自分以外の誰かをあんなに欲しいと思ったことはなかった。
正直に言えば、自分のことにだって執着心みたいなものを感じたことはほとんどない。
だけど、彼女だけは違う。違った。
想いを認めてからずいぶんとひどくなっていった独占欲まがいの感情は
こうして世間で言う恋人同士になってからも、とどまるところを知らないみたいだ。
2人で過ごしている時はまだいい。
彼女がずっとこちらを向いていてくれる。
2人きり、お互いに向かい合って言葉を交わして時には触れて。
そんな時間が俺には必要だ。
腕に閉じ込めて、時間が来るまでくっついていたい。
体温から、表情から、仕草から、俺のことを想っていてくれるんだと確かめたい。
誰の邪魔も入ることのできない場所で。
何かで縛っていたいわけじゃない。
俺の所に戻ってきてくれれば、そばにいなくても俺のことを想っていてくれれば
それで構わない。
心の自由までは奪えないんだから。
生きていくのと同じ速度で彼女を愛していたい。
先走り過ぎて手のひらから零れさせてしまったりは、したくないんだ。
そうは思いながら…
やっぱり、彼女に言い寄る男に直接釘を刺せないのはストレス、なんだよなあ…。
関係を公表してるわけじゃないし、
早く公表したいという俺の希望よりも先に
やはり仕事上のイメージや、何よりも彼女の希望があってのことだから
俺だけの独断では決められない。
公表していなくても、彼女は俺の恋人であることに変わりはないんだし
今は今でとても幸せで仕方ない。
俺のことを好きでいてくれてると自惚れても許されるくらい、
彼女も行動や、時には言葉で想いを伝えてくれるし、こうやって時間も作ってくれる。
なのに、俺はどうしてこんなことで考え込んだり、してしまうんだろう。
今日たまたま事務所で見かけた恋人と、仕事が一緒だったらしい男と。
社さんに言わせれば、男の方には下心が見え隠れしていたという。
あの人は、なんでもそういう方向に持って行って俺を煽る習性があるから
話半分に聞いていたほうが賢いのだとは思うけれど、やっぱり心中は穏やかではない。
誰だって彼女にあんな風に笑いかけられたら、
俺が思うように感じるんじゃないかとか、深読みをしすぎてしまう。
以前から少し気になっていた、程度のことだったのが、
一気に進行するんじゃないか、なんて、どこまで俺は穿ちすぎなんだ。
「…なんだか難しい顔、してる。何かあったんですか?」
キッチンから戻ってきた彼女が、そう俺に問いかける。
その声に我にかえると、真剣にこちらを見ている彼女と目が合った。
ごめん、違うんだ。
大したことじゃ…まぁ俺にしてみたら結構大したことなんだけど
君には言えないね、こんなこと。
独り占めしたくて仕方ない俺が、心の中で駄々をこねてたなんて。
「なんでもない」
「ほんとに?」
「ほんとに」
マグカップを載せていたトレイをテーブルに置くと、
俺の近くにしゃがみこみ、手を取って彼女がじっとこちらを見上げている。
「何でも言ってくださいね?私だって、少しなら力になれるかもしれないし…」
どれだけ俺は真剣な顔をしていたんだろう。
考えていることは些細なことなのに、結果としてはこんなに恋人を心配させてしまっている。
「ごめん、本当にそんなんじゃないんだ。大丈夫」
「もー…いっつもそうやってはぐらかすんだから…」
安心させようとして微笑むと、少し困ったような顔をしてから、俺の隣に腰を下ろした。
その身体を抱き寄せてから膝の上にいつものように座らせて
すぐにキスをねだると、彼女が小さく抗議を始めた。
「はぐらかしてないって」
「はぐらかしてますっ…私なんかに話したってしょうがないって…んっ…」
しょうがないなんて、思ったことはないよ。話せることなら…聞いて欲しい。
だってキョーコ、言えると思う?
君を困らせるだけだ。俺以外の男と話をして欲しくないとか。
見つめないで欲しいとか、あんまり可愛く笑いかけないでくれとか。
困らせたいんじゃない。
ただ君のことが好きで、その好きな気持ちが暴走しがちなだけで…。
「思ってないよ、そんなこと」
「…ほんとに?」
ほんと。
君が想像してるようなことじゃ、ないんだ。
俺1人のワガママなんだから。
だから、信じて。
信じてもらえないなら…こうやって。
「俺のこと、信じてないんだ?」
「ちっ…違いますよっ、そうじゃなくて…んもう…」
赤くなったり、すねてみたり。
そしてもう一度重ねた唇を離した後、
恥ずかしそうに微笑みながら俺にぎゅっとしがみつく。
そんな様子を見ているだけで、さっきまでの微妙な感情が少しずつ薄れていく。
他のところでは見たことのない君のたくさんの表情を引き出すことができたら、
それが、君のことを一番良く知ってるのは俺だと自惚れさせてくれるんだ。
抵抗の止んだ身体に手をかけて、2人きりの時間により没頭するために
彼女がくれる感触以外のものを遮断した。
もやもやした心で向かい合うのは好きじゃない。
だけど…君はいつもいろんな方法でそれを吹き飛ばしてくれる。
今はそれに甘えていたい。何もかもを許して受け入れてくれる君に。
2006/11/26 OUT