AIRPORT -REN

From -LOVERS

着陸態勢に入っている、と、ベルトのサインが点いた。
もうすぐ、日本だ。

海外ロケは初めてじゃないけど、
彼女と付き合い始めてから日本を離れるのは初めてだった。
言い出しにくくて、それでもやっと日程を告げると、少し寂しそうな顔をした彼女。
そんな顔をされたらもう、どうしていいのかわからなくなる。
できることなら連れて行ってしまいたい。と、思った。
たかが。たかが3週間のことなのに。

同じような仕事をしているから、いつもは逢えない日が続いても、彼女は何も言わない。
だけど、同じ日本にいるのとはわけが違うから、と。

海を越えて離れてみて、参ってしまったのは多分俺のほうだったと思う。
彼女はあれで結構強いから…どうだったかわからないけど
電話をしても特に変わらず、いつも通り。

俺ばっかりが、逢いたくて、触れたくて。

淡々と仕事をこなし、毎晩電話をして、時が過ぎるのを待って3週間。
やっと逢える。
そう思って搭乗前に電話をしたら、
逆に「疲れてるはずだから休んでくれ」と諭されてしまった。

東京へ帰ってしまえば、逢おうと思えば多分いつでも逢えるんだけど
でも、俺が逢いたいと思うほどに、
彼女はそうは思わなかったのかと…少し寂しくなる。

俺の方が好きになって…彼女に受け入れてもらって…。
普段はそれだけでも十分なのに、
それでも彼女にも、俺が彼女を想うのと同じくらい俺のことを想って欲しいと思う。
態度や言葉で示して欲しくなる。
俺とそういう関係を続けてくれてることが既に彼女なりの愛情表現だってことも…
俺のはただのワガママだってことも、わかってる。

とにかく、帰ればいつだって逢える。
腕に…閉じ籠めておくことだって…。

*

「じゃあ、蓮、俺、今日は電車で帰るから」

はやる気持ちを抑えて、空港での手続きを終えて車に向かおうとしたところで、
社さんに唐突にそう告げられた。

「え?俺送っていきますよ、何もここからわざわざ…」

「いいから、お前は1人で帰んなさい、また明日な。忘れないように」

どういうことなのかわからないで唖然としている俺を置いて、
社さんはさっさと歩いていってしまった。
置いていかれた俺も…いつまでもここにいるわけにはいかなくて
首をかしげながらも、とりあえず駐車場へ向かう。

まあ…いいか。
俺についてこられちゃ困る用事があるのかもしれないし。
俺と彼女のことばっかりにかまけてて、
あの人…恋人とかどうしてるんだろう、なんて思ってたけど
俺の知らないところで、それなりにやってるのかもしれないし。

とりあえず今日はおとなしく帰って…アルコールでも入れて眠るか。
家に着くまでには、帰ってきたって実感も…わくだろう。
それから彼女に電話して…寝てるかもしれないけど帰国の報告をして…。

声だけでも…聞きたい。

おぼろげな記憶を辿って、自分の車を探すと、すぐに見つかった。
この時間なのと、上階だったことで周りにはほとんど車はない。

近寄っていくと、…かすかに人の気配がして、思わず身構えた。
周りには車も人影も他にはなくて。
値段だけは高いけれど、さして珍しい車でもない。
俺の車だということがバレているなら…。 あれこれ考えを廻らせようとする。

だけど、すぐにその疑問は消え去った。

車のそばに立っているのが…
今いちばん逢いたいと…願っていた彼女本人だったから。

*

「ど…して…」

驚きのあまり上手く話せない俺に向かって彼女がそっと近づく。

「おかえりなさい」

スローモーションのように飛び込んでくる、その身体を包み込んだ。
確かめるように、ゆっくりと…強く。
両手に抱えていた荷物が手から離れて、どさどさと地面に堕ちる。
構わずに、抱きしめ合う。
久しぶりに触れた彼女の身体は、柔らかくてあたたかくて…
その甘い香りが、夢ではないということを教えてくれる。

そして俺は、社さんが1人で帰れと言った意味をやっと理解した。
きっと、彼女に時間を教えて…彼女が社さんに聞いたのかも、しれないけど。

「…迎えに来てくれたんだ…?」

気持ちを落ち着けて、やっとのことでそれだけ言うと
彼女は、ただ、俺の中でじっと黙っている。
髪を掬って頭を抱くと、突かれるようにしてそのまま口付けた。

「や…社さんに教えてもらってたので…時間。
 逢いたくて…ごめんなさい、急にこんなとこ来ちゃって…私」

ひとしきりのキスからお互いを解放してすぐ、
彼女が切れ切れにそう呟いた。

いつも…驚かされる。
俺の為に何かをしてくれるときはだいたい予想外のことが多くて。
その度に、自分の知らない彼女のことを、好きになる。
毎日、毎日。
でも今日は、まさかこんなところまで来てくれるとは思ってもみなかった。
…もう抑えが効かなくなりそうだ…。

君のことが、愛しくてたまらない。

「ただいま、キョーコ…」

そう言って腕に力を込めるだけで、精一杯だった。
この想いを…言葉にしたいと思うのに、上手く繋げない。

わかってもらえるだろうか。
言葉じゃとても足りない。
どれだけ君のことが好きでたまらないか
…自分でも…もうわからないんだ…。

*

「今日は仕事でミスばっかりしちゃって」

車に乗り込んでしばらくしてから彼女が口を開いた。

「敦賀さんが帰ってくるんだなあって、思ったら、そわそわしちゃって…
 たくさん、怒られちゃいました」

「そう…」

困ったように笑うその頬に手を伸ばす。
くすぐったそうに微笑む顔に、つられて自分の顔も緩んでしまう。
手を伸ばせばすぐそこにいることにたまらなく安心する。
君も俺に逢いたいって、思ってくれてたってことなのかな。
俺がいない間、君は…何を思って日々を過ごしてたんだろう。
君の中での俺の存在が、少しは大きくなってるといいんだけど…。

「おなか、すいてないですか?時間が中途半端だから
 もしかしたら、と思って…お弁当、持ってきたんですけど
 どこで食べたらいいのかな」

そう言えば、機内食もろくに食べてなかったっけ。
彼女の顔を見たら…
彼女がそう言うのを聞いたら、途端に腹が減ったような気がして…可笑しいな。

「ちょっと時間かかるけど、俺の部屋じゃダメかな?
 おなかすいた…食べたいな…」

素直に欲求を口にすると、それを聞いた彼女が嬉しそうに笑う。
そうと決まれば早く家にたどり着きたくて、車を始動させた。

帰る場所がいつも同じなら、いいのに。
せめて今日だけでも、長いドライブの間
同じところに帰るということを、噛みしめていたくて。

家に着いたら、何の話をしようか。
君に話したいことがたくさん、あるよ。
…君も聞かせて?
離れてて寂しかったとか、そんなことじゃなくてもいいから…、
ただ、君のそばで、声を聞いていたい。

そして、離れていた分の時間を…埋めよう。
君の元に帰ってくることができるという、幸せ。

本当に、たくさんの幸せを…もらってる。君に。

俺は、君に…何かひとつでも幸せを…あげることができてるのかな…。



2005/9/19 OUT
Home