ソファでの情事が終わり、少しぐったりしている彼女をベッドルームに運んだ。
またソファで抱いてしまったな…なんて反省しながら、でもかなり満たされてしまう自分がいる。
決して欲望の赴くままに身体を交えているつもりはないのに
あの歯止めの効かなさは一体何処からくるのだろう。
焦り?嫉妬?
…だとしたら、本当に反省しなくてはならない。
マイナスの感情をこの関係に持ち込むことは、ナシにしなきゃいけないのに。
自分を落ち着かせるように目を閉じて、恋人の顔を思い浮かべる。
俺に向かって笑ってくれている顔。
口付けを交わした後、表情を伺おうとする俺をやんわりと押し返しながら
俯いて、頬を染める様子。
それから…2人で「して」いる時の、誰も見たことがないだろう
目が眩むほど色香を放つ肢体、俺の名前を紡ぐ熱を持った唇、
溶けていく瞳。
ああ…本当に君のことが好きだよ、キョーコ。
俺には、それだけが真実なんだ…。
強い想いの分、どうしても強い欲に引きずられてしまいがちに、なる。
ベッドに横たわる彼女の頬にキスをひとつ落とした。
無理を強いたかもしれないね、ごめん。ゆっくり休んでくれていいから。
添い寝をするように隣に寝転び、慌しく離れた身体を惜しんで、
投げ出された彼女の左腕に手を這わせた。
伝わる熱に陶然として目を閉じ、する…と手首の方に自分の手を降ろしていくと、
冷たい感触に行き当たる。
目を開けて確かめてみると、彼女の腕に乗っていたのは俺がプレゼントしたブレスレット。
俺が見る限りではあれからずっと着けてくれているらしい。
仕事の合間に出逢った時にもしてくれているのを見てとても嬉しかった記憶がある。
華奢な腕に納まっているシルバーの大きめなチェーンとハートのプレート。
そのブレスレットが大写しになっている雑誌の広告を
彼女が嬉しそうに見ていたことに偶然気付けたことが幸いして、プレゼントできたものだ。
あの時は、出演した映画が完成したお祝いに、と理由をつけていたから
彼女も少しだけ戸惑いながら、でもすんなりと受け取ってくれた。
だけど、自分には何もお返しができないのにと、小さく笑う様子を見て胸が痛んだ。
何も返すことができないなんて、そんなこと、ない。
俺を好きだと思ってくれるだけでいい。隣にいることを選んでくれただけで十分だ。
もっと言えば、君がこの世に存在していることだけでも、俺は救われる。
そのことは、俺がプレゼントするどんな高価なものよりも価値のあることなのに
彼女自身はそんなことには全く気付きもしない。
それが…彼女が、キョーコがキョーコであるゆえんなのだろうけれど。
照明を柔らかく返して光を放っているそのブレスレットを改めて見つめた。
本当ならばそんな理由がなくたって、衝動的に何かをプレゼントしたくてたまらない。
…もどかしい。
プレゼント攻勢が愛を測る尺度ではないことを知っていて
彼女が、それを嬉しいと思うよりも前に理由がないと辞してしまうこともわかっていながら
それでも何かをあげたいという気持ちが、いつも自分の中で鬩ぎあう。
彼女が好きそうなもの。欲しがっていたもの。似合いそうなもの。
自分の想いを込めたものが彼女の身の周りにあるということがすごく幸せなことなのだと
気付いてしまった俺は、もうそれを知らなかった頃には戻れそうもない。
だから、これをあげたときにとても喜んでくれた彼女を見て、俺もそれ以上に嬉しかった。
いつもの、喜ぶ顔が見たい自分の自己満足やや多めなプレゼントというだけではなく、
自分の一部を彼女に渡したのと同じくらいの意味を、そこには込めていたから。
彼女と想いを共有するようになってすぐに、1つの決心に行き当たった。
2人で生きていくこと。この先もずっと、2人で一緒にいられるようにと望み、願う。
そのために「結婚する」ということが必要なら、彼女とそれをしようと決めた。
現実にそれを彼女に向かって口にするのはずっと先だったとしても、
俺の気持ちはもう絶対に変わらない。
そして俺はいつしか、彼女に指輪をプレゼントすることを…考えるようになった。
想い合う存在がいるという印。
彼女は俺のものなんだという証拠を誰の目にもわかりやすく形にしたい。
俺がずっとそばにいると、君がずっと俺のそばにいてくれるという約束を、形にしておきたい。
それが横道に少し逸れたのが、ブレスレットだと…君は気付いてないだろう?
つける場所は指の近く。そして指輪ほどの意味を持って他人が推察することのないアクセサリー。
手首に形はまるで、愛しい人を優しく拘束するかのような。
チェーンに揺れるプレートには、2人の名前と小さなメッセージを刻印したかったほどだ。
自分の独占欲に半ば呆れつつ、これを見るだけでも俺はずいぶん幸せになれる。
他の誰もが気付かなくても、俺が隣で歩いてるのと同じくらいの想いが詰まった特別なものなんだ。
だけどそれくらいのことではもはや足りなくなっている自分がいることに、ため息をつく。
ことあるごとに、ずっと俺のそばにいて欲しい、と縋ってしまいそうになる。
軽はずみに誰とでもそんな約束をするはずがないと思いながら、
何よりも先に自分との約束を、その言葉を欲しがって彼女を困らせてしまいそうに、なる。
そんな俺が、突然指輪なんかをプレゼントしたら、君はどう思うだろう?
いつもみたいに、何も返せないのに、とすまなさそうに困った顔で笑うのだろうか。
それとも、その裏に隠されたものを読み取って…真剣に、悩んだり、するのだろうか。
俺を愛してくれているのだろう、多分。それはきちんとわかる。
だけど彼女が、自分でそれを受け入れるまでにとても迷ったことも、わかるんだ。
そんな感情を持つことすらしないと、自分に課していたのだから。
そして、無償の愛を向けられたことがないと彼女自身が思っていたことも、知っている。
未だに形を変えてふいに覗く闇。
翻弄されることももうないだろうけれど、その過去が消えてなくなるわけではない。
だから、余計に慎重にならざるをえない。
怖がっているのかも、しれない。
ああ、確かに、そうなんだろう。
だけど、そんなことで怖気づくわけには…いかないんだ。
俺は…君に伝えきれているんだろうか。
君を大切に思う人は俺だけじゃない。君を知る人全てが君の幸せを願っている。
俺が好きだ愛してると囁く言葉を、普段は嬉しそうに受け入れてくれていても、
それを心のどこかで信じられずにいるのかもしれないとしたら。
以前の俺のように、自分には幸せになる資格などないんだと…
誰かに愛されることなんてないのだと、人知れず思っているのかもしれないとしたら。
こんなにも君を…愛しているというのに。
愛しているという言葉だけでは足りないくらいに君を想ってやまないのに。
「君は…ずっと俺の隣にいて…くれる…?」
すうすうと眠る彼女の髪を戯れになでる。
呟いた言葉は疑問系だったけれど、自分の中に宿る想いが
それを決して疑問では終わらせないと、とうの昔に決めていたことを感じた。
君がまだ、自分が誰かに愛されるなんて信じられないと少しでも思っていたとしたら、
俺がそれを信じさせてあげる。どれくらい時間がかかったとしても構うもんか。
君が信じなくたって俺は現に君を愛してる。とてもね。
だから信じてくれないと困る。
そして、俺はもうきっと君がいなくては生きていけないだろうから、
そばにいてくれないと本当に、困るんだ。
君に指輪を。
いつかくるその日…永遠の約束を交わしあう日がくるまでの束の間の繋ぎでも。
せっかちで独占欲の強い俺の、少しの慰めだと、知っていても。
もう離さない。
次のステップに進むための勇気を…俺に。
2006/12/04 OUT