
「あ、ああすみません、何ですか?」
社さんに名前を呼ばれて我に帰る。
疲れてるとはいえ、何を考えてるんだ、俺は…。
「キョーコちゃん、帰るところだって。送っていってあげるだろ?」
「ああ、はい」
「いつもありがとうございますっ」
社さんを先に降ろして、そのまま彼女の家へ向かう途中。
暗く人気のないところに車を停めた。
暗黙の了解のように、彼女が助手席へ移ってくる。
ドアを閉めた後、絡む視線が俺にキスを促して…口づけた。
彼女も引かれるように俺の方に身体を寄せる。
目を閉じる瞬間、街灯が映り込んで光を放つ唇が目に入って。
さっきの…記憶のフラッシュバックのせいで、身体が熱を持ち始めていた。
首に添えられる手。キスに応じて柔らかく変化する唇。
このまま…連れて帰ってしまいたい。
「…キス、したくなりました?」
唇を離した瞬間、彼女がいたずらっぽく笑う。
「え?」
「このグロス、どこでも、キスしたくなる ってコピーだから、ほんとにそうなのかな、って」
びっくりして二の句を継げないでいると
また新しいのもらったんです、こっちはルージュだけど似たような感じなんだって、
と、カバンから嬉しそうに取り出す恋人。
まったくこの娘は…。
さっきの「あれ」が全部そのグロスのせいだっていうのか?
そんなわけないだろう…。
…俺にあんな想像をさせる元は全部君自身なんだけどね?
だけど、彩られた唇に端を発したのも事実だから…してやられた感がないわけでもない。
こうやって、女の子は彼氏の気を引いたりするのかな。
君にはそんな必要ないよ。
いつだって俺を捉えて離さないんだから…。
ふと思い浮かび、掴んだ手のひらに口づける。
そのまま舌で少しだけ舐め上げてみるとびっくりしたようにこちらを見る彼女。
「じゃあ…キョーコが責任、取ってくれる?」
君が火をつけた。
もう止まらない…。
だから。
また…2人で溺れよう?この前、みたいに。
2005/09/07 OUT