蛇口をひねると身体に降り注ぐ無数のお湯の束。
目を覚ますために少し熱めにしてあって、身体の温度を上昇させる。
ただでさえ、いつもの朝よりもずいぶん体温が上がっているのに。
例によって、1人でシャワー。敦賀さんのお部屋のバスルーム。
そういえば、昨夜も1人でこっそりとシャワーを浴びたんだっけ。
本当はバスタブにお湯を張りたかったけれど、あんまりゆっくりしてると
仕事の時間が来ちゃいそうだからやめた。
例によって、というのは、敦賀さんに襲われてしまった後、
私1人がこの部屋に残された時にまず最初にすることが
大抵はこうしてシャワーを浴びることだから。
そんなパターンだって、大抵「する」のは前の日の夜とか夜中。
今日はそうじゃない。
ついさっきまで抱き合ってた身体はどこか重たくて、まだ、敦賀さんの名残を感じてしまう。
過ぎていく1秒も惜しむように息もつかずに抱き合って、
それが終わったらすぐに離れて、そんなことも何度か繰り返したけど
その度に、ゆっくりとした時間の中では決して感じることのできない想いや感覚に支配される。
敦賀さんといることで自分が感じる想いの種類の多さに、いつも…戸惑うの。
シャワーを浴びるのは何かの儀式に似てる。
そうよ、早くお仕事の頭に切り替えなきゃ。そう思いながらお湯を繰り返し身体に滑らせる。
まとわりつく体液を邪魔だと思ったことはないけど、いつまでも留めてはおけないもの。
でも、こうやって身体を重ねるたびにシャワーでは流れない敦賀さんの声や、
その感触がまた少し私の肌の上に残っていく。消えないものが刻みこまれて…いく。
朝に…しちゃったのは初めてじゃない。
だけど回数を重ねても絶対に慣れることはなくて、
今でも思い出すと本当に顔から火が出そうなほど恥ずかしい。
さっきも、終わった後に敦賀さんが抱きしめてくれている間、どうしていいのかわからなくて
ただ黙って抱きしめられるまま顔を埋めていたっけ。
ご飯だって用意できなくて、玄関先で見送る時にもろくに目を合わせられなくて
行ってらっしゃいとキスをしたときにも、初めてキスした時みたいに
顔がゆでダコみたいになってしまうのが自分でもよくわかった。
いろいろな感情に飲まれるままにシャワーを終えて、身体をタオルで拭きながらふと鏡を見ると
胸の内側にぽつぽつと、キスマークが見えた。
敦賀さんは目立つところには絶対につけない。
だけど、行為のたびにどこかに必ず跡がついてる。
その唇は私の全身をくまなく移動するから、私の気付かないところにもついてるのかな…。
それだけで、なんだか妙にいたたまれない気分。
ついさっきまでしてた、ってだけでも恥ずかしくて仕方がないのに
過ごした時間やしていたことの証拠が消えずに残ってるなんて。
明るいところですると、暗いところでしてる時にはわからないことがそのまま曝け出されてしまう。
夜の闇に浮かぶぼんやりとした灯りなんかとは比べ物にならないくらい、全てを暴く光。
私の身体を何度も行き来する手も、胸を食む唇の動きも
愛撫に耐え切れずにただ身体を揺すりうわ言を紡ぐ私を見つめる瞳も、
彼が動くのに合わせてさらさらと揺れるその艶やかな髪も、
2人の身体が繋がった瞬間に彼が見せる、ぞくぞくするほどの色香を漂わせる表情も、
私を焦らすような行動を取った後の、イジワルと満足が入り乱れた笑顔も、
最初から最後までの何もかもが、いつでもはっきりと思い出せるくらい鮮明に瞳に映る。
何よりも…それらの全てのことを悦んでいる自分を見せ付けられてしまうことが恥ずかしい。
強引なお誘いを告げる敦賀さんに、口ではダメだと抵抗してみたけれどそんなの抵抗のうちにも入らない。
昨夜突然逢いたくなったのは、もちろん数日ぶりに動く敦賀さんを見たかったのが理由だけど
こうなるかもしれない、ってこともどこかでちゃんとわかってたんだもの。
わかってただけじゃない。私の身体は、それを「期待」すらしていた。
朝の日差しのなかでありえないくらいに感じて喘いで乱れて、
敦賀さんが入ってくる前に「やめる?」と聞かれて、だけどそんなの口だけで、
やめられるわけないって知ってて、ちゃんとくれるってわかってたのに私は懸命に首を振って、彼を求めてた。
そうやって繋がった後はもう、何が何だかわからないくらいの大きな波に飲み込まれてた。
仕事に行くために気持ちを切り替えなきゃいけないのに
ついさっき思い出に変わったばかりの生々しい記憶と身体に残る感触のせいで
考えてしまうのは敦賀さんのことばかり。
ダメだと思いながら、ご飯もあまり食べられなくて、そのまま出かける時間になってしまった。
「じゃあ…いってきます」
ドアを閉じる前に部屋に向かってぽつり。
挨拶を敦賀さんからもらう代わりにさっきのキスを思い出したくて唇を指でなぞった。
ねえ敦賀さん。
私の中に住むあなたは、どこまでお部屋を広げたら気が済むの?
これ以上大きくなったら、私の居場所、なくなっちゃう。
お家賃、上げさせてもらおうかな…。
2006/08/02 OUT