日本だけなのだろうと思うけれど、この時期になると
天気予報や、情報番組、いろんなところで桜の話題を目にする。
お花見、って、何かすごく特別な響き。
その時になると、日本人全員が桜のことを気にしはじめて、
予定を合わせてお花見をしたりしてる。
お仕事であっても、そうでなくても、
きっとみんな桜が楽しみで仕方ないんだと思うの。
桜の花はとっても綺麗で、私も好き。
できるのなら…私も、敦賀さんとお花見、したいな。
今は願っても多分叶えられないことが心に思い浮かぶ。
お家で一緒に過ごしたり、2人きりではないけど外で食事も時々するし、
何よりも、敦賀さんを手に入れたことが一番叶えたくても叶えられないはずだったことで、
それが叶った幸せが私を信じられないくらいに満たしてくれたのに、
次の瞬間からどんどん抑えられない願望が顔を覗かせてくる。
もっと好きになって欲しいとか、もっと触れていたいとか
そんなものならまだいいけれど、時々、とんでもないことが頭をかすめる。
手を繋いで外を歩いてみたい、とか、敦賀さんは私のものだって言いたい、とか…
どうしてそんなに欲張りなんだろうって、自分に苦笑いしてしまう。
でも…桜は今の時期しか見られない。
私1人なら、いくらだって見ることができるし、それでも十分良い。
だけど…やっぱり敦賀さんと一緒に見たい、な。
綺麗なものを見たり、楽しいことをしたり。
そんな時間をいっぱい敦賀さんと過ごして、共通の思い出に、したい。
いつまでも2人で思い出して笑えるような…心の中にしまっておける宝物にしたいの。
それに、桜を見ている人の顔って、とても穏やかで眩しそうで、すごく印象的だから、
敦賀さんはどんな顔をして、桜の花を見つめるんだろうって。
それが、知りたくて。…今じゃないと、それは見られないもん。
きっと、桜より綺麗ね。
桜じゃなくて、本当はそんな敦賀さんを見ていたいだけなのかも、私。
もしかしたら桜に嫉妬なんかしちゃったりして。
桜なんかより、私を見て、って思いそう。
そのうちに、その目線にめまいすら覚えて、それから多分いつもみたいに
裾をきゅっと引っぱって、キスして、って言葉では言えないことを伝えて、背伸びをするの。
そしたら、敦賀さんは私がおねだりした以上の甘くて熱いキスをくれる。
本当に、私、敦賀さんのこと好きなんだな…。
キスのことを思い出しただけで身体がきゅうっとなる。
慢性的に足りない「敦賀さん」を満たしたくて、意識よりも先に身体が渇きを訴えてくる。
逢いたい、な。
ひっそりとため息をついたところで、携帯電話が静かに震えだす。
見なくてもわかる。きっと敦賀さんだ。
画面を開くと予想通り敦賀さんからのメール。
約束してた時間より早く着きそうだ、って書いてある。
…そう。
今日は、久しぶりに敦賀さんに逢える日。
だから私は今日1日1人で密かにそわそわしっぱなしだったの。
逢えない時よりも、逢う約束を交わして、その予定が近づいてくる時が
遥かに心が騒ぐ。近づいてくるその時を引き寄せたくて、
だけど時間の流れを変えることはできない、もどかしい思いにかられる。
待ち合わせ場所に向かう。私を待っててくれるのは、世界で一番大切な、ひと。
今の私、きっと世界で一番幸せなのかもしれない。
もしその順位がすぐに入れ替わったとしても、
敦賀さんに逢えた私はもっと幸せになれるから、やっぱり一番のままなんじゃないかな。
なんて。
あ、見つけた。敦賀さんの車。
待たせちゃったかな。
「こんばんは…っ」
「大丈夫だった?…予定が曖昧でごめんね」
「いいんです、大丈夫」
人気のない駐車場、素早く敦賀さんの車に乗り込んだ。
座ったばかりの私の手をそっと掴んで謝る敦賀さんがなんだかとても愛しく思えて、
ずっと持て余してた逢いたい気持ちが溢れそうで、そんな想いも込めて敦賀さんの手にキスをする。
「ん」
手に唇を押し付けたまま見上げると、驚いたような顔をして、
だけどすぐに掴んでいた私の手をぐいっと引き寄せる敦賀さん。
見つめられたかと思ったら、そこから数秒もたたずに唇を塞がれてしまった。
「…見つかっちゃいます、よ」
「大丈夫。そう思って頭から突っ込んだから」
確かに、車は壁の方を向いて停まっているから、前からは見つからない、のかな。
そんな風に言ってみせても、私、本当は見つかってもいいと思ってるのかもしれない。
困るってわかってて、敦賀さんが逢えてすぐにキスをくれたことのほうが嬉しいんだもの。
どうしよう。
「今日は、どこかに行こうか?少しならドライブ、できるよ」
抱き寄せられたまま、耳元で囁く敦賀さんの声に少しだけ鼓動を強めながら
ついさっきまで考えてたことを思い浮かべる。
なんてグッドタイミングなんだろう。
デートもほとんどは逢えたらすぐに敦賀さんのお家へ行くけれど、
たまに、ほんとにたまーに、こうやって少しだけだけどドライブできたりする。
…うん。今日はこれしかない、よね。
暗いけれど、多分そっちのほうが都合がいい。
それに、桜の花は闇に白く浮かんで、夜でもとっても綺麗なはず。
「あの…もし良かったら、ちょっとでいいからお花見、しませんか?」
「桜?」
「はい」
「じゃあ…俺の知ってるところでいい?」
「お花見、行ったりするんですか?」
「う…ん、ずいぶん前だけどたまたま見つけたところで、その時は1人で見た。すごく綺麗で、夜は人も少ないんだ」
「みんなで行ったりとか…?」
「してない。ちょっと特別だから、一緒に見るなら君が最初で最後だよ」
ストレートな言葉に顔を赤くしていると、敦賀さんがくすくすと笑いながら車を発進させた。
敦賀さんにそんな秘密の場所があるだなんて知らなかった。
そういえば、こんな風にお花見のことを話題に出来るくらい余裕があるのも久しぶり。
今まで2人でしたドライブのことを思い出す。
どれもすっごく楽しくて、帰り際にお別れするのがすごく切なくて。
そしてそんな思い出が、またひとつ増える。
ただ嬉しくてこっそり微笑んだら、どうしてかな、涙が少しだけ、零れた。
*
敦賀さんが開けてくれた助手席のドアに手をかけて外に出てみると、そこは本当に一面の桜景色だった。
きっと昼間にはたくさんの人が来て賑やかなはずの公園なのに、
今はすごくシンとしていて、その代わりに満開を過ぎた桜の木達が花びらを散らせておしゃべりをしているみたい。
風が空気を揺らすたびに舞い散る桜吹雪は、夜の闇に音もなく降り注ぐ雪のよう。
「どう?」
「…綺麗…」
ざあ…っと強い風が吹き抜けて、花びらが一斉にはらはらと降り落ちる。
うっとりするような景色に導かれるように、歩みを速めて敦賀さんよりも少し前を歩く。
「わあ…ねえ敦賀さん見て…!すっごい綺麗…」
「うん、綺麗だね…」
2メートルくらい離れたまま、2人でしばらく桜の中を歩く。
どこまでも続いて行きそうな桜並木の中で、心に魔法をかけられたみたい。
少しだけ熱に浮かされたようになって桜の花びらを追いかけた。
振り返って桜から目線を敦賀さんに移すと、微笑みながら私の方に近づいてくる。
時々、桜を見上げる敦賀さんの表情はとても透明で、だけどほんのりあたたかくて、
身体を包むように振る花びらに少し目を細めながら、どこまでも夜に解けていきそうな
そんな闇色の瞳に世界をそっと映してる。
ああ、やっぱり…桜も綺麗だけど敦賀さんもすごく綺麗。
私とここの桜の木だけが知ってる…敦賀さん。
何考えてるのかな。
ふと、そんなことが知りたくなって…敦賀さんに触れたくて、歩みを止めた。
「あ、敦賀さんここ、花びらついてますよ。ふふ…かわいい」
「キョーコもほら、髪にたくさんついてる」
私に追いついた敦賀さんの前髪にひっかかっている花びらを取ろうと手を伸ばしたら
それよりも先にふわりと抱きしめられた。
また、強い風が吹いて、それに応えるように桜の木が花びらをそっと手放す。
敦賀さんのあたたかさに包まれながら、
白く残像を残して無数の花びらが描く軌跡に、目を奪われてしまう。
場所ももう気にならなくて、敦賀さんの腕の中でそんな桜の花びらをじっと見つめた。
…特別って、どういうこと?
前に1人で来て、綺麗だって思ったの?
一緒に見るなら私だけだって…もしかして、私に見せたいってずっと…思ってくれてたの?
ああもう、聞きたいことや言いたいことがたくさんあるのに…なんだか言葉にならない。
ねえ敦賀さん、特別って…これからも2人で、見に来ることが、できる?
この場所を、私の中でも特別にしてもいい?
また、私を一緒に連れて来て、くれる…?
「敦賀さん…」
「ん?」
「連れて来てくれてありがとう…」
「気に入ってくれた?」
うん。敦賀さんが特別にしてたのがよくわかる。私もとても好きになった。
だから…また連れて来てくださいね。
桜を見る敦賀さんの綺麗な顔、ひとりじめしたい。
それから、特別の意味、後で聞いたら教えてくれる…かな。
だけどもう少しだけ、2人でここの景色になっていたくて目を閉じた。
もう、少しだけ、ね。
2007/04/15 OUT