身体を寄せ合って手を繋いで、おしゃべりしながら歩いてる。
時々顔を近づけて、内緒話、なのかな。
その後2人で顔を見合わせて、同時に笑い合う。
移動の車の中から見つけた他愛もない風景の中に、幸せそうな恋人達。
いいな、すごく楽しそう。
幸せそう。
もし私達があんな風にして歩いてたら、やっぱり幸せそうに見えるのかな?
私と、敦賀さん。
…きっと、そうだ。
事情を知ってる周りの人たちにいつも同じこと言われてる。
ふふ。
だって私、敦賀さんといるだけで楽しい。
顔を見てるだけで、そばにいるだけで心臓は早く鼓動を打って、
それなのに居心地がすごく良くて、いつまでもこうしていたいって、
ああ、この人のことがとっても大好き…って、思うの。
不器用にしか甘えられなくてもちゃんとわかってくれて、
それで時々ちょっぴりイジワルで、だけど、本当に、優しくて。
でも、あんな風に手を繋いで堂々と街中では、歩けない。
どんなにラブラブで幸せでも、私達にはできないことがたくさんある。
それを、敦賀さんはいつも謝るの。
敦賀さんが一番気にしてる。
自分がこんなんだから、叶えてあげられないことだらけだ、って。
ごめんね、って。
それを聞く私は、いつも、謝らなくていいのに、って、思う。
敦賀さんのせいじゃないのに。
それでもいい。敦賀さんだけで、いいの。
ああ、だけど、今すごく敦賀さんに逢いたい。
…ねえ敦賀さん、今何してる?
おでこを窓にコツンとつけた。
流れる景色、カップル達がたくさん。
みんな、みんな、それぞれの大切な人と歩いてる。
すごく、逢いたい。
カバンから携帯電話を取り出した。
今日はまだ敦賀さんからはかかってきてない。
今撮ってる現場、すごく忙しそうだったから、多分そんな暇ないんだろうな…。
おおっぴらにはかけられないだろうし。
私も、今かけなかったら多分、仕事が上がるまでもうかけられない。
夜にはきっと敦賀さんもかけてきてくれる。
昨夜は逢った。キスをして、抱きしめてくれて、他愛のない話をして…。
逢えないことのほうが多くて、それでも昨日逢うことができて
これで1週間は大丈夫、って思ってたのに…もう逢いたくて仕方がない。
多分留守電。
それでもいい。
慣れた指が彼への回路を開く。
呼び出し音がすぐに、電話に出られないことを告げる音声に切り替わった。
やっぱり。
留守電でも、メッセージを残せば敦賀さんはできるだけ早く電話をくれる。
だけど、なんだか残せなかった。
最後まで聞かずに通話終了ボタンをそっと押す。
履歴は残ってるから、気付いた敦賀さんに何でメッセージ残さないの?って言われそう。
メールもできるから、そっちでも良かった。
いつもは、仕事中だと思えばメールを送るのに。
これからお昼ご飯なの、敦賀さんご飯ちゃんと食べてますか?
なんて。
今日は、メールもできない。
逢いたい、なんて突然送ったら、びっくりさせてしまうもの。
敦賀さんだけいてくれたらそれでいい、って思ってるのは本当のことなのに、
一方では、もし私達が街中を2人で歩けるような立場にいたら
「今すぐ逢いたい」なんてワガママ言っても、
叶えられるのかな?、とも思ってるなんて。
声を聞かれたら、敦賀さんに気付かれちゃうね。
なんか、おかしいって。
普通の人だったら。
普通って、なんだろう。
私達、普通じゃないんだよね。
秘密にしなきゃいけない関係。気付かれないようにこっそりと逢う。
それでも敦賀さんを手に入れることが出来て幸せなのに、ね。
大きく息をついた。
まだお仕事残ってるのに、こんなことばっかり考えてちゃダメ。
また電話しよう。
夜には多分普通に電話できる。
履歴に気付いた敦賀さんに怒られるとしても、今は上手く説明できない。
そんな気分。
*
「もしもしキョーコ?着信あったのにメッセージ残ってないし…どうかした?」
最後の仕事が済んで、控え室で着替えが終わったところに、着信音が響く。
仕事関係の電話も多いのに、なんだか不思議、多分敦賀さんだってわかって
それで電話に出てみたら、開口一番やっぱり…いつもとは違う彼の声。
怒ってる、わけじゃなくて…なんだろう。
少しだけ、沈んだ感じの、声かな。
「ん、何もないですよ。ただ、声が聞きたかったの」
「…そうか、ごめん。出られなくて」
ほらね、また謝ってる。
なんだか少しおかしくなって、こっそり笑ってしまった。
逢いたいって言えるようになった私…叶えてあげられないと自分を責める敦賀さん。
ねえ敦賀さん、謝って欲しいなんてこれっぽっちも思ってないのよ?
声が聞けて嬉しい。本当に、そう思ってる。
控え室に1人きり。
電話の向こうには大好きな人。
だからなのか、昼間に思ったことをきちんと伝えられそうな気がして口を開いた。
伝えたいのはいつだって、あなたといられることが嬉しい、ただそれだけなの。
「ううん、いいの。謝らないで?わかっててかけたの。
敦賀さん…今日ね、急に、敦賀さんと……手を繋いで外を歩きたいなって思った」
叶えられないこと。
わかってて、でもそう思って、あふれる気持ちが、電話にでられないあなたに電話をさせて
心配させちゃった。
「うん…………」
「敦賀さんいつも謝るでしょう?なんであんなに謝るのかな、って思ってた。
だって、それができないのは最初からわかってることなのに」
敦賀さんが敦賀さんじゃなくて、私が私じゃない。
そうだったら、あんなことも出来るのかな、って。
「でもキョーコ…」
電話の向こうで言葉を失ってる敦賀さんに、ゆっくり言葉を繋いでいく。
上手く伝わりますように。
何よりも…大切なあなたに。
「手を繋いで歩いてる人たちがすごく幸せそうで、もしああいう風に歩けたら
何しよう、目についたお店に2人で入ったり、いろんなことできるな、って」
でも、敦賀さんは敦賀さんで、私は私。
敦賀さんが敦賀さんだったから、私が私だったからこうしていられるって。
そうじゃなかったら出逢うこともなくて、多分、こういう風になることもなかった。
そうだよね。
「ごめん…」
私たちが出来ないことを出来る人たちがいる。
でも…私たちにしか出来ないことだって…いっぱいあるんだって。
だから、そんなに悲しそうに謝らないで?
「違うの…敦賀さんだけのせいじゃないからね。私だって…同業者だもの」
逢いたいって思う。
いつだってそばにいたいって…思ってしまう。
それも普通のこと。
敦賀さんも私に逢いたいって思うときには…
そうやって私に言うときには、きっとこんな気持ちになるのよね。
時々にしか逢えない私たちが、そんな気持ちになることだって、普通なんだよね?
「それにね、今はあんな風に手を繋いだりできなくても、2人で外を歩けなくても、
敦賀さんがいてくれたらそれでいい…一緒にいられたら、場所はどこだっていいって…わかっちゃった」
だって、それが私たちの普通で、私達のかたち。
そうだよね?敦賀さん。
敦賀さんは私にいろんな気持ちをくれる。
誰かを自分より大切に想う気持ち。
たった1人の人に、誰よりも逢いたくて仕方ないって思う気持ち。
そして、今は人前で手を繋いで歩けなくても、
一緒にいられるだけで、それだけでとても幸せだって…思える、そんな気持ち。
そう思える人にめぐり逢えたことが、心から幸せだと思える気持ち。
「敦賀さん…今度は、いつ逢えそう?」
次に逢えたときにもとびきりの自分でいられるように、お仕事がんばらなきゃ。
笑顔で逢えるように。
2人で過ごせる時間を心から愛おしいと思えるように。
2006/03/05 OUT