「ごめんね、待った?」
「ううん、大丈夫ですよ」
「そう、じゃあ、今日はどこに行こうか?」
いつもの挨拶を交わして、それからキスをひとつ。
敦賀さんが車を駆る。
私は隣に座って、今日あったこと、逢えないでいた時間のこと、いろいろ話す。
いつもの、夜のドライブ。
「高いところ、行ってみようか」
「え?」
「夜景が綺麗で、人が少ないところ、教えてもらってきたから」
暗くてよくわからないけど、街の灯りや街灯に照らされて
時おり浮かぶ敦賀さんの顔は、多分とても楽しそうなんだろう。
「わぁ…すごい楽しみ」
告げられた行き先を想像して、今からワクワクしてしまう。
人が少ないって言ってたから…手を繋いだり、できるかな。
私もすごく楽しい。
毎日逢えるわけじゃなくて、それもほんの束の間。
周りに気取られないように注意して、それでも好きって気持ちが抑えられなくて
人目を忍んでしか逢えないけれど、それがとても幸せで。
「今日の仕事、どうだった?」
「今日はね…」
敦賀さんと離れてる時間はね、
今度逢ったらあれを話そう、これを話そうってたくさん思ってる。
なのに、おかしいよね。
2人でいたら、そんなことも忘れて、ただただ、あなたへの想いだけ。
そして、いつも密かに思ってること。
今一緒にいられることの嬉しさと、…この時間が終わることの寂しさ。
夜のドライブは楽しいけどちょっぴり寂しい。
逢える時間が楽しい分、お別れするのが悲しくて
こうして敦賀さんの隣に座った瞬間から
ドライブの終わりのこと、今度はいつ逢えるんだろうって
不安になる。寂しく…なる。
運転席に座る彼の横顔をそっと見つめた。
流れる灯りに照らされて映し出される表情がとても愛しい。
「どうした?」
気付かれたのか、敦賀さんが私の方を見て柔らかく微笑んだ。
暗くてよく見えないけど、でも多分いつもみたいに柔らかい、私の大好きな笑顔。
「ううん、何でもない」
「もう少しだから」
「ん」
欲張りになっちゃう。
気持ちが通じた頃はそれだけで幸せだって思えたのに
一緒にいる時間が増えれば増えるほどもっと、もっとって、願ってしまう。
大好きな人と想いを通じ合わせることができて、
敦賀さんも私を好きでいてくれて、それだけで本当に幸せなのに。
騒々しい街を抜け、車が緩やかな坂を上り始めてしばらく経った頃。
窓から見える景色が変わり、煌めく灯りが下の方に流れていく。
「ほら、着いたよ」
そう言って、敦賀さんが私が座る助手席の方に回ってきてくれる。
ドアを開けてくれたその手に掴まって車から降りると
眼下に広がる無数の煌めき。
「うわ…ぁ…、すっごい綺麗!ねえ、見て見て、つるがさ…っと」
「大丈夫、誰もいないから」
思わず大声で名前を呼びかけた私にそう言うと
敦賀さんは私の手を取ったままゆっくりとフェンスまで近づいた。
それから、後ろからぎゅっと抱きしめられる。
私も、身体に回された腕に自分のそれをゆっくりと重ね合わせた。
誰もいない。私たち、2人だけ…。
外でこうやって身体を寄せ合うことなんて数えることしかない。
そのまましばらく、身体をくっつけたまま、無言で夜景を見つめた。
同じ場所から同じところを見てる。
何か言おうとしたけれど、言葉が浮かばない。
ただ、このまま、時間が止まってしまえばいいのに。
敦賀さんのほうに身体を向けて、回した腕に力を込める。
胸に頬を付けて目を閉じる。
「キョーコ?」
不思議そうな声が頭上から降ってくる。
ごめんなさい。
せっかく私に見せてくれようとして、私と一緒に見ようと思って連れて来てくれたのに。
少しでも近くで敦賀さんを感じていたい。
しばらくして敦賀さんが身体の向きを少し変えた。
敦賀さんの胸に顔を付けたまま横を見ると、夜景が見える。
…そっか、見えるように移動してくれたんだ。
「だいすき…」
「…うん…でも…きっと俺の方がもっと大好きだと思うけど?」
少し楽しそうな敦賀さんの声。
…嘘ばっかり。私の方が、大好きで仕方ないもん…。
*
終わってしまえば短い逢瀬。
でも、かけがえのない時間。そうだよね、敦賀さん。
流れていく景色がやがて見慣れたものに戻っていって
敦賀さんとお別れするいつもの場所へと車が静かに滑り込んだ。
「じゃあ、またね。電話するから」
「はい、おやすみなさい。気をつけてね?」
車から降りる前にそう言い合って、お互いに名残惜しそうにキスをして
そうしたら唇を離すのが切なくて、離れた後は手を取って、
敦賀さんの胸にそっと抱き寄せられて。
私も精一杯身体を寄せる。もうちょっとだけ、敦賀さんの体温を手放したくない。
お揃いのものを増やしてみても電波で繋がる時間を増やしてみても
この距離には敵わない。
半径5センチ。すぐそこにある、同じ熱。
同じところに帰るのならこんな思いはしなくても済む?
だけど、次に逢えるとき、また敦賀さんのことを好きになる。
逢いたくて、逢いたくて、逢いたくて敦賀さんを想うたびに
次に逢える喜びが大きくて、愛しくて。
夜のドライブは、寂しくて、
でも、とても楽しくて、愛おしさでいっぱいに、なるの。
敦賀さんのことをいっぱい、好きに、なる。
2006/01/15 OUT