今日はどうしても、一緒に過ごしたい。
無理しなくていいよ、って言ってたし、
多分敦賀さんもいろいろお祝いしてもらうんだろうと思う。
でも…お誕生日なのよ?
ちょっと無理すれば逢えるなら、一緒に…いたいなって。
そう思いながら、時計を見たら、もう23時を回ってた。
お誕生日おめでとう、って、今日中に顔を見て言わなくちゃ。
いつものように、少し離れた目立たないところでタクシーを降りて
敦賀さんのマンションまで小走り。
ウイッグをかぶってとりあえず変装もしてみた。
まあ…私と敦賀さんが…なんて…多分誰も思ってもみないだろうけれど。
エントランスを抜けてエレベーターに乗り込む。
次々に切り替わる階数表示。
変わることのないスピードが、こんなときにはすごくもどかしい。
早く、早く…。
敦賀さんのお部屋があるフロアに着いたと同時に、駆け出す。
ドアの前で呼吸を整えて…よし。
チャイムを鳴らした後、キーを差し込んでドアを開けると…
「いらっしゃい、大丈夫だった?」
玄関まで出てきてくれた、恋人の姿が見えた。
ああ、良かった。間に合った。
「見つからなかったですよ?…多分」
「そういう意味じゃないよ」
「大丈夫、無理して来たわけじゃないし」
「息が上がってる」
「それは…ちょっと…走ってきたの」
「上がって?」
言葉を交わしながら、敦賀さんの胸に身体を潜り込ませた。
いつもするみたいに、ぎゅっと抱きしめあってから、敦賀さんが私を迎え入れてくれる。
今日は、いつもの何倍も、逢いたくてたまらなかったの。ねえ、敦賀さん。
自分の誕生日なんかよりもずっと、一緒に居たいって。
やっと触れられたその身体から離れたくなくて、腕を絡めてみた。
「それ、どうしたの」
「え?」
「髪」
「あぁ…ちょっと、変装…?」
くすくすと笑いながら、敦賀さんが私の頭からウィッグを取り払う。
顔が寄ってきて、おでこにキスされてしまう。
くすぐったくて目を閉じると、そのまま彼の唇がまぶた、頬に降りてきて…唇に。
「ん…」
また、リビングに入る前に、しちゃった。
2週間ぶりくらいのキス。
大きな手で頬を包まれるのも好き。
耳をそっとなでられて、鼓動が身体を駆け巡っていく。
まさか、こんなところでは…しないよね?
「も…ここまだ廊下じゃない…」
「俺の部屋には変わりないだろう?」
「そうだけど…」
リビングに入るとソファに並んで…と言うか、敦賀さんの膝の上に座らされて
そのまま至近距離で向かい合う。
こんなに近くで敦賀さんの顔を見るのは本当に久しぶりでなんだか照れくさい。
けど…すごく嬉しい。
敦賀さんと目が合って、柔らかく微笑う表情につられて私も笑って、それから。
どうしても言いたかった言葉を言うために、口を開いた。
「敦賀さん」
「ん?」
「お誕生日…おめでとう」
「ありがとう」
そのまま顔を寄せて、もう一度ゆっくりとキスをした。
唇の感触だけがそのまま伝わる、そんなキスも…久しぶり。
どんなキスだって、敦賀さんとなら。
「何日ぶりだっけ…?すごく久しぶりみたいな気がするよ」
「2週間ちょっと、かな?」
「今日は帰らない、よね?」
「…ん、泊めてください」
「良かった…」
「どうして?」
「帰るって言われても、黙って帰せそうにない」
私を抱きしめながら敦賀さんがそっと囁く。
もう限界なんだけど、と笑いながら言うその言葉だけで、私ももう限界かも、しれない。
逢いたくて逢いたくて。
ちょっと無理しちゃったけど、でも良かった。今日だけは、どうしても…2人が良い。
そう思いながら、抱きしめられたまま彼の服に顔を埋めていてふと、煙草とお酒の匂いに気付く。
「今日、パーティだった?」
「うん…早めに終わってもらえたけど」
「プレゼントたくさんもらった?」
「まだ事務所だよ、中身もわからないし」
「そう……あ、…あのね敦賀さん…」
「ん?どうした?」
プレゼント。
どうしようかずっと考えてたんだけど…私にあげられるものなんて、そんなにないもの。
きっとたくさんプレゼントもらうだろうし、敦賀さんは欲しいものは自分で買える。
お花だけでもと思ってたけど、今日に限ったらそんな時間もなかった。
現場で使ったお花をもらうこともできたけど、それは私が選んだものじゃない…。
私が、敦賀さんのためだけに、選んだものじゃないから。
「ごめんなさい…プレゼント用意してないの…」
「なんだ、そんなこと。キョーコだけで十分」
「だって…」
「いいから、本当に。そばに居てくれたらそれが一番、俺には嬉しい」
「ん…」
本当に、そうだといいんだけど…ああ、でも私は何か形に残るものをあげたかったの。
今の私にとっては、自分の誕生日よりもずっとずっと大切な日。
私にあげられるものを思いついたら、お誕生日じゃなくても、プレゼントさせてね?
だから、せめて今日はこうやって、私から…。
敦賀さんの髪に手を伸ばした。それから頬に手を添えて私の方から彼の唇に触れる。
目を閉じて、感覚の世界に飛び込んだ。
開いた唇の隙間から舌をそっと滑り込ませて、敦賀さんのそれに絡ませる。
「ん…ふ…ぅっ…」
自分から仕掛けても、結局彼のペースに持っていかれちゃう。
それで、いいんだけど。
しばらくお互いを食むようにして続けた交わりから解放された唇同士を透明な橋がつたう。
「毎日誕生日なら、こうやって君からキスしてもらえるのかな」
「もうっ…そんなのこっちの身が持ちませんっ…お誕生日は年に1回だから特別なのよ?」
「ごめんごめん、だって…キョーコからキスしてくれるなんて滅多にないし…」
って、俺が我慢できずにしちゃうだけ、かな。
そう言って敦賀さんが私の頬に唇を寄せた。
「何か、欲しいものないですか…?して欲しいこととか…ない?」
「だから、こうやって居てくれるだけでいい…もっと普段からさっきみたいに積極的だと嬉しいけど」
今ここでしてあげられることがあったら、なんでもしてあげたいな。
今日は敦賀さんがなんだか可愛く見える。
可愛い…あ!…ちょっと、思いついちゃった。
「じゃあ…こうやって…これはどう?」
積極的云々は聞かなかったことにして、敦賀さんの膝から降りる。
すぐ隣に腰を下ろしてから、不思議な顔をしている敦賀さんをぐいっと引き寄せて
その頭を私の膝の上に乗せた。
「膝枕…」
「です」
「なんか、今日は…嬉しいな、初めて?だね」
覗き込む私の顔に手を伸ばしながら、彼が嬉しそうに微笑んでくれた。
こんなの、普段はちょっとできないけど…でも喜んでくれてる…私も嬉しいな…。
「いつも敦賀さんが私にしてくれるでしょう?」
「あぁ…」
「あれね…すごく好きなの……」
言っちゃった。
でも今日はお誕生日の魔法かな、なんでも出来そうな気がする。
敦賀さんのことをどれだけ大切に思ってるのか、いろんな方法で伝えたい。
「キョーコがしてくれるのは今日だけ?」
「…ううん…いつでもしてあげる」
「ほんとに君は…」
「え?」
「なんでもない」
「他にはない?…もうご飯は食べちゃったよね、私も食べたし…」
敦賀さんの頭に手を置いて、髪の毛をさらさらと指で梳きながら問う。
気持ち良さそうに目を閉じていた敦賀さんが、ぱっと目を開けて私の目を見つめた。
何か思いついたのかな。楽しそうに微笑みながら口を開く。
「じゃあ、ひとつだけ」
悪戯っぽく笑うその表情に、少しだけヘンな感じ…あれ?
「お風呂、一緒に入ってもらおうかな」
おおおおお風呂?い、いっしょ…に?お風呂に2人で?
思いもかけなかった展開。
ダメダメ。お風呂なんて一緒なんて無理っ…。
「恥ずかしい?」
起き上がって私をまた抱っこしながら聞いてくる敦賀さんの顔はそれはもうすごーく楽しそうで…。
「そりゃそうですよっ…」
「嫌?」
嫌って…敦賀さんが嫌なんじゃなくて…。
もう、よりによって一緒にお風呂なんて、今まで口にしたことも…あ、あったっけ…。
ででででもっ…恥ずかしすぎ。
何も着てないところを見られるだけでも…毎回顔から火が出そうなのに。
バスルーム、明るいんだもん…。
それに…ああやっぱりダメ…。
「やっぱりダメ?」
「つ、敦賀さんが嫌なんじゃないんですよ?」
「わかってる。…言ってみただけだよ、キョーコがあんまり可愛いから」
やっぱり楽しそうに笑ってる。
私も嬉しそうな敦賀さんの顔を見るのは大好き。
だから、そういう顔を見られるならいつでも、できることだったら何でもしてあげたいって思うの。
ででででもっ、…一緒にお風呂…なんて無理…恥ずかしいもん…。
……今日は敦賀さんのお誕生日……。
し…しょうがないなあ…今日だけ…なんだからね?
「わ…わかりました…少しだけ、ですよ?」
「…いいの?」
「でででも、敦賀さん先に入っててくださいね?」
「うん」
「…私が良いって言うまで見ちゃダメですからね…?」
「はいはい大丈夫、見ないよ」
「あ…泡のお風呂にしてもいい…?」
「仰せのとおりに」
私の答えに、これ以上ないっていうくらい満面の笑みを浮かべた敦賀さんは
用意してくる、と言ってバスルームに行ってしまった。
あんな無邪気な顔、するんだ…。
もう、なんだか今日は、ううん、今日も敦賀さんにやられっぱなし。
もしかして、また上手いこと丸め込まれちゃったのかな…。
…まあいっか…。あんなに嬉しそうな顔、初めて見たよ?敦賀さん。
*
敦賀さんが、お風呂の用意が出来たからと言って先にバスルームに消えてから5分くらい。
バスルームに繋がる洗面スペースで、とりあえず服を脱いだ。
鏡に映る自分を見て、改めて心臓がばくばくしてしまう。
セ、セックスするときよりもだいぶ緊張…してる。私。
やっぱり恥ずかしいよ…。もう…。
でも、一緒に入る、って言っちゃったし、敦賀さんすごく嬉しそうだったし。
お誕生日なんだし。
嫌じゃないの、ただ恥ずかしいだけで…。
えーい。
とりあえずバスタブに入っちゃえば、わかんないじゃない。
服を着てないだけで、いつもソファやベッドでくっついてるのと変わんない、よね?
泡のお風呂にしてくれてるはずだから、見、見えないしね?
「敦賀さん…入ってもいい?」
「どうぞ」
扉を少しだけ開けて中を覗き込むと、泡だらけのバスタブから敦賀さんが手を振るのが見えた。
「見ちゃダメですからね?」
「はいはい」
大きいバスタオルを引っつかんで、身体に巻くと、
敦賀さんが見てないのを確認してそうっとバスルームに入った。
湯気とバブルバスにする為に使ったボディーソープの甘い香りが飛び込んでくる。
外が寒いからなのか暖房もしてあったみたいで、お部屋よりも暖かい。
タオルを外してバスタブに脚をかけ、ゆっくりと中に浸かっていく。
「もう…いいですよ?」
「いらっしゃい」
そう言って敦賀さんが私の手を取ろうと手を伸ばした。
だ、だめ、そんな近くに来たら…
「やっ…ダメ…」
「じゃあ…俺がそっち行ってもいい?見ないから」
そうやって訊くふり。
でも私が答える前に敦賀さんがこっちの方に身体を寄せて
そのまま同じ方向に向きを変えて、私にもたれかかるように座りなおした。
あ…これならなんとか…。
「お湯、ちょっと熱めにしたけど、平気?」
「ん、平気…」
「緊張してるって顔だね」
「…だって…」
「やっぱり嫌ならもうやめようか?」
「ううんっ、違うの…嫌なんかじゃない…大丈夫…」
それから先は言うのをやめて、代わりに敦賀さんに腕を回してぎゅっと抱きしめた。
いつも後ろから抱きしめられてばかりだけど、こうやって後ろから抱きしめてみると
敦賀さんの身体の普段は見えない部分が見えて、なんだかそれがとても愛おしい。
身長がだいぶ違うから、普段はあまりできないけど、目の前に髪にそっと口付けてみた。
…大好き。
日に日に育っていく想いがあふれてきて、悲しくなんてないのになぜだか涙が出てきてしまう。
一緒にお風呂、まだまだすっごく恥ずかしいけど…でも…こうやって身体をくっつけてるのは…ほっとする。
やっぱりお誕生日のせい。それから多分、久しぶりに逢ったから…?
いつもの何倍も、敦賀さんのことが愛おしくてたまらない。
ありがとう、敦賀さん。
生まれてきてくれて、私のことを見つけてくれて、ずっとそばにいてくれて。
愛してくれて…。
「ありがとう…」
「え?」
思ってたことと同じ言葉が聞こえてきて、一瞬、私が自分で口にしたのかと思ったけど。
「今日はありがとう」
「そんなの…」
「すごく嬉しかった。こうやって、ワガママも聞いてもらったし」
「他に何も…してあげられないもの…」
「だーかーら、言っただろう?キョーコが憶えててくれて、祝ってくれたらそれが一番」
「んーー…」
敦賀さんのバカ…。
「ああもう…」
「だって…っ…」
「泣かないで」
「…うん…」
いろんな気持ちがぐるぐる混ざり合って、上手く言葉を繋げなくなって
その代わりに涙がぼろぼろと零れ落ちてしまう。
それを見た敦賀さんが困ったように微笑んで、私の顔に唇を寄せた。
いつの間にか向き合って、抱きしめられてたけど、もうそんなことどうでもよくって。
「本当に欲しいものは、お金では手に入らないんだ」
「え?」
「それに、俺はもう手に入れたから」
そう言いながら近づいてくる唇を見つめて、それから再び目を閉じる。
何度目かわからないくらい、今日はいっぱいキスしてる。
上手く言葉で言えない分、唇から伝わってれば…いいのに。
「そうだ敦賀さん、頭、洗ってあげましょうか」
「ああ、じゃあそうしてもらおうかな…」
いつでもあなたの嬉しそうな顔が見たくて。何でもできる気になるの。
知ってた?敦賀さん。
私にはあなたがいる、って、それだけで、私は何倍も強くなれるんだよ?
*
「…ねえ、敦賀さん?」
お風呂から上がって、ベッドの上で2人で並んで寝転がる。
もう日付が変わってしまって、敦賀さんのお誕生日は終わってしまったけど。
さっき…お風呂で…しちゃって、それからもう敦賀さんが離してくれなくて
今もほとんどぴったりくっついたまま。
お風呂の熱と、敦賀さんとの…熱が冷めないまま、ぼんやり。
少し眠たいけど、でも…まだなんとなく眠る気になれなくて。
「ん…」
「今までのお誕生日って、どんなことしたんですか?」
身体に触れられたり、頭をなでなでされたりしながら、敦賀さんの低い声が心地良い。
「んー…そうだね…社長が…なんだかんだ言って祝ってくれたかな」
「あぁ…そんな感じ。敦賀さんのこと特別扱いだもんね、社長さん」
今日も、多分社長さんがお祝いしてくれたのよね。
なんだかんだ言って周りの人に愛されてる。本人はわかってるのかな…。
「それは君たちもじゃないかな…」
「あんなの特別扱い…って言う?」
「うちみたいに大きな事務所だと、新人のうちは頻繁に社長に会ったり電話かかってきたりしないと思うけどね」
「それは…ほらあの…ラブミー部だから…かなぁ?」
気のせいか、敦賀さんの声が少しずつトーンダウンしてる気がする。
疲れてるんだ…。今日もたくさんお仕事して、社長さんに捕まって、それから私と…。
もう寝かせてあげなきゃ…。
「ラブミー部…ね…」
「もう、笑わないで」
「すごい色のツナギ着せられてね…」
「戦闘服としてはかなり上々だったのよ?」
「そうだろうね…」
頬に手を伸ばしたら、それをつかまれて、指先にキス。
微笑んで、また髪をなでられて。
そうこうしているうちに、敦賀さんからの言葉が途切れた。
「私、ちょっとカバン取ってくるね」
「あぁ、いってらっしゃい…」
「待っててくれる?」
「ん、待ってるよ…」
半分くらい寝てしまってる敦賀さんに、そっとキスをした。
おやすみなさい、敦賀さん。
待ってなくて、寝てていいからね?
私、お部屋の電気消してくるから。
リビングのソファに置いてあったカバンを持って、広い敦賀さんのお家の電気を消して回る。
キッチン、リビング、玄関も、それに繋がる廊下も。
そして、リビングを出る前に窓の外を見ると、眠らない街。
静かな部屋の中とは対照的で、その分、とても穏やかな気分でカーテンをそっと閉じた。
1日が終わっていく。
敦賀さんの家で1日を終えることはそんなに珍しいことでもない。
けれど今日は胸のあたりが微かに熱をもつ。
大切な人が生まれた日って、どうしてこんなに気持ちが優しくなれるんだろう。
今なら、ショータローにも優しくできるかもしれない。なんて。
敦賀さんが私と居てくれること。敦賀さんが楽しくお仕事できること。
敦賀さんに優しくしてくれる人たち。私が敦賀さんと居ることを喜んでくれる人たち。
すべてに、ありがとうございます、って言って回りたい。
そして、敦賀さんを私にくれた彼のご両親にも。
お母さん…敦賀さんのお母さんって…妖精の女王様…ふふ…。
もしいつか逢うことが出来たら…お礼を…言わなくちゃ。
敦賀さんを私にくれて、本当にありがとうございます、
彼を、せいいっぱい、大切にしますから、って…。
ベッドルームに戻ると、敦賀さんが静かに寝息を立てていた。
寝坊しないように携帯電話のアラームをセットして枕元に置く。
敦賀さんに毛布をきちんと掛け直して、それから私もそのすぐ隣に滑り込んだ。
もう一度、その頬にそっと口付けた。
おやすみなさい…ありがとう…大好き、敦賀さん…。
これから先のお誕生日もずっと、2人で過ごせますように。
ね、敦賀さん…
2006/02/08 OUT