いつかその日がくるまで。-4 -REN

From -LOVERS

予想通り、俺の仕事の方が少し早く終わった。
その足で事務所に舞い戻り、駐車場で時間をつぶす。
いつもよりもずいぶんと緊張した気持ちで。
こんなに落ち着かないのは…久しぶりだ。
彼女とこうして逢うような関係になってすぐの頃を、思い出した。
逢えるという不思議な高揚感はいつものことだけど、
それに増して今日は…鼓動が早い。

自分の中での決心を固めたというだけでこんな風になってしまうのなら、
本当にプロポーズをしようかという時には
俺は一体どれくらいテンパってるんだろうかと、自分で自分が可笑しくなる。
上手く言えるだろうか。
そんなことを思いながらため息をついた。
何も、今すぐに、ということではないのに。

だけど。
手の中に握り締めた「想い」に、そっと口付ける。
決心も想いも、その時と変わらない位、強いものだから。

しばらくしてから出入り口の方を伺うと、
ちょうど彼女が小走りにこちらへ向かってくるのが見えた。
いつものように周りを少しだけ見回して、助手席へ滑り込んでくる。
ドアを閉めてから改めてこちらを見上げる恋人を抱きしめるために手を伸ばした。
次いで、彼女も俺の方へ手を伸ばす。

「キス、していい?」
「ここで?」
「ん」

いつもはこんなところで、と怒られるのだけど、
今日はその答えを答えを待たずに肩を抱き寄せると、
唇が重なる少し前に、彼女にだけ聞こえるように呟く。

「目、つぶって」
「こうですか?」

言われたとおりにしてくれる彼女にそっとキスをする。
ただ触れるだけ。何かの誓いにも似たそのキスの中で、
彼女の手のひらをこじあけて、チェーンに通した指輪を押し込んだ。
どうしても、これ以上上手い渡し方を思いつかなくて。

「もう開けていいよ」
「つ、るがさん…こ、れ…」
「もらって、くれるかな」

俺の言葉に弾かれたように、手のひらに乗せられた指輪と俺をゆっくりと交互に見やる。
驚いた顔をしている彼女の言葉を待たずに、手のひらから指輪とチェーンをもう一度手に取ると、
首に回して金具を留める。
指を伸ばしてそっと触れると、ペンダントトップに見立てた指輪がゆらゆらと揺れた。
思ったとおり、よく似合う。少しずつ、表情が緩んでいく。

ネックレスに仕立ててあるとはいえ、そのトップが指輪だと何かを勘ぐられたりするだろうか。
あえて刻印を入れることはせず、ただのシンプルな指輪のままにしておいた。
胸元に光る指輪を眺めながら、今まであまり考えもしなかったことが頭に浮かぶ。
これは確かにそういう意味を込めたものではあるけれど、
特に意味がなくても、指輪というだけで何かをややこしい見方をする人たちは
現に今でもちゃんと存在している。

「指輪、ですよ…ね」

中途半端に宙に浮いていた彼女の手が鎖骨に伸びて、
キラキラと揺れる指輪をぎゅっと握り締めた。
俯いている彼女の表情はよくわからない。
…「初めて」なんだ。
今までにもプレゼントとしてアクセサリーを渡したことはあるけれど、
それが指輪なのは、今日が初めて。
俺にとってもこれはかなり一大決心だったけれど、女の子にしてみればそれ以上なのかもしれない。
それとも、特になんてことはない、ただのアクセサリーに過ぎないのかもしれない。
どう思う?
君は…どう考える…?

「うん、普段はこうしていれば構わないかな…?よく、似合ってる」
「敦賀さん…どう…して…?今日…何か…」

尋ねてみたい言葉を飲み込んで、少し身体を離してからそう告げると、
それを遮るように彼女が口を開いた。

「俺と君が恋人になってから、469日目、だから」

微かに震えている彼女の声に答えたそんな言葉は、密室に近い車の中で短く響いて消えた。
…我ながらとんでもない理由だとは思う。
キリのいい数字でもないし、誕生日とか付き合い始めて○年とか、そういう記念日でも、ないんだ。
結婚を申し込もうと思って、なんて今は言うべきじゃない。
渡すまでにあれこれ考えて、どんな風に言おうか、頭が行き詰るほどに悩んで、
それでも結論が出ずにはっきりしたことは俺の決心だけ。

「…469日目だから?」
「うん」

本当は、違う。
でも、きっとそれも嘘じゃ、ない。
君と創り上げていく1日ずつが何かの記念日と同じくらい俺には大切なもので、
毎日に感謝したいくらいなんだ。
だから、469日分の「ありがとう」の意味も、ある。
俺を選んでくれてありがとう。そばにいてくれてありがとう。
好きになってくれて…ありがとう。
そしてこれからも君がそばにいてくれたら、
俺はきっとこの世で一番幸せな男になれる。

「…ありがとう、敦賀さん…すっごく、嬉しい…」

彼女が発した問い。
俺がその本当の理由を探している合間に顔をあげた彼女の、
その表情は、とても嬉しそうだった。

君は…そんな顔をしてくれるんだ。
ここが事務所の駐車場であることもわかっていて
おかしな理由をつけた俺のプレゼントの意味もきっとすぐに読み取って
そしてそんな風に、笑ってくれるんだ…。

どれだけ言葉を並べてもきっと、言葉以外から伝わることの方が多いに違いない。
だったら俺はありったけの言葉と、行動と心と、俺自身と。
持てる物のすべてを使って君に伝えよう。
言葉にできないくらいの、この、想いを。

「敦賀さん」
「ん?」
「これ、はめてみたら、ダメですか?」

も、もちろん人前ではやらないですけどっ、と、
顔を真っ赤にしながら彼女があわてて言葉を付け加えた。
そんな様子を見た俺のほうも、顔が少し熱くなるのを感じる。
ここが車の中で良かった…と思いながら、先ほど彼女の首にかけた鎖を外した。
指輪からチェーンを抜き、彼女の左手を取る。

いつか…そう、例えば、荘厳な雰囲気の教会の中で。
正面のステンドグラスから差し込む光に包まれながら、
白いドレスに身を包んだ君と向かい合う。
照れたような微笑みに負けないくらい笑って見せてから、互いに指輪を贈り、
そして永遠の誓いを済ませた後には人目もはばからず長い長い口付けを交わす。

何も言わず、だけど核心を持ってそっと左の薬指にはめた指輪を通して、
今までは漠然としか思い浮かばなかったが風景がはっきりと見えた気がした。
そう、いつかくる、そんな日のための、これはひとつの約束なのかもしれない。

「わぁ…ぴったり…ですね」
「うん、良かった」
「綺麗…」

指に光る指輪を窓から見える照明にかざしながら彼女がため息を漏らす。
予行演習くらいにしかなれないけれど、込めた想いは本物だから。
まだ言うべきじゃない、その言葉の代わりに、君へのありったけの想いを込めて…。
本当の指輪を贈れる日がくるまでせめてもの、小さな楔にでも、なれますように。

「キョーコ」
「はい?」

「いつか…ひとつだけ、俺のお願い、聞いてくれる?」

キョーコが少しだけ不思議そうな顔をする。
お願い、と言うのかな。
結婚してくれ、と頼むのだから、お願いと言ってもいいだろう。
今はまだ、その時じゃない。わかってる。
だけど、近い未来にきっと、俺は君にそうやって言うから。

「それも、今は秘密なんですか?」
「そう。その時が来たらまた言うよ。…ダメかな?」

「わかりました。じゃあ…私のお願いも聞いてもらっていいですか?」
「いいよ、何?」
「敦賀さんのお願いを聞くときに、言いますね」
「わかった」

彼女の言葉にうなずいてから、ゆっくりと身体を抱き寄せた。
思い切り挙動不審な俺の、最後のとどめとも言えるそんなセリフにも
彼女は微笑んでくれた。
こんな風に彼女を前にすると、作られたイメージとは程遠い、
ずいぶん情けない1人の男にしか過ぎないのだけど
俺が今のままの彼女で十分満足しているように、
彼女もそのままの俺を受け入れてくれる。

俺は、相手が彼女だからこんな風に上手くやれるのかもしれない。
好きで仕方がない相手が、この世でただ1人の自分の片割れでもあるなんて
どれだけ幸せなことなんだろう。

だから。もう離さないと決めた。
君にもそう言ってもらえるようにがんばるよ。

「そろそろ行こうか」
「そうですよっ…見つかったらどうするんですか、もう…」

助手席で少し怒った風な恋人に、大丈夫だよ、と笑ってみせる。
見つかったほうが手っ取り早い、なんて考えてると知れたら大目玉だろうな…なんて思いながら。

でも、それが今すぐでなくても、いつかきっと叶えてみせる。
イヤだなんて言わせないよ。君にそんなことを言わせないように、するから。
俺と同じように、君も、俺と一緒にいたいと思ってくれるように。

「今夜は…ずっと一緒にいられる?」
「…はい…っ」

彼女の笑顔にそっと問いかけた。
今夜だけじゃない。
これからも…ずっと一緒に、俺の隣にいてくれるかい?
その言葉を口に出して言える、そんな日が、くるまで。

そして、いつかくる、その日が過ぎても…永遠に。



2007/01/22 OUT
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