1日丸ごとオフという、長期ロケの間にときどき挟まれる中休み。
交通の便がいいところなら、前日の仕事上がりで都内に帰る人もいるようだけど、
1日くらいならかえって慌しいし、俺としてはロケに出ている時にはなるべくその仕事に集中しておきたいから
そういうことは今までにはしたことがない。
…ない、けど…そんな人達の気持ちはわかる。
それでも帰ることはないけど、帰りたいと思う気持ちがない、わけじゃないんだよな…。
家に帰ってゆっくりしたいとかそういうことではなくて、逢いたい人がいるから、という理由で。
いつもの習慣で早く起きて、いつもどおりシャワーを浴びて、水分を摂って、ひと息つく。
これから仕事だというわけでもないんだし、今日くらい少し遅めに起きてみたっていいだろうに、
なんとなくリラックスできていないように思うのは、自分の部屋ではないからなんだろうか。
自宅だって、オフでもなければ普段はほとんど寝に帰るだけの場所と化しているし、
そういう状況は仕事柄よくあることだからとっくに慣れてる。
こうして家を空けることも多いし、自宅でなきゃリラックスできない、わけでもないはずだ。
ただそこからさらに踏み込んで考えてみる、というなら…ああ、そうか。
何か足りないと思うのは…彼女の気配、だ。
自分以外に、自分の部屋へ入る人間がほとんどいなかった頃に比べたら、
今の状況はそれとはまったく違う。
彼女がときどき来てくれるようになって、残していってくれる痕跡というか
纏っていた空気というか、そんなものが自分の部屋に漂っているのが自然で、
今ではもう、1人でいてもどこかに彼女がいてくれてるような、そんな気分だ。
それくらい彼女との距離が近くなっていて、その分、しばらく顔を見られなかったりすると、
やっぱり寂しい。
人肌恋しいっていうのはこういうことを言うんだろうか。
逢えない期間が長くなると、逢いたくてたまらなくなるのはいつも思うことだから、
特に季節のせいではないと思う、けど…多分今日が特別なんだろう。
時計を見ると、まだ朝の7時。
彼女は…どうしてるだろうか。
昨夜、日付が変わった頃の電話で俺の誕生日を祝ってくれて、
いま逢いたいとわがままを言ってみた俺をいつもどおりあしらって、
眠ったのは深夜のはずだから、今日はまだ起きてないのかもしれないな。
声を聞きたいけど、起こしてしまうのも悪いし…起きたら起きたで仕事の準備で忙しいだろうし。
とりあえず、昨夜もらった声で、今は我慢するしかない、か。
逢いたいな。
逢って…君に触れたい。声が聞きたい。
どうしてこんなに…君が恋しいんだろう。
片想いの頃よりずいぶん気持ちは楽になったはずだけど、
そのぶん増える想いに歯止めがかからなくて、別の意味で辛い。
とめどなくあふれ出す想いが、俺を自分でもあきれるくらいにわがままにさせてしまうから。
恋人で、いつでも好きなときに声を聞くことができて、自分の気持ちをありったけ伝えることも自由で
彼女は俺のすべてを何でも許して受け入れてくれる。
だから。
そばにいられない時との落差が激しくて、持て余した気持ちが焼け付いてしまいそうだ。
ため息をひとつついて、腰をおろしたベッドに勢い良く身体を倒した。
*
気づいたらベッドサイドの時計が進んでいる。どうやらうたたねをしていたらしい。
…ご丁寧なことに、その間に夢まで見てしまった。
案の定、彼女が出てきて俺に「お誕生日おめでとうございます」と満面の笑顔を向けて、キスまでしてくれた。
普段そういうことをなかなかしてくれないから嬉しくて、俺の顔は随分とゆるんでいたことだろう。
願望が即、夢になるなんて、一体俺はどれだけ飢えているんだろうか。
ベッドに寝転んだまま、窓の外を見ながらぼんやりしていると、携帯電話が着信を知らせてきた。
誰だろう?こんな朝早くから。
社さん、だろうか。
それ以外だという可能性もなくはないけど、
そういう相手からの電話は、こんな時間には滅多にないから、多分違うだろう。
一瞬だけ、彼女からじゃないかと期待してみたものの、
それが外れたときのがっかり感が半端じゃないから、希望を持つのはやめた。
だけどのろのろと電話に近づいて手に取って、ディスプレイを見て仰天した。
こんなタイミング、って…ありだろうか…
「もしもし…キョーコ?」
「あのね敦賀さん、お部屋のドア、開けてください」
慌てて電話に出ると、彼女が暗号のような言葉を口にする。
お部屋の…ドア?
「…え?」
「来ちゃいました」
来ちゃいました、を全部聞き取る前にやっと意味がわかり、
急いでドアを開けると、そこにはさっき夢にまで見た恋人の姿があった。
びっくりしながら彼女を招き入れてドアを閉める。
通話相手が目の前に現れたのに携帯電話を耳にあてていて、終話ボタンを押すのも忘れていた。
何が起きたのかよくわからないまま、彼女に向かって口を開く。
「どうして…仕事…」
「今日はお休みなの。敦賀さんとおんなじ」
「え?でも昨夜は」
「びっくりさせたくて…ごめんなさい。明日のお仕事がここの近くだから、思い切って」
「いや、いいんだ。嬉しいよ…でも驚いたな」
俺がそう言うと、その言葉を受けて彼女が微笑む。
何度もこんな笑顔を見ているはずなのに、毎回わけもなく感動してしまう。
笑顔だけ、閉じ込めておくのが無理だからだろうか。
瞬間の芸術みたいに、笑顔になる前、表情が動いてそれが笑顔をかたどって、破顔して、また戻る。
そこに至るまでの移り変わりを見ているのも好きだ。いろんな場面で、彼女の笑顔に出会いたい。
彼女の手を取り、さっきまでひとりでいたベッドに2人で腰かける。
「また、いっぱいもらっちゃいました?」
「うん、毎年のことだから慣れてるけどね」
「じゃあ私のプレゼントはいらないかなあ…」
「何言ってるの」
君がいてくれれば十分、だし、こうしてここに逢いに来てくれただけでも嬉しいけど、
やっぱり君からのプレゼントは何よりも特別。
もちろん、他の人からのプレゼントが嬉しくない、というわけではない。
なんと言うか…もらえて嬉しい、というよりも、世界を敵に回してでも欲しい、ってところかな。
でもとりあえずプレゼントの前に。
「キョーコがプレゼント、って言われればそれも納得だけどね」
「ふふ…」
自分の気持ちを映し出したかのように澄み渡った空の欠片が見える窓を背にして、
彼女を抱きしめて…それからゆっくりキスをした。
唇を離すと、そっと目を開けて、そのまま頬を染めて目を伏せるまでの動作がはっきり綺麗に見えて
なんとも言えない気持ちになって、もう一度強く抱きしめた。
身体に伝わる確かな感覚。
うん。これは、夢じゃない、よな。
「あ、そ…だ、プレゼント」
「あとで、もらうね」
俺が何をしようとしているのか、ピンと来たらしい彼女が口をパクパクさせているけど、かまうもんか。
誕生日なんだから…まあ、誕生日に限らずいつものことだけど…今日も大目に見てもらおう。
太陽が見てたって、別にいいさ。
他にしなきゃいけないこともないし、ここはホテルだから家事もしなくていいし、
今日は2人でここにずーっといられるんだから、
2人で出来ること、2人でしか出来ないこと、たくさん、しよう。
何といっても誕生日、だから…ちょっとだけ、わがまま、聞いてもらおうかな。
「お、誕生日おめでと…ございます…」
「うん、ありがとう」
2009/04/05 OUT