背中 -KYOKO

From -LOVERS

敦賀さんの姿を自分の視界に入れる、っていう行為は、今でもすごく好き。
ひとりで敦賀さんのことが好きな気持ちを抱えていた時は、
敦賀さんの姿が視界の中に入ってくると、
嬉しいっていう気持ちと、ドキドキしてなんとなく落ち着かない気持ちと、
なんだか複雑で、かえって苦しく思うこともあったかな。
もちろん、逢えて嬉しい気持ちのほうがずっと、大きかった。

でもそういう片想いの時って、複雑な気持ちを抱いているのと、
あと相手に悪いなあっていう意味もあって
自分の好きなだけ、思う存分その人のことを見ているっていうのは
不可能、なのよね。
実物を眺めてあれこれ考えたりすることはとても無理で、
とりあえず目に焼き付けておいた姿を心の中で反芻することのほうが
多かった気がする。

胸にしまっておいた敦賀さんをそっと思い浮かべると、
直接見つめている時よりも落ち着いていられるような、
でもこうすることしかできないっていう切なさが押し寄せてきて
何とも言えない気持ちになったっけ。

穴が開くほど見つめていてもきっと怒られない。
そんな関係になれたことがもう、奇跡のような出来事。
あ、でもそんな風に見つめようもんなら、
そのうち手が伸びてきて、ただ見つめ合ってる、みたいなことには決してならないのだけど。
って!私、何考えてるんだろ…

だけどそうなんだもん。
敦賀さんと目を合わせて、少しでも言葉より視線で何かを伝えようとすれば
それは言葉だけを使わないコミュニケーションになる。
肌がふれて、指を絡ませて、唇を重ねて…それから。
だから敦賀さんの姿を見つめていたい、と思うなら、
必然的に後ろ姿、になるかな。

例えばソファに座ってコーヒーを飲んでる時、とか…
真剣に台本か何かに目を落として集中してる時、とか。
一緒にいても、敦賀さんがひとりの世界に入ってる。
そんな時に、私は彼の様子を眺めてるのが好き、だったりする。

横顔でもいいんだけど、後ろから、なのもいい。
目が見えないぶん、何を考えてるのかわからない、のが、いいの。
他のことに静かに集中している時に、そばにいることを許されているのが嬉しい、
ってことなのかしら。
後ろ姿を見つめていると、すごく幸せな気持ちになる。
そーっと近づいていって身体に手を回す。大きな背中に顔を寄せて
ほっぺたで敦賀さんのぬくもりを感じて…目を閉じる。
視界からの情報が遮断されるせいで、別のところから入ってくるものに
すごく敏感になる気がするの。
敦賀さんの存在をより強く感じられる。
体温、匂い、鼓動。
そこにいてくれてるっていう、安心感。
あとは…こんなことをしても大丈夫、というか、
そういう権利がある、っていう事実だけでもう、満たされる。
だからときどき無性に、ぎゅーっと抱きつきたくなっちゃう。

…敦賀さんはどう、思ってるのかな。
私が敦賀さんを抱きしめる時に思うことと同じようなこと、考えてるのかな。

「ん?」

私にしてはほんとーに珍しく、後ろからぎゅっと敦賀さんに抱きついてみた。
ほっぺたを背中にくっつけて目を閉じると、見つめるだけよりもずっと
敦賀さんのことを感じられるような気がする。
好き、って言おうとしたけどやめた。
言葉にしちゃうと、それ以上でもそれ以下でもなくなるみたいで、
じゃあ…無理矢理発音しようとしなくてもいいのかな、なんて。

「じゃあ俺も…そうやってしてもいい、かな」

笑いを含んだ言葉が返ってきたかと思うと、
あっという間に身体の位置が入れ替わって、敦賀さんが私を後ろから抱きしめる。

「今日は…どうしたの?」

後ろから流れ込んでくる敦賀さんの体温が、私のどこかを少しずつ溶かしていく。
めずらしいことじゃないのに、普段からよくされてることなのに、
後ろから抱きしめる、ってことについていろいろ考えてたせいか、
いつもよりもそのことを強く意識してしまう。

背中を見つめる、っていうことだけを切り取れば、
どこか寂しさや孤独をはらんでいるように聞こえるけど、
今なら、そこからこんな風につなげていくことができる。
だから…背中をぼんやりと見つめているだけでもすごく幸せ。

見ているだけ、じゃなくて、
そこからいろんな動作につなげられるくらい近くにいられるんだもの、ね。
…ああ、つまり私はものすごく欲張りになってきてるってこと、なのか。
視界に入れることができるだけで十分に嬉しかった頃から考えると、
この思考回路って、自分の好きに近寄って触れたり抱きついたり、
キスしたり、そんなことが自由にできる今だから、
後ろ姿を見つめるのも新鮮でいいかな、っていう感じよね。
うわあ…私…なんかもう…どんどんエスカレート、してない?

「敦賀さんはどこから見ても素敵だなあ、って…」

顔が見えないからなのか、思ったことをストレートに呟いてみた。
2人きりだけど、敦賀さんにしか聞こえないように。
こんなこと、思っても恥ずかしすぎてあまり口にはできないのだけど、
敦賀さんが、十分すぎるほど私の気持ちに応えてくれるから、自惚れてしまう。
気持ちをセーブしなくても、いいんだよね、って。
どんどん好きになっていっても、いいのよね、って。

返答を待ってみたけれど一向に声が聞こえないから、後ろを振り返ると
敦賀さんが思いっきり固まってる。
驚いた表情をしてるだろう私を見て、反則だ、と唇が動いた。
よーく見たらほっぺたが赤い。もしかして…照れてたり、する?
「知ってるよ」とか「うん」とか、
そういうさらりとした返答が返ってくるかと思ってた私も思わず面食らう。

…あなたのほうが十分、反則よ?
そんなにカワイイ表情、して…許されると、思ってる?


2013/09/01 OUT
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