B/P -KYOKO

From -LOVERS

今日は朝から体調が変。
胸のあたりがむかむかする。
あ、まただ…。
…気持ち悪い。

敦賀さんと社さんと、ご飯を食べに行く話をしている途中だったのに、
我慢できなくて、トイレに駆け込んだ。

レバーを引いて水が流れていく様子を見ながらふと気付いた。

あれ…今月はまだ…きてない、よね?

もともと規則正しいわけじゃないから、そんなの何のあてにもならないし
最近忙しくて気にもしてなかった。
それに、体調がおかしいのは今日に始まったことじゃなくて数日前から。
夏も終わりに近づいてて、夏の間はずっと忙しくて、多分夏ばてなんだろうなって。

でも。

まさか。
そんなはずないよね…?
少し気持ち悪くて戻したくらいで、考えすぎよ。

浮かんだ考えを打ち消す。
そりゃ…できちゃっておかしくないことをしてるんだけど…
敦賀さんもちゃんとしてくれてるし。

不安になった心を抱えて戻ると、心配そうな社さん…と、もっと顔が青ざめてる敦賀さん。
ちょうど3人で話してた時だったから、でも断わりもなくトイレに駆け込んでしまったから
心配かけちゃった。

「キョーコちゃん、大丈夫?顔青いよ?なんか疲れてるみたいだね」
「あ、大丈夫です、ちょっと忙しくて体調崩しちゃったかな、すみません」

そう尋ねてくる社さんに明るく答える。
あんまり大丈夫とはいえないけど、余計に心配させちゃうのも悪いから。
そう思って今度は何も言わない敦賀さんのほうを見ると…すごく怒ってる時の顔、だった。

やば…。

*

「どうして何も言わなかったの?」

結局食事は取りやめになってしまった。
社さんを彼の自宅付近で降ろした後、開口一番怒られてしまう。
だって…。

「大したことないですよ」

「そんなわけないだろう?今日は帰ったらおとなしく寝てて」

うー…。
…静かに怒ってて、怖い。
心配してくれてるってわかるけど…。
下を向いてると、大きな手が頭に触れた。

「俺の部屋でいい?1人でなんて帰せないし」

うなずいて、シートにもたれかかった。
その声にはもう怒りは見えなくて、
いつもみたいに甘やかしてくれる優しいものになっていて。

ほっとする。

*

部屋に入ると、すぐにベッドルームに連れて行かれてしまった。

「顔色悪いな…、熱は…ないみたいだけど」

「だから本当に大丈夫ですから」

「ダメ。寝てなさい」

このお部屋に一組だけ置いてあるパジャマを着込むと、敦賀さんが額にキスをひとつくれた。
離れたくなくてぎゅっと抱きしめると、優しく抱え上げられて。

「リビングにいるから、何かあったら呼んで?」

…行っちゃうの?

離れていこうとする彼の服を掴むと、ふ、と微笑んで敦賀さんが戻ってくる。

「キョーコが寝るまでここにいる」

ベッドに並んで、頭を撫でられてるうちに、眠ってしまった。

*

「っ…」

息苦しくて飛び起きると、隣にそのまま眠っている敦賀さんが見える。
おなかのあたりがぐるぐる渦巻いてるみたいで…さっきよりも大分気持ち悪くて…
ベッドを抜け出してトイレに走った。

食べてないのに…戻してしまう。
吐くものもなくて、でも戻したがる身体が辛くて。

つわり…なのかな。
こんなに気持ち悪くて、食べる気もしなくて。

できちゃってたらどうしよう…。
敦賀さんなんて思うだろう。
怖い…。

「どうしよう…」

ひとまず落ち着いた身体でベッドに戻ろうとすると、ドアの外に敦賀さんがいた。
また怒ってる…。
沈黙に耐えられなくて無理に笑おうとしたら、敦賀さんが口を開いた。

「病院、行こう」
「や、だ、大丈夫」
「大丈夫じゃないだろう?俺が見てる時だけでも2回もそんな状態で」
「2人でこんな時間に病院なんか行ったらバレちゃうしっ、大丈夫ですからっ」
「キョーコ!」

大丈夫だって信じさせたくて繰り返す言葉が、敦賀さんによって遮られる。
初めて怒鳴られて、身体が固まってしまう。
すごい怒ってる…。

少しして、敦賀さんが、私をなだめるかのように身体を抱き寄せた。

「バレるとかそういう問題じゃない」
「…ほんとに大丈夫ですから」
「どうしてそんなに意地っ張りなのかな…明日も仕事だろう?そんな身体で倒れたりでもしたら俺の身が持たない」

包まれるようにして身体を寄せ合いながらしばらくした後。

「こないんです…」

つい、口にしてしまっていた。不安の塊。
声が小さかったのか、敦賀さんが私の顔を覗き込むようにして聞き返す。

「え?」

「せ…生理。いつからかわかんないけど…きてなくて」

言ってしまった。
…ここまで言えば、言いたいことわかるよね…。
検査薬とか…使ったわけじゃないから多分違うと思うけど、でも…怖くて。
ひとりで抱えておくのもしんどくて、敦賀さんがどういう反応なのかも知りたくて。

「もしかして…できた?」

最後の審判を待つように、敦賀さんにしがみついていると。

あれ?
さっきまでと違って、ずいぶん嬉しそうな声が上から降ってくる。

「や、あ、あの、こないってだけで、別にテストしたわけじゃないし、多分違う…」
「…嬉しい、あー…どうしよう、本当に?…すごい嬉しい」

ぎゅうっと抱きしめられてしまう。
その予想外の反応にあっけに取られている私をよそに、
すごく嬉しそうに喜んでいる人がひとり…。

「あ、あの敦賀さん」
「病院行った?俺一緒に行こうか?朝ならついて行けるから…社さんに電話して」
「ちょっと待って敦賀さん、まだわかんないですから」
「とにかく病院に行こう、どこがいいかな…社長に聞いてみようか、そういうの詳しそうだし」
「ひゃ…」

抵抗する間もなく、抱え上げられてまたベッドルームへ送り返される。
その間も敦賀さんはすごく楽しそうで、名前はどうしようとか、男と女、どっちがいいかな、とか
もうまるで私が妊娠したのが確定事項のようにあれこれ話してる。

その笑顔を見ていると、沈んでいた心が晴れていくようだった。

なんだ、こんなに喜んでくれるんだ…敦賀さん。
悩んでた自分がちょっと可笑しくて、くすり、と笑ってしまう。

拒絶されなくてよかった…。

*

「ちゃんと寝てて。食べたいものは?」
「ないです…」
「まあ…また気持ち悪くなっても大変だから、仕方ないか…食べて欲しいけど」
「ごめんなさい」

上目で謝ると、敦賀さんが「謝る必要ないよ」と、頭をやさしく撫でる。
ブランケットを掛けられた後、唇にキスをもらって。

「とにかく明日病院に行こう?一緒に行くから、大丈夫だから」
「はい…」
「それから社長にも報告して…あ、病院、どこがいいのかも聞いておかないと」

シャワー浴びたら来るから、良い子で寝てて?

そう言い残して敦賀さんがベッドルームから出て行く。
おなかのあたりにこっそり手をあてた。
この中に、もしかしたら新しい命がいるかもしれないって思ったら。
…まだ怖い。本当にできてたらどうしようって…。
敦賀さんは喜んでくれたけど…。

ううん、喜んでくれて私もほっとして、嬉しいんだけど…。
問題は私。
…ちゃんと…お母さんになれるのかな…。
仕事でもまだ半人前なのに、できちゃって…
お休みして…またお芝居できるかな…。
結婚して…やっぱり結婚、するのかな。
するなら敦賀さんと、かな、って漠然と思ってたし
似たようなこと何回も彼から言われてはいたけど…。

どうなるんだろう、これから…。

2人で眠ることが増えたこのベッドだけど、
それでも敦賀さんの香りでいっぱいで。
彼に包まれてるような気がして次第に眠くなってきてしまう。
いろいろ考えてたことがまとまらなくなってきてしまって
…さっきの嬉しそうな敦賀さんが頭に浮かんで。
あんなに楽しそうなの、見たことなかった。

すごく喜んでくれた。
それだけでも今日は…ほっとした。

それに、まだ、本当にそうなのか、わからないもの。
病院に行って確認してからいろいろ考えても、遅くないよね…。
だから、今日はもう寝てしまおう。

うとうとしかけたところに、背後から敦賀さんがベッドに入ってくるのを感じた。
いつもならここで…キスから始められるけど、今日は違ってて。
そっと抱きしめられて、身体をくっつけて。
敦賀さんの手が私のおなかに伸びる。
さするように…覆われて、あったかい。そこに、自分の手をそっと重ねた。

「大丈夫だよ…俺がいるから」

ひとりごとのように呟く敦賀さん。
それが子守唄みたいに耳にやさしく響いて、幸せな気持ちになる。
少しずつ、取り払われていく不安な気持ち。

「おやすみ…」

はい…。

半分寝ていた私は、心の中でだけ返事をして、眠りに落ちた。

*

目が覚めたらまだ夜明け前で、薄暗かった。
カーテンの隙間からほの明るくなった空がちらちらと見えて
…朝の空気が静かに流れ込んでくる。
私を包んでいた敦賀さんの腕をそっと外して、起き上がる。
下腹部に微かな違和感を感じた。
あ…もしかして。

慌ててトイレに行くと、その印がはっきり現れてて。
きちゃった…生理。
なんだか脱力して、へたりこんでしまった。
あの昨日の…昨夜の騒ぎはなんだったんだろう。
こないんです、とか敦賀さんに言っちゃって
あまりに体調悪かったから、私もすっかり…できてしまったのかと思って。

あー…どうしよう。
もう顔合わせられないよ…。

顔から火が出そうになりながら、とりあえず手当てを済ませて
ベッドルームに戻った。
まだ敦賀さんは夢の中で、さっきまで自分が収まっていたその隙間に
再び身体をもぐりこませる。

「ん…キョーコ…?」

あ、起きちゃった。

「まだ寝ててください…」
「あ、今何時…?病院」

敦賀さんがサイドテーブルの携帯電話に手を伸ばす。
私がその手を掴んで、自分の口元に持ってくると、
少し不審そうな顔でこっちを見た。

「もういいんです…」
「なんで?…早く行かないと君も俺も仕事が…」
「いいの」
「え?」

きちゃったんです。

そう耳元で囁くと、ビックリしたような顔。

「…え、待って、ほんとに?」
「はい…さっき、始まっちゃったみたい、ごめんなさい…」

ほんとにごめんなさい、大騒ぎしちゃって。
半分寝ぼけてる敦賀さんをそっと抱きしめた。

「そっか…、あー…残念…」

敦賀さんがすっかり脱力した様子で呟く。

「ごめんなさい…でも、敦賀さんが…すごく…喜んでくれて嬉しかった。ありがとう…」
「ん…俺はできてたほうがよかったな…あー、俺とキョーコの子ども…見たかった…」

残念がる彼がなんだか可愛くて、気持ちがふっと軽くなる。
私は…やっぱりできてなくて安心した。
喜んでた敦賀さんには申し訳なかったけど、順番を違えちゃうのはやっぱり嫌。
敦賀さんとの間にできるのが嫌なんじゃなくて、いろんなこと、きちんとしてから…が、いいな。

もう一度眠ろうとしていると、突然唇を攫われた。
ビックリして顔を見ると、夜の帝王モードの敦賀さん。

「敦賀さ…」
「今度は…できるように…してみる?」

もうっ。
どれだけ不安だったと思ってるの。

「冗談…同意もないのにそんなこと…しないよ。だけど、もしできたらすごく嬉しい。それは…本当だから」

優しく囁く声に続けて、彼の唇が私のまぶたや頬に触れる。
何度も髪をなでられて…誘われるようにもういちど敦賀さんに身を預けた。

…うん…それはわかってるの。
昨夜も私の身体を本気で心配して、できたかも、って言ったらものすごく喜んでくれて。

でも。
もう少し2人きりでいたいな。
赤ちゃんできたら、多分そっちにベタボレしちゃうだろうから…
しばらくはあなたをひとり占めしていたい。
わがままかな。

ね、敦賀さん。



2005/09/13 OUT
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