いつでも。 -REN

From -LOVERS

今日から新しいドラマの撮影が始まる。
顔合わせや台本読みは済んでいたけれど、実際に撮影に入るのは
今日が初めてのことで、撮影現場には慣れているはずの俺でも、
幾分か引き締まった気分になる。
…こういうのは、いいな、やっぱり。

椅子に座って、準備が進められているのを遠目に見ながら改めて今日の台本に目を落とす。
セリフはほとんど頭に入れてはあるけれど、
もう一度、流れというか、そんなものを頭に叩き込むためにしばらく文字の先を追う。
今回のドラマは、コメディタッチのホームドラマとでも言えばいいだろうか。
ある家族に巻き起こる騒動を、かなりのノリの良さでもって描いている。
そんなドラマだ。
それぞれにアクの強い役者をあてがっているから、誰が主役と言うわけでも
ないのだろうが、とりあえず、俺の演じる役の妹役にあたる女の子が
ややクローズアップされているという感じ。

さっき俺のところに挨拶に来たその女の子は、
ドラマは初めてだと言っていたが、CMやなんかで最近見かけることが
多い、新人の中でもかなりの有望株、なんだそうだ。
…互いに挨拶を済ませたあと、社さんがそう言っていた。
仕事以外ではあまりテレビを見ないので、俺はまったく初対面だったのだが、
芸能界というところは、テレビをチェックしていたとしてもかなり人の入れ替わりが多いところでは、ある。

*

「このドラマ、お前が一番先に決まってただろ?だからかどうかは知らないけど、かなりがんばってねじ込んできたって話だぞ」
「そうなんですか」
「まさか妹にまで本気で惚れさせたりしないよな?…浮気疑われるぞ~?」

その女の子とマネージャーさんが去った後の社さんのセリフの意図がわからずにいると、
いつものように楽しそうに笑いながら続けられた彼の言葉に、
俺は思わず口にしたミネラルウォーターをふきだしそうになってしまった。
本気で惚れさせるって…そもそも恋人役でもないし、浮気を疑われるって、なんだそれ…。
口元をぬぐった後、反論する気力ももぎ取られて、
そのまま無表情を装って水を飲んでいると、反応の薄い俺に不満そうな社さんがこちらを見ていた。

「…何ですか?」
「いやぁ~何も」
「そうですか」
「そういえば蓮、お前、この台本読んで何とも思わなかった?」

台本?
言われるがままに手元にある第1回放送分の台本をめくってみても
特に目新しいことはない。と俺には思える。
まとめて渡してもらった少し先の台本のことを思い起こしても、
そんな特筆すべき展開では…

「いえ…特に。珍しくもないアットホームなドラマじゃないですか」
「うーん、そうだよなあ…お前は本物手に入れちゃってるから、だよな」
「?」
「キョーコちゃんに、似てると思わないか?この子。ってか、この役」
「…あぁ、そういう意味ですか…」

確かにそう言われてみれば、そうかもしれないな。
彼氏に振られて、別の世界に飛び込むとか、
その飛び込んだ先でとんでもないことをやらかすとか…ああ、そうか。
わかった。
さっきから、少し自分の心の中がざわついている理由が。
新人の彼女が気になるとか浮気とか…そういうわけでは決してなくて…
だいたい社さんは俺を一体何だと思っているんだ…
別に、妹役の子自体がどうこういうわけではない。
彼女が新人だということ、このドラマの内容、
それから、これは時間と場所は関係なく常に俺の頭の半分を占めている彼女の…
こっちは、俺の「恋人」である彼女のことだけど…
その「恋人」…キョーコのことが上手くハマって、
それで、キョーコに出逢った頃のことを、思い出したんだ。

*

同じ新人なのに…あぁ、でも彼女はちょっと型破りだったよな。
嵐のように現場にいきなりやってきて…でも、普通の新人ではなかったのと、
いろんな事情があったから、もちろん和やかに挨拶、というのとは無縁だし…
あの頃、彼女にきつくあたっていた自分のこともついでに思い出して
何とも言えない気分になる。
うん…まぁ、あれは今となってはもう、仕方ないよな。言い訳もできないし。
でも…そうか、あれから、もう、ずいぶん経つんだよな…。

今までにも新人の女の子と仕事をしたことは何度もあるけれど、
どれもこれもあまり印象には残っていない。
今回も同じように、普通に初対面の挨拶を交わして、
NGを連発されればいつものようにアドバイスしてみたり、
落ち込んでいるようなら、少し励ましてみたりして。
大抵の場合はこんなパターンだ。

だからかな、余計に…キョーコ、君を思い出すよ。
君に逢う前も、君に出逢ってからも、君とこうして「恋人」になってからも、
誰一人、君とこの世界で再会した頃みたいに険悪になったりなんて、したことがない。
あの頃の自分の態度について少し考えてみたこともあったけど
俺と君の間にはそれも必要なプロセスだったのかもしれない、なんて。

あぁ、逢いたいな、キョーコ…。
休憩になったら電話をしてみよう。
今日…少しでも逢えないか、聞いてみて、
それから、もし逢うことができたら、君を抱きしめたい。
あの頃の君に心の中でこっそり謝って、
俺はこんな風にふとした瞬間に君のことを思い出してしまうくらい君のことが好きで好きで仕方ないって、
何度目になるかわからない言葉を告げよう。

いつでも、君のことを想っているよ、キョーコ。
…君がもし、そうじゃなくても、それはそれでいいんだ。
俺が…俺がただ、君のことを好きで…ただ、好きで。
本当は、君にも俺と同じくらい、俺のことを考えていてくれたらと思う時がないわけではないけれど、
でも、俺は君を想うだけでとても幸せになれる。
そんな気持ちをもっと大きな「幸せ」にしたくて…君に手を伸ばしてしまうんだ。
そして、君はそんな俺を選んでくれた。
それで、本当に、十分なんだよ…

その前に、俺は俺のやるべきことをちゃんとやらないとな。
準備が整い、後は撮影開始を待つばかりのスタジオを見回した。
今日のひとつのごほうびに、電話したらすぐに君の声が聞けることを願って、
それから…俺のことを選んでくれてありがとう。

なんて、こんなところで言うセリフ、じゃないかな…。
もちろん、「いつでも」、考えていることなんだけど。

ありがとう、キョーコ。
いつでも…ありがとう。
そして、いつでも、君のことを想っているよ。

いつでも…いつまでも。



2007/06/14 OUT
Home