幸せな、駆け引き -REN

From -LOVERS

「さっきの続き、話して?」

2人きりで、俺の部屋で、食事の後で。
後片付けも2人で済ませた。
彼女を遅くならないように送っていくタイムリミットまでのほんのささやかな時間。
膝の上にちょこんと座る彼女を腕の中に留めておいて交わす会話はこんな風にとりとめもない、こと。

「ん、それであの後私の撮りは終わったのに監督さんがね…」

今日は彼女の表情が明るい。いつもと同じ。
落ち合って車に乗り込んだ後、俺を呼ぶ声もまるで歌を歌うように軽やかで
焦れた俺が唇をふさぐのも何の抵抗もなく。
離した後で、ちょっとだけご機嫌斜めになったけれどそれもすぐに元通り。
部屋に着いて食事の用意をしている時も、今日の出来事を話してくれた。
それはそれは楽しそうに。

少し前に逢った時にはなんとなく浮かない表情をして、言葉もなんだか少なくて。
ああ、何かあったんだろうなとは思ったけれど深追いもせずに
ただ2人で時おり他愛のない言葉を交わし、互いに触れたりしながら過ごしたっけ。
髪を撫でてみたり、身体のいろいろなところに唇で触れてみたり。
そのうちに気持ちのほぐれてきた彼女がぽつりぽつりと気持ちを紡ぎ始めると、
俺はただ黙ってそんな彼女のことをそっと抱きしめる。
彼女のことを余すところなく知りたいと思うようになってから
俺は彼女の纏う雰囲気を読むことにも長けてきたみたいだ。少しなら自信もある。

身体を繋げたり、言葉を交わすのも好きだけど、
こうして彼女が自分のことを話すのを聞くのもとても好きだ。
離れている間の俺の知らない彼女のことが少しだけ見えてくるような気がするし、
彼女のことは何でも知りたいという俺の欲求も少しは解消される。
そう。
確かに彼女が楽しそうに話して笑う姿はとても可愛くて、
そんな様子を見てるだけでも十分満たされるんだけど、
こういう風な時間を持ちたい第一の理由は、
俺の隣にいない時の彼女が気になって気になって仕方がないから。
本当はもっともっと根掘り葉掘り聞きたいのを我慢したりも、してる。
心配で、たまらないから。
君はただでさえ無自覚に不必要に愛嬌を振りまいているのに、
自分がそういう目で見られることにはまったく無頓着で。
俺がどれだけ、君はそういう対象で見られることが多いんだから気をつけるように言ったって
効果があるようには思えない。
俺が一緒にいるところでなら、いくらでも牽制できるけど、
さすがに四六時中そういうわけにはいかないんだから…。

だけど、あんまりうるさく言って彼女を怖がらせたり怒らせたりすることもしたくない。
君の魅力がそんなところにあることだってちゃんと知ってる。
何しろ、世界で一番君に惚れてる自信のある俺がそう思うくらいなんだから…。
君にはなるべく、そんなマイナスの感情からは遠いところにいて、笑ってて欲しい。

「敦賀さん、聞いてます?」
「…聞いてるよ?」

こうやって過ごす夜の時間は、
それを彼女に悟られないようにしながら誘導尋問できる唯一の時間でも、あるんだ。
完璧な俺の自己満足。だけどこれは、多分やめられない。
君のことが好きで好きでどうしようもないからだと言えば、わかってもらえるかな。

キョーコ。
俺は君の目が無意識にうつすものにすら嫉妬できてしまうんだよ。
だけど、いつまでもそんなことじゃ、ダメなんだと自分でも知っているから…
君の口から、俺のそばにいない間の君の事を聞きたいと願うのは、
そんなところにいる俺の、些細な望みのひとつ。
君は嫉妬深い俺のそんな気持ちに気づいてはいるけれど、嫌な顔はひとつだってしなくて。

だからキョーコ。
できるなら、このまま気づかないふりをして、心配性な俺を少しでも安心させて…?
君のことがとても心配だけど、決して君自身を疑ってるわけじゃ、ない。
だって、君の口から出る言葉なら、俺はどんなことだって信用できるから。

「あ、もうこんな時間なんだ。そろそろ帰…」

こちらを向きながら済まなさそうに呟く唇を塞いでみた。
帰るなんて言わないで、もう少しだけ一緒にいよう?
身体を回転させて、あらためて向かい合う。
それから、頬に手を伸ばして耳の後ろに指を差し込む。
両手で彼女の頭をかき抱きながら、触れる柔らかな髪を弄び
再度、キスを求めて顔を寄せた。

唇をなぞり、舌を滑らせて、もっと奥で繋がりたいと願う。
繰り返し繰り返し、離れてはまた重なり合う。
次に逢う時まで、俺の感触を覚えていてもらえるように。
言葉で表しきれない想いのひとかけらでも多く、伝えられるように。

俺は、君に対してはひたすら不器用で、
ただ君を好きな気持ちだけでいろんなことが動いていってしまう。
世界が君を中心に回っていて、何よりも、自分よりも君が大切で失くしたくなくて必死で。
端から見れば多分それはすごく格好の悪いことだ。
いろいろな感情を巻き込んで、蛇行しながら進んでいく。
見た目はいいくせに乗ってみたらとても立て付けの悪い車みたいに。
でも…きっとその隣ではきっといつも君がニコニコしながら前を向いていて、
ときどき、俺の方を見て微笑んでくれるに違いない。

…悪くない。
悪くないどころか…多分とても幸せだろう、そう、世界で一番。
君の事であれこれ考えたり悩んだりできることこそが、一番の幸せ。

君との会話は、この世で一番甘くてとても幸せな…そして終わらない駆け引き。



2006/08/07 OUT
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